序章の話
「あの、なんだ。泣くなよ」
うわああああ!と、子供のような大泣きで喚き散らかす元最強の魔女
地下二階で反響するその大泣きは、どこまでも響き渡る。
(おいおい、これが本当にあのへリアスか?)
俺は彼女のかつての姿を思い出す。
「ふふふ、やるじゃない?執行者」
「今なら命乞いくらいはさせてあげるわ。選びなさい?私の犬になるか、それとも死ぬか」
「くっ!殺しなさい。私は魔王様の忠実なる部下。命乞いなどしな、え、ちょっと何それ?あのぉ、少し待ってくださらない?そんなもの女性に向けるものではなくてよ。い、いやあの、本当に待っ」
しかも、かつての見た目は会話の間に全て、たゆんとか、ぼーんとか。何とは言わないがそうした音が入りそうな程の大人の女性だった。
直接対峙した時も、自ら信じる者のために最後まで戦った忠臣というか、泣き言を言わずに戦うというか、そんなイメージだった。
「……ねえ、嘘つかないでよ。あなたの回想の途中の私、泣いてたよね?」
「なんでこうなってんだろうなぁ」
「ねえ、ねえってば。おい、無視か?おい!」
ムキー!と、白い髪をぐしゃぐしゃにしながら息切れしている元最強の魔女を見ながら、俺はなんか楽しくなってきた。
ヘリアスは魔女という生い立ちのせいか、人の心を読む事に長けている。そのため、今のように俺が考えている事も分かるようだ。
「お前がホンモノのへリアスなのはわかったけど、どういう事だ?完全に首を刎ねた筈」
俺はそう言いながら、昔のことを思い出す
この城の吹き飛んだ城門は俺とヒュドラの戦闘によるものだ。
あの時は35連勤目だったので疲れ果てていたのだろう。
面倒だから手加減なしにヒュドラを消し飛ばし、もう面倒だから魔法も封じたうえで完全に無防備にしたへリアスを捉えたのだ。
抵抗を諦めたへリアスは抵抗もせずに断頭された。まさに潔い死に様だった……
「待って、私命乞いしてたよね?私、連勤の疲れでめんどくさがられてそのまま首刎ねられたとか、ないよね?」
「さっきからうるせえよ。てか、なんで俺が思い出してるのがわかるんだ?」
「あんた私が心を読む魔女なの覚えてるだろぉ!?もおやだぁ……」
またぞろ泣き始める元最強の魔女。少し揶揄いすぎたかもしれない。
「いや、すまんすまん。こんなこと言うのはなんだけど、生きててくれてよかったと思う」
「……執行者が何いってんのよ!首を刎ねたくせに。優しくしたって私が復活した理由については絶対語らないわ。それこそ、どんな拷問にかけられようと、ね」
「拷問?ああ、
俺はその時の情景を若干脚色して思い出す。
「いやあ!!殺せえ!」
ブンブンと頭を振るへリアス。もういいだろう。
「ジョークだよ、悪かったな。俺はもう執行者じゃない。そんなことしねえし、生きててくれてよかったってのは。まあ複雑な思いがあんだよ」
「はあ?」
それから俺はへリアスと語り合った。
崩れそうな地下二階から上を目指しながら。例え反抗されても問題ないと判断し、特に何かで縛る事はしない。
話した内容としてはまあ、魔王が倒れた後の方がこの世界的には大変になっている気がしないでもないこと。
逆に人の世は平和なのか、凶悪犯罪が減ったことなど。へリアスはそれを聞きながら、時に楽しそうに、時に悲しそうにコロコロと表情を変えながら聴いている。
ああ、死刑制度がなくなった事も話した。
まあ、それに付随して起きたことも。
「そんな理由でクビになったわけ?魔王軍を葬り去ったのは他でもない、あんたなのに?」
「そうだよ。心読めばわかるだろ?それに、俺だけがやったわけじゃない。他のメンバーがいなかったら、俺もやられてたよ」
「はっ、嘘つき。あんた1人で幹部6人のうち4人をやったって聞いてたけど?そのうち最後に生き残っていた私も首を落とされたわよね?」
自分をズイッと指差すへリアス。結構愉快な奴だったようだ。
「……それはともかく、お前復讐だなんだと言っておいて世情に疎かったのはどういうわけだ?普通情報を真っ先に集めるだろ」
「うぐ」
そう、話しているうちにコイツは魔王亡き後の10年弱の内容をほとんど知らないという事に気がついた。
とはいえ、だ。
復讐の予定が早まったと言っていた上に、破壊して封印したはずの魔法陣が機能していたのは事実だ。
場合によっては対処を考えなければならない。
「……目が覚めたのが、ニケ月前だからよ」
「二ヶ月前?俺がクビになったあたりか」
そう言うと震えて笑う。こいつは……
「ふ、ふふ。そうよ。あんた達は気がつかなかったけど、この城には私の体のバックアップがあったの。所謂ホムンクルスね」
目覚めるのに時間がかかった理由は不明だそうだが、ふと目が醒めたという。
ホムンクルスとは、錬金術で作られた造りもの。
作られ方が人と違うために魔力の属性が単一しかなかったり、寿命が短いなどの欠点がある。
また、ホムンクルスは非人道的な扱いを受けることが多かった為、前王が作成を禁止しているものではあるのだが。
(とはいえコイツから感じるのは、人の魔力?)
「あら、察しがいいわね。そう、人間の魔力。私が作り上げた、人の素体の最高傑作よ!」
「……その見てくれじゃ格好がついてねえって」
バァーンとポーズをとるへリアスだが、なんだかなあ。美少女ではあるんだが、かつてとのギャップでちんちくりんにしか見えん。
「うぐ。仕方ないでしょう?この体はホムンクルスではあるけど、人間と同じように成長するの。だから、メンタルも体の成長に引っ張られるのよ」
「なるほどなぁ」
やたら幼い印象を受けたのは見た目通りというわけか、と。
「外だな」
「……外ね」
もう真夜中だ。
外からは魔獣のうめく声や、虫の声が聞こえてくる。
「……じゃな」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!私はどうすんのよ?!」
「さて、最初は捕縛しないとなあと思ったんだが、話してるうちにどうでも良くなったよ。好きにしろ。ただ、人に害をなしたら遠慮なく行くから覚悟しろ」
あの様では何かできたとしても、バブイルの他のメンツでなんとかできるだろうし。
何より気になるのは、魔法陣に残っていた魔力の残滓だ。
かすかだが、人ならざるものだった。今のへリアスから感じるものとは根本から違う。
(へリアスがヒュドラを呼んだせいで残滓は消し飛んでるだろうし、そこから追うのはまず不可能、であれ、ば?)
「……なんだ?」
袖を掴まれて止められた。視線の先は案の定へリアスがいて。
「あの、行くところないんだけど」
「この浮気者が!」
「まてまてまて!」
ライトスの別荘に戻った俺を待ち構えていたのは鬼のような顔をした嫁だった。
左手には雷の大槌、右手にはフライパン。
俺が帰宅すると伝達魔法で伝えたからか、料理を作ってくれていたようだ。
もう1人分も頼む、と伝えてへリアスと共にミレットの別荘に帰宅。事情を話そうとしたところ、よく見たらボロボロで色々見えそうになっているへリアスが隣にいたわけだ。
「この場合犯罪を疑うだろ普通!」
「あんたがそんなことするわけないからね!てことは同意の上で連れ込むつもり!?」
「何が!?」
そんな俺たちを見て目を丸くするへリアス。
事情が無事伝わったのは、その10分後のこと。
クビから始まった静かな時間に終わりが告げられ、騒がしい日常が俺たちを迎える。
ここまでが、大いなる陰謀への
暗い室内に、灯りが灯る。
まるで王のように中央の椅子に座している何者かに、こうべを垂れる騎士が1人。
「陛下、へリアスはしくじりました」
「良い。あれは目覚めさせてからも適合しなかったからな。へリアスの大魔法陣も最早不要だ」
「執行者も抹殺するべきでは?」
「やれるのならやっている。全く、面倒な男だよ、あいつは」
窓から外を見る。昔より明るく、美しくなった世界。
「反吐が出る」
「陛下?」
「下がってよい。それと、明日までにマルキスとファリアルを動かせ」
「はっ!」
騎士が退出し、王もまた、影に包まれるように消えていく。
暗い室内に残るは、王の玉座のみだった。
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