第八話 去った後の話(前編)

「ちょっとまって!他の人に聞かれたくない話があるだけで!それでキルトに協力してもらっただけなの!魔力をぶつけたのは謝るわ!」


 俺はギロチンを向ける。

 さっきのは明らかに度を越した魔力だった。

 かつての仲間であろうと、油断はしない。


「そうか、あんなことできるのは確かにキルトくらいだな?命が狙われていると錯覚するほどの魔力をピンポイントでぶち当ててくるなんてよ」


「嘘でしょ!?あの子寂しいからってそんなもの放ったの!?」


(サミシィ?聞き慣れない名前が出たな)


 俺はギロチンに込める魔力を強くし、アリエスに迫る。


(サミシィから放った魔力、ということか?物理的なダメージがなかった以上、何らかの精神干渉を行う魔道具の線が考えられるが……)


「サミシィとは何の魔道具だ。隠すと為にならないぞ?」


「何の話!?とりあえず、とりあえずその物騒なもの下げてぇぇ!」



 アリエスの絶叫が天高く木霊した。







「さ、流石に死ぬかと思った……」


 俺が詰めていくら質問してもボロを出さないため、ギロチンを解除し様子を見たところ。涙目でへたり込んだ。一体なんだってんだ。


「おい、本当にさっきのはなんだ。話くらい聞いてやるから、初めから事情を話せ」


「あのね、こっちはもっと穏便に挨拶するつもりだったのよ!」


「穏便?完全に敵だと思ったわ。力加減を間違えるなんてキルトらしくないぞって言っといてくれ」


「……いや、多分。力加減は間違えてはいないけどね」


「は?どういうこった?」


 半眼で睨まれるが、一体なんだってんだ。


「というか、そう。本題に入りましょう。こんなこと話してる暇はないの」


「……俺も人を待たせているからな。早めに頼む」


 先程の泣き顔はどこへやら。凛々しい顔に戻ったアリエスから、俺がバブイルを去ってからの話を聞くことになった。


「貴方が去ってからの一週間、私たち他のメンバーはそれを知らなかったの。最近は仕事もめっきり減っていたし、ついにクビになったか、なんて笑ってる人も居たわね」


「……ああ、何となく想像できる」


「でも、それがいかに話かみんな分かってたから、何かしらの特務に出向いているのだと思っていたわ」


「なるほど?」


「そして一週間後、私たちに招集命令が出てね。貴方が去った時の事を聞いた時は、ガドベスが体から湯気出しそうなほど怒ってたわ。勿論、王に対してね」


「おっさん……」


 ガドベスという、戦鎚の達人のおっさん。

 身体能力強化系の魔法を極めており、戦鎚を使いこなす。俺より処刑人のような戦い方をするそのおっさんは言うならば切り込み役だ。

 主に大群相手や魔力強化された城門を吹き飛ばすのが仕事だが、魔王軍幹部を単騎で破った武人でもある。


「彼奴がそんな扱いを受けるとは何事だ!って。でも現王は死刑制度が無くなった今、金食い虫は不要だと」


「あ?」


 何が金食い虫だ。俺は国の平和のために身を粉にして、それこそミレットが言うようにやりがい搾取だと薄々感じながらもやってきたんだぞ。それなのにそんな認識だったのか?


「……待って。落ち着いて。これには続きがあってね?」


「ああ……」


 イラっとした俺を宥め、アリエスは語り始めた。俺が抜けた後に起きている厄介ごとの数々を……





 

「そういう事で、貴方の力が必要なの」


「そういわれてもだな……?」


 ふと時計を見ると、1時間が経っていた。キレ気味のミレットの顔が浮かび、冷や汗が出る。


「おい、人が待ってる。今日の0時に俺の隠れ家に来い。あそこでゆっくり話そう」


「わかった。キルトも同席させるわ」


 俺は頷き、走り出す。

 ふと後ろを見ると、アリエスはもう居なかった。





「おっそーい!どこまでトイレに行ってんの!」


「いや、悪い悪い!ちょっと腹痛が酷くてな」


 想像通りちょっとキレ気味のミレットの顔を見て、本当に腹が痛くなってきた。ストレスかもしれん。


「……なるほど、大変ね?」


 心を読んで事情を察したであろうへリアスが小声で労ってくる。が、多分こいつは楽しんでる。声が震えてるもの。


「ぷ、ふふ。普段のお返しよ」


(コイツ……!)


 どんな風に反撃してやろうか?そう思案していたところで、ミレットの心配気な表情が目に入った。


「あのさ、レイ。なにかあった?」


「……いや。本当に腹が痛いだけだよ。その、心配すんな」


「……そ!じゃあ3人揃ったところで、今回のメインを楽しみましょうか!」


 明るい顔になったミレットが指差した方を見ると、なにやらお店が乗った馬車のようなものが見えた。


「あれは?」


 俺が聞くと、またぞろメモを見ながらミレットが語り出す。

「一度食べたらもう病みつきになるとされるものの、その店自体に中々出会えないとされる伝説のスイーツ……!」


 何かの生地を焼くようないい匂いと、シロップの甘い匂いがこっちにまで漂ってくる。


「その名は、クレープよ!」


「「クレープ?」」


「そう。ギルド界隈が全面バックアップしていると実しやかに囁かれている物よ。何でも、異界のスイーツだとかなんとか」


「異界?それは確かに凄いな」


 【異界】


 それはこの世界とは別に存在するとされる世界の総称だ。

 例えば俺の召喚獣メメントモリも異界に居る者と契約して喚んでいるものだし、へリアスのヒュドラも異界と契約して喚んでいるものだ。


 しかし、俺がかつて消し飛ばしたヒュドラをあの時へリアスが再度呼び出せたのは何故か?

 それは契約方法にカラクリがある。


 基本、異界にあるものは本体はこちらに来られない。あくまでも、こちらの元素で生成した肉体を媒介に留まっているに過ぎないのだ。


 そのため、ヒュドラももし完全に消滅させたとしても、異界の本体を叩かない限り何度でも呼び出す事ができる。


 という事はつまり


「異界から召喚された物を食べるのか?クレープってのは」


「それを確かめるために、行くのよ」


 ごくりと、喉を鳴らすミレットと、その迫力に飲まれたのか一緒に喉をならすへリアス。

 いや、お前ら食いたいだけだろ。


「……まあ、俺も気になるが」


 3人、店に近づくのだった。






「いらっしゃいませ!」


 店先で出迎えてくれたのは気立のいい15〜16歳くらいの女の子と。


「あの、いらっしゃいませ……」


 少し影がある、女の子と同じ年齢くらいの男の子だった。


「……召喚陣らしきものは、見えないわね」


「……そうですねぇ。でもいい匂いですよ」


「おい、2人ともガン見しすぎだ。店員さんが驚いてる。えっと、3人にお勧めをくれるかな?」


「ありがとうございます!おすすめはこのチョコチップです!えっと……」


「姉さん、こっちの換算だと、1780レイズだよ」


「ありがと!1780レイズいただきます!」


「あ、ああ。はいどうぞ」


 俺はこっちの換算という言葉に一瞬引っかかる物を感じた。

 あの大戦以後はこの世界ではレイズが貨幣の基本単位であり、統一されている。

 その為あっちもこっちもないのだが。そんな俺の疑問は、2人の見事な調理の腕に見惚れているうちにどこかへ行ってしまった。



「はい!3人前お待ちです!」


「あの、熱いんで気をつけて……」


「「おおー!」」


 2人は感嘆の声をあげ、受け取る。俺も声こそ上げていないものの、素早く手早く生地を纏め、具材を乗せていく手際に感心していた。

 更に朝から何も食っていないせいか、食欲をそそられるこの甘い匂いはどうにも耐え難い。


 3人、店の近くのベンチに座って頬張る。


 これは……!


「美味しい!」

「これは、私も食した事がないな。まるで深い甘味が私を包むように……」


「おい、へリアスどうした」


 テンションがおかしいへリアスはさて置いても、確かにこれはうまい。


 モチモチとした食感の中に、サクサクとした歯応え。チョコレートの甘さ。

 全てが調和され、楽しませてくれる。


 両手で持ってもまだ大きかったそれは、気がつくと黙々と食べていたせいか無くなっていた。


「なんか、もう一口ってなる味ね」

「これは、素晴らしい。まことに美味であった……」


「「だから、誰だお前は」」


 3人で、ふと笑う。

 かつては敵だったもの、後輩から流れとはいえ妻になった者。

 そんな3人で座って飯を食い、笑い合うというのは妙な感覚だが。しかし、確かな幸せを噛み締める。


(幸せってのは、こういう感覚なのか?)


 そんな事を考えていると、ふと。なぜ【異界】のスイーツと呼ばれているのかが分からない事に気がついた。


「おい、異界のスイーツの意味を聞かなくていいのか?」

「あ、そうね!聞いてみましょう、か?」


 3人、ふと店のあった場所を見ると。

 そこに店は跡形も無かった。


「……多分、おいしさが異界レベルって事ね」

「……」

「そう、なのか?」


 俺たち3人は、確かにそこに店があった証拠として、クレープの包み紙を持っている。

 しかし、音もなく消え去った店に対して、怖い体験をしたかのような気持ちで帰宅するのだった。

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