第1章 人助けと女難の相
新章の話
アレから3日後。
俺たちはギルドの依頼を受けて、魔獣退治に勤しんでいた。
ライトスから王都の方へ北上し、それから更に2日ほどの距離にある村、ノストス。
ここではタイガー・ファングという魔獣が暴れており、家畜が襲われるという被害が頻発していた。最近では民家が襲われ1人犠牲者が出たとも。
その為、依頼者は王都に討伐申請を出したのだが。
「あいつら、人の命をなんとも思ってねえんだ!派兵には一週間かかるだの、どれくらいの被害か書類にかけだの!人が、人が死んでるのに!」
とまあ、そういうわけで。
お役所仕事の対応をされたためにギルドにお鉢が回ってきたわけだ。
なんだか昨今の騎士団や現王の方針が心配になるなあとか思いつつ。
「おーい、そっち行ったぞー」
俺が追い込み
「我が言に従え!バインドクロウ!」
へリアスが捕え
「ふぁいあーぼーるー!」
ミレットが仕留める。
この完璧な布陣によってものの数秒で片付いてしまった状況であり、それを見て唖然としている依頼者の方。
「さて、終わったわよー」
「つかれました。ミレットさん、大丈夫ですか?」
戻ってくる2人は俺と依頼人の横を通り過ぎながら。
「あ、報酬は振り込んどいてくれればいいからね!」
「あ、ミレットさん!肩凝ってないです?お荷物持ちます!」
そう言って、ワイワイとまるでハイキングが終わったかのように歩いて行く2人。
その背中と、俺に対して深く頭を下げて感謝してくれる依頼人。
地面にぼたぼたと涙が落ちていく。どうやら、犠牲になったのは依頼者の弟だったそうで。
「なんだか、なあ」
あの2人は事情をなんとなく察して、あんな感じなのかな?と思った。
エグゼキューション・クライシス!〜最強の処刑人、死刑制度廃止につきクビになったので暇つぶしに人助けします〜
【第一章 人助けと女難の相】
「だあもう鬱陶しい!ちょっと、いい加減離れなさいって!レイ?レイねえ助けて!」
「そんなこと言わないでくださいよぉ!肩もみます!荷物持ちますよお!」
「いいってばあ!」
「なあ、何してんだお前ら」
ノストスからライトスに戻る馬車の待合所に2人は居た。依頼人の感謝を受け取り、ゆっくりと風景を眺めつつ、若干の静寂を楽しみながら合流したのだが。
(合流した途端に打ち破られるとはなぁ)
へリアスがミレットに対してやたら腰が低いのは、3日前。俺たちがミレットの別荘に帰宅した時から始まった。
〜3日前〜
「この、避けんじゃないわよ!我が言に従え!トールサンむごぉ!」
「馬鹿野郎!それは流石にまずいだろうが!」
俺とミレットは勢いそのままに別荘から飛び出す。俺たちの喧嘩は日常茶飯事のため、近所にも誰も止めてくれる人がいないのだ。いや、止められる人はいないだろうけど。
「うわぁ……」
呆れたへリアスの視線を感じながら俺はミレットの口を手で塞ぐ。
「ぷぇ!離しなさいよ浮気者!」
「誰が浮気した誰が!この数年はお前以外ご無沙汰だわ!」
「うはっ!?はぁ!?その前はあるっての?あるってのね!?」
「……あのぅ」
「いや、そこ気にする!?言葉のあやかもしれねえだろ!?ってごめん。泣くなよ。おい、頼むから……」
「あのぅすみません……」
「……あのあの煩い!何よ!?今夫婦の危機なのわかんない!?」
「はい!ごめんなさい!!」
殺気で元最強の魔女を怯ませる嫁は、叫んだままその場に泣き崩れてしまった。
正直どうしたらいいか分からない俺は、とりあえずミレットを立たせようと近づくが。
「お前!酒臭え……!」
コイツ、酒飲んでやがったのか?
「ミレットよぉ?」
「なによぉ……」
「…お前、今後は酒禁止な。我が言に従い、酒気と記憶を抜き取らん」
耳元で呪文を唱え、意識を奪う。一瞬、意識が落ちたミレットだが、すぐに目を覚ましたようだ。
「…レ、イ?」
「おう、ただいま」
定まらない視点の先に手を差し出すと、スッと手を取るミレット。
「えと、おかえり。なんで私、外にいるの?」
「さあな。そんなことより、紹介したい人がいる。中に入ろう」
呆けた様子のミレットの肩を抱き、別荘の中に入る。へリアスはそんな俺達をみながら、目を点にしていたのだった。
別荘、というか最早我が家なのだが。ダイニングのソファに腰掛け、3人で状況を整理することにした。
「んと、私はミレットよ。貴女は、えと。すごい格好ね?何があったの?」
ミレットはヘリアスの格好に動揺しつつも、心配の顔を浮かべている。
逆にヘリアスは初対面時とは全く違うミレットの冷静さに面食らっていた為、俺は小声で補足を入れた。
「……な?言ったろ。酒飲んでなきゃ話通じるんだよ。おかしいと思ったんだ」
「えと、そう、みたいね?」
「……なに2人で話してんのよ?」
じっとりとした目でこちらを睨まれる。万が一素面で先程のような流れになれば目も当てられない為、俺は急いで状況を話すことにした。
古城の調査から、そこであった不穏な動き。
へリアスとのかつての因縁や決着まで含めて、全てだ。
うんうん、と頷き、無事に全ての情報が正確に伝わった。
全て話したのに。
「そうだったの。大変ね?じゃあへリアスさん、お出口はあちらよ。あなたの部屋はないから、すぐに出て行って」
「「なんで!?」」
無情にも直ぐに出て行かせようとするミレット。なんで?どうして?
「いやあの、ミレット。とりあえず、せめて今晩は泊めてやろ?な?」
「いいえ?これはシンサキミレットとしてではなく、ミレット・リィン・ディスガルクとして当家への滞在を却下します」
「お、おいおい、なにもそこまで……」
公爵家として断るということは、交渉の余地はないという事を明言しているのと同じだ。あまりのとりつく島の無さに、俺は驚くも。
「……あのさ。その子、その人?はあんたの命を狙ったのよね?」
「あ、ああ、そうだな」
「なら、旦那を殺されかけたのに置いておくと思う?」
「いやまて、ミレット。現に俺は殺されてないし、殺せるような力は今のコイツにはなくてだな?」
「たとえそうだとしても、私は許さない。というか、なんでそんなに庇うの?どうして……?」
「それは……」
確かに、心配している相手が敵を連れてきて、コイツじゃ俺は殺せないから泊めようぜ?ってのは。
(でもなあ……)
俺はヘリアスの様子を見る。
「あ、あの、えと」
顔を青くし、なんとか弁明を考えているようだ。おいおい、これが元最強魔女、魔王軍の幹部かよ。
ため息しか出てこないが、だが。
(……ま、仕方ねえか)
「ミレット、わかった。お前が言いたいこと、考えてくれてることが」
「本当!?なら!!」
「なら、今日は俺も此処を出るよ」
「……え?」
ミレットの顔が曇る。この二ヶ月で、色々あった。色々あって、本当に心配してくれているのも知った。俺とこういう関係になったのもまあ、そうした意味で思われてるのも、分かった。
でも
「悪いが、俺はコイツを放っとけない。少なくとも今日はな。明日の朝には戻るから、とりあえずそこで冷静に話を」
しよう。そこまで言おうとして、ミレットの瞳が怒りに染まっているのが見えた、が。
「……そこまでいうなら、ここにいていいわ」
「ミレット?」
「……おやすみ。ご飯、作ってあるから。よかったら食べてね」
「えと、ありがとうございます。あら……?」
静かに立ち上がり、寝室に向かうミレット。どこか消えてしまいそうな背中を見て、俺は咄嗟に呼び止めようとしたのだが。
「ぐすっ、うえぇぇぇ」
「「!?」」
急に泣き出した元幹部の声によって、俺の行動は止まった。
ミレットは立ち止まったので結果オーライだが、なんだ?何事だ?
「ごめんなさぃ!ミレットさんの気持ちは痛いほど伝わりましたぁ!」
「えっ?はっ?え?な、なに?」
「ミレットさんは!本当に執行者のこと愛してるん、ですね!」
「はっ!?」
「だから、私の事は許せないのに、執行者が私のことを庇うから!だから余計に許せなくて!引けなくなって!」
「あの、えと?ちょっとまっ」
ヘリアスが泣きながら跳ねるように立ち上がり、駆け寄ってミレットの手を取る。聞いててなんか、顔が熱くなってきた。
「でも、本当は辛くて心が張り裂けそうなくらい嫌なのに、執行者を信じようって!だけど、一緒に楽しくご飯食べたかったな、なんて!なぁんて健気な!」
「……あ、いや、その!?」
「そもそも!執行者が普段態度に表してくれないから!だから余計に心ぱ」
「……ッオラァアア!!」
「へっ?あっ」
……それは。凄まじい一撃だった。
続きを言わせまいと、恐らくは音速を超え俺すらも視認できない拳がへリアスを捉える。
元からボロボロのへリアスを確実に抹殺せんとするその拳により、肉体は錐揉みに回転し宙を舞う。
破城の牙。その遺伝子を受け継いだ一撃は、確実にヘリアスの命を奪い去った。
「まっ、わた、死んで、ないから……!」
息荒く、拳を振り抜いて無言のミレットと、倒れ伏し息絶え絶えで生存報告するヘリアス。
なんだかシリアスな雰囲気は、今の一撃を以て粉砕されたのだった。
(とりあえず、今度からもう少し態度に出したほうがいいんだろうか?)
「そうして、あげて……!」
〜時は今に戻る〜
結局色々話したが、現状行くところがないためいまだに居候中のヘリアス。
とはいえ、あの一撃がトラウマになったのか。それとも追い出されないように必死なのかはわからないが、ああして腰が低くなっている。
「ちょっと、遠い目してないで助けなさいってば!こらぁ!」
「ミレットさん!荷物持たせてくぶぇ!」
「……はいはい、今行くよ」
焦るミレットは、なんだか可愛いけど。元最強の魔女の体たらくをこれ以上見たくもない俺は、2人の元に急ぐ。
結局、馬車が到着するまでの時間。この騒がしさは消えないのだった。
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