第七話 暇つぶしのはなし

 ライトスに戻った俺たちは、ギルドのテーブルにて次の依頼の確認をしていた。

 といっても細々とした問題を請け負うような仕事しか残っていないようで、ゴールドランクやプラチナランク向けの仕事は無かった。簡単な依頼しかない理由は、受付嬢さん曰く。


「えっと、あの。ゴールドランクとプラチナランクの仕事は全て完了してまして。あなた方には本当に、本当に感謝しかないと言いますか。え?まだ仕事が欲しい?正気ですか!?少しは休んでください!」

 

 という事らしい。ここ2ヶ月で俺たちが片付けた仕事の数は、ゴールド帯とプラチナ帯を併せて15件。そんなに多くは感じなかったが、ギルド発足以来の解決速度らしく、えらく感謝されている。


 ついでに言えば俺たちの懐に入った依頼料はおよそ2000万レイズ。王都にいる時からすれば破格すぎる報酬であり、正直普通に暮らすなら数年は働かなくていい額だ。

 

「でもなあ、動いていないとなんだか」

「そうねぇ、最近わかってきたけど」


「「落ち着かない」わね」



 席に座りコーヒーを飲んでいるへリアスからは、なんなのコイツら?みたいな視線が飛んでくるが。甘いな。

 元は魔王軍幹部であり、元最強の魔女なのだ。居候している限りは大いに働いてもらう。


 ちなみにコイツは名をヘリアス・ミストルディとかたり、ギルドに登録を済ませた。

 魔力反応の違和感などで面倒が起きるかと思っていたが、杞憂きゆうのようで。

 若干自慢げだったヘリアスだが、確かに人の素体の最高傑作というのは伊達ではないらしい。

 ランクは正規の手段のためブロンズからになるものの、当たり前だが実力的にはプラチナクラス。本人はそんなに乗り気ではないが、すぐにランクが上がるだろう。

 



「とりあえずさ、どの依頼やる?」

 

 テーブルに散らばる書類はブロンズからシルバーランク帯の仕事をいくつかピックアップしてある。このまま受けてもいいのだが……


「……なあ、視線が痛いのは気のせいじゃねぇよな」

「……そうねぇ」


 俺たちがブロンズとシルバーランク帯の仕事を漁ると視線が強まる。

 周りを見渡すと今度は視線が逸らされず、じっと見てくる者、不安げな者など様々だ。


 とはいえ、それも考えたら当たり前だ。彼ら彼女たちも仕事がないと生活ができない。

 プラチナランクがブロンズ、シルバー帯の仕事を取るなと言いたいのだろう。


 しかし、こちらも暇なのだ。何か穏便に仕事ができないか?と、ミレットと顔を見合わせしばし悩む。


「ギルドの書類整理でも手伝えるか聞いてみるか?今日あの受付嬢さんだし」


「うーん。それもいいけど、シルバー帯の仕事を手伝うってのは?報酬はいらないって言えば角も立たないでしょうし」


「ああ、いいなそれ。確かスワンプスライムの討伐を受けてた奴らがいたよな?」


「あら、そっちより魔狼の退治を受けていた方が大変そうよ?」


「お?根性ある奴らがいるな。ならそっちに」



「あんたらからはなんで休むって選択肢がでないのよぉ!!」


 急にへリアスがよくわからない事を叫んだため、俺たちは口を揃えてヘリアスに向き直る。


「「え?やす、む?」」


「……ひッ!?」


 ヘリアスが変な顔しているが、俺たちは小声で告げる。

「二ヶ月連勤あたりまえ、平和のためには仕方なし。首を刎ねるのが俺の責務」


「そんなコイツが倒れないよう、陰に日向にサポートしてきたわ。そのうち仕事が楽しくなってきて……」


 ズズズと、顔を2人でへリアスに寄せつつ、耳元で当時を思い出しながらささやいてやる。


「ソレは昔の話でしょ!?いや!わかった!わかったから!その負の感情をやめてぇ!」


「「冗談だ」よ」


 プルプルと震えるヘリアスを揶揄って遊んだ所で、ミレットと俺は顔を再度見合わせた。


「といっても、暇な時間ってなんか落ち着かないんだよなぁ」


「みたいね。とはいえ私も裏方の仕事で動き回ってたし。後任の仕事をやってたらセンみたいになってたかも。怖い話だわ」


「公爵家の娘にそこまでは流石にさせないだろうよ。そのおかげか、お前はまだオンオフついてるよな。休養は大事だが、元気な時に休むってのは苦手だ。どうやるんだ?」


「簡単よ?あのね、休むってのはね」


 俺たちになんか可哀想な物を見るような目で見てくるへリアスの視線を受けながら、今日の方針が決まった。




「第一の休むすべ。甘い物よ」


 スイーツカフェと書かれた看板の前に、俺たちは立っていた。

 ケーキの看板や甘いものをこれでもかと強調するようなきらびやかな装飾が施された店であり、見るだけで口の中が甘くなる。

 

 すりガラスからなんとなく店内を見ると、女性の客や、おそらく付き添いの彼氏など。多くの人々が和気藹々と過ごしているのが見えたが、なんというか。


「ああ、この場所がそうか。なんというか、平和なもんだな……」


「確かに、平和な光景ね。…ん?この場所になんかあんの?」


 ミレットと、へリアスが怯えた目で俺の方を見てくる。へリアス、すまん。今のはそんなつもりじゃなくてだな。

 でも、聞かれた以上は言わないとミレットが気にするだろうし。


「……ああ、その。ここは当時、捕らえた魔王軍を拷」


「次!次行くわよ!」


 ヘリアスの手を引っ張り歩き去るミレット。


(やっちまったな……)


 別にスイーツが嫌だったとか、そういうわけじゃない。ただ、街並みを見ているとフラッシュバックする事があるのだ。


 11年と少し前のこと。当時の魔王軍の侵攻は凄まじく、騎士団は敗走を続けていた。

 王都に迫る勢いの魔王軍を対処するため、指揮官である魔王軍幹部の抹殺がバブイルの急務となっていた時期。


 かつてはライトスという名では無かったこの街にも、軍の主要施設が多く作られたのだが。その中の一つが、なんとしても情報を得る為の拷問場だった。

 俺は殊更そうしたものに関わる事が多かった為、街を歩けば当時の情景がフラッシュバックする事がある。


 聞いた所によると、色々な街に根を下ろしたギルドは当時の陰惨な記憶を消し去るように、明るい改革を進めているのだという。多分此処もその一つだろう。

 その為、魔王が去って異例の速度で復興は進み。今ではこうした平和が戻っている。

 


 思考を止め、ふとカフェを見ると人々の笑顔が溢れているのが見えた。


(精一杯、平和を享受してくれな)


 俺は、2人の後を追って走り出した。







「次はここ!」


 ミレットが元気に、得意げに指し示したのは公園であった。


「公園?」


「ただの公園ではないわ。独自の情報によるとね」


 パラパラとどこからか取り出した手帳をめくり、指で方向を指し示す。

「今日はあっちね。いきましょう!」


「「?」」


 へリアスと顔を見合わせ、2人でついていく。


「といってもまあ、私は何があるかわかっちゃうけど。なんだか楽しそうよ?」


「ほう?何があるんだ?」


「それは言ったらミレットさんに悪いからね。空気は読むの、私」


 そんなことを言いながら、足取りは軽く。女性2人は仲良く歩いていく。それを見ていると、なんだか自然と笑みが溢れる。


「ま、うまくやれそうなら、よかっ!?」


 急に、俺は魔力の強い反応を感知した。

 しかし、それはほんの一瞬の事。視線の先のミレットもへリアスも気がついていないようだ。


(……いやまて、妙だ。今の魔力の波動をあの2人が気がつかない?そんなわけがない)


 となると今のは俺個人に向けたメッセージか。或いは挑発か。

 ピンポイントで俺にぶつけてきたことになる。


(今の強さや鋭さ、2人に気が付かれないようにする技量。只者じゃねえな)


 俺個人を狙ったということは、2人に敵意はないのか。なんにせよ目的はわからないが、ひとまず俺が行けば2人に危険はないだろう。

 

 あの2人は正直かなり強いし、そうそう遅れは取らないだろうが。

 相手の力量が正確にわからない時点で連れていくのは得策ではない。


「……おーい、2人とも!」


「なによー!早く来なさいよ!」

「え……?ああ、なるほど」


 俺は心の中でへリアスに上手く取り繕ってくれるように頼み、ミレットには言い訳をする。


「すまん!ちょっと腹痛がな!トイレ探してくるから先行ってくれ!」


 折角の休みは、2人に楽しんでもらうとしよう。


「はぁ?しかたないわね。待ってるわよ。って、へリアス!?」


「いいから行きましょう!ミレットさん!」


 ウィンクをしてくるヘリアスに感謝をしつつ、俺は踵を返す。


 とっとと面倒は片付けて合流しないと、後がおっかないしな。巻いていくとしようか。





 巻いた結果。ギロチンを持った俺が追い詰めたのは。


「お、おおお、お久しぶり!元気だった!?」


 バブイルの元同僚、長い黒髪を後ろで束ねた切れ長の瞳。泣きぼくろが特徴的な


「……さっきのは、何の真似だ?」


 情報担当官アリエス・ミュライトだった。

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