第六話 魔女の話(後編)

「……」


 俺の知っているヘリアスをそのまま小さくしたような見た目なのだが、もっとこう。

 ボン、ボン!という見た目だったような記憶があるのだが。


「なんだその目は!執行者!よもやあのような事をしておいて、私を忘れたか?!」



 俺はギロチンの刃を消しつつも臨戦体制を取る。油断なく、予断なく。場合によっては即座に刎ねるために。


 だがあのような事、か。



「いや待て、少し待て。あのような、こと……?」


こんなちっこいお嬢さんに手を上げた覚えも、出した覚えもない。本気で悩んでいると段々と真っ赤になっていくお嬢さん。


「……忘れてんの!?本気で!?嘘だろお前ええ!」


 何をしたかどうしても思い出せない俺に鬼気迫る表情で飛びかかってくる。

 俺はそれをひらりと避けると、首根っこを掴んで顔の位置まで持ち上げた。

 側から見たらすごい勘違いされそうな絵面だ。だがこの子は自称もと魔王軍幹部らしい。ギリ許されるだろう。


 とはいえ、だ。いくら顔を近づけてみても全く思い出せない。


「いや、ごめん。ほんと覚えてない」


「本気か!?私のかわいいヒュドラを消し飛ばした挙句に私の首を刎ねたよね!?」


「君によく似たへリアスという奴の首は確かに刎ねた。ヒュドラはよく覚えてないが。でも君みたいなちっこいのに覚えはない。誰だい君は?」


「チクショウ!こんなになったのはお前のせいなのに!しかもここが落ちてから魔王様に魔力を送れなくなったんだ。魔王軍敗北はお前のせいだ!」


 バッと俺の手を振り解くと、身の丈よりでかい杖に魔力を集め始めた。


「我が名はへリアス!復讐の予定が少々早まったが仕方ない!消し飛べ執行者!」


 煌々とへリアスの大魔法陣が光り輝き、魔法を展開した。それは一つの魔力の奔流となって俺に襲いくる。


「おいおい、どうなってんだ……?」


 この魔法陣は俺が破壊し、封印し。2度と使えなくしてあるはずだった。

 その上から封印だって二層三層に重ねてあり、簡単には壊せるわけがない。

 特に、目の前のちびっ子から感じられる程度の魔力なら尚更ありえないのだ。


(……という事は、誰かが封印を壊して魔法陣を復旧させたのか?)


 そこまで考えが至るも、とりあえずは今の現実を受け止めないといけない。

 でもなあ、目の前のちびっ子から力を感じないということは。

 あの奔流は見てくれだけで大した威力ではないだろうと想像できる。


「我が言によって魔よ従え。有は無に、無は有に」


「って、なあ!?」


 俺の詠唱によって魔力の奔流を霧散させる。一度発動した魔法に対しては、それを上回る魔力を使えば相手の魔法に干渉することは可能となる。


 へリアス相手にはこんな技術は通じなかった。更にはこの場所に溜め込んだ魔力によって凄まじい砲撃を行ってきたものだ。


 そんな昔のことを思い出す中、霧散させた魔法はキラキラと雪のように消えていく。

 しかし、どうやらあの少女は諦めていないようだ。


「我が言に従え!サンダーランス!」


「我が言に従え。アースプロテクト」



 真っ向からの魔法勝負。

 とはいえ、俺は全く本気を出していないが。確かに魔法に幅があるし、凄まじい精度ではある。だがそれは人間の範疇ならば、というのが枕詞につく。

 もしあの子が俺の知る魔女へリアスだとしたら、放ってくる魔法をこんなふうに真正面から受けられるわけがない。


「ぐ、ぬぬぬ!我が言に従い顕現せよ!ウィンド・ガルム!」


 召喚してきた魔犬、ウィンドガルム。本来は近づくだけでバラバラになるほどの風圧を放っており、例え掻い潜って近づけたとしても風の牙と爪で確実に相手を殺す魔犬だ。


 だが。


「我が言に従い顕現せよ。ライトニングハウンド」


 俺の出した雷の魔狼と接触しただけで吹き飛んでしまった。

 あの子は呆然としてるが、おいおい。


「あのさ、君はヘリアスに似てるといえば似てるし、名前もヘリアスなのはわかったよ。でも、そう名乗らないといけない事情があるのか?本物がこんなに弱いわけがないんだよ」


「!!」


 顔を真っ赤にし、俯くヘリアス(偽)


 あれが偽物なら、俺は普通のちっこい子に本気を出していた事になる。

 へリアス程ではないが魔法の才能はあるみたいだし、少し言いすぎたかな?と反省した所で。


「なら、コレならどうだああ!」


 杖を地面に突き立て、凄まじい魔力の爆発を起こす。ソレは先ほどとは比べ物にならないほどの力の奔流だ。


「っ!何するつもりだ!」


「見ていなさい!私こそがへリアス・ミリアル!血の淑女にして希代の魔女!人間風情が、調子に乗るな!」


 赤く光る崩れかけた魔法陣から現れるのは、蛇、蛇、蛇、蛇、蛇。

 5つの頭をもたげた胴が一つの大蛇だった。

 赤い目、鋭い牙、圧倒的な魔力の流れ。そして、魔王軍配下の黒い紋章が胴に刻まれている。


 それはこの狭い室内に収まりきらないほど肥大化し始め、地下室の壁がミシミシと崩れ始めた。


「君、正気か?」


「正気よ!?このままアンタを圧殺してやる!」


「ここが崩れたら絶対に君も死ぬぞ?」


「そんなこと知ったことかあ!」


 ヒュドラは目を輝かせている。この力の波動で思い出したが、確かにこいつはへリアスのヒュドラのようだ。あの紋章が何よりの証拠となる。


「あーはっはぁ!あの時はうまく誘い出されたけど、今回はこの魔法陣の上!ヒュドラが全力を出せるわ!さあ消えなさい!消えろ!!!」


 最早体裁も体面もないとばかりに叫ぶ自称ヘリアスは力をどんどん魔法陣に流し込んでいるようだ。何もしなければこの大広間が崩壊するのが早いか、ヒュドラにホントに圧殺されるだろう。


「……しかたない」


 急いでヒュドラから距離をとる。一応出口を見るが、案の定ヒュドラの体にふさがれている。


「残念、出口は埋まってますぅ!!諦めなさい!」


「まあ、出口を探してんじゃねえからなぁ」


 俺はナイフを構え、唱える。

あの子が本物のへリアスの可能性が高くなった以上、捕縛して何故あのようになったのか聞かなければならない。


【獄吏の監視者、鍵よ開け。断罪の門に求めるは剣】


「……何?その詠唱。っは!?」


 気づいたか?もう遅いが。

 詠唱の完了と共にナイフが消失する。


「見覚えあるならまあ、本物なんだろうな。あの時の再現してやるよ。かかってこい」


 武器を失った俺のもとにシンプルな黒い剣が現れる。

 それは俺を所持者と認め、すがるように、手の内に収まった。


 黒く平べったいその剣。

 切先がなく四角い形状をしたそれは、名をメメントモリといった。


『刑の執行か?』


 メメントモリから声がする。

 コイツは所謂魔剣であり、バブイル鍛造のあのナイフを媒介にしてこちらの世界に呼び出している。俺の契約した


「今回はあのヒュドラだけだ」


『よかろう』


 黒い魔力の奔流が剣から湧き上がる。

 それは俺の体を包み込み、黒いローブを纏わせる。


 コレはバブイル製のローブよりも遥かに魔法耐性が高く、許容範囲内なら物理攻撃も遮断してくれる優れものだ。

 まあ、滅多に使う事のない力だが。


『罪状は?』


「……器物破損と、俺への殺人未遂でどうだろう」


 このメメントモリは罪状を伝え、剣自身が相手に罪があると判断しないと力が使えない。

 普通の剣としても優秀だが、今回は相手がでかいし時間もないため、是非とも力を貸してほしい。


『審判は下った。串刺しの執行許可』


「あいよ、了解!」


 やりとりは数秒のことだが、その数秒が俺たちにとっては隙となる。


「やらせるわけないでしょ!」


 案の定へリアスは俺に向かって炎弾を撃ち込んでくるが。


『執行開始』


 一度発動したメメントモリによる執行は何人にも防げない。


 俺がメメントモリを振り下ろすと剣が中心から開き、赤い目が現れる。


 その目が周囲を見渡すと、剣が視認した地面や壁など、至る所から黒蓮石で出来た石柱が飛び出してくるのだ。

 眼前に迫る炎弾も真横から飛び出した石柱によってかき消された。


「う、そ」


 ヒュドラの頭一つ一つを掠めるように石柱が展開され、徐々にその範囲を狭めていく。

 次第に一つ頭が潰れ、二つ潰れ、と。

 ついにヒュドラは息絶えたのか、存在を保てなくなったようだ。

 魔法陣から退去しそうなほど魔力が薄くなっている。


「そんな!今の私の……!」


『執行完了』


 ガチン、と剣が元に戻るのと同時に。


「全力だったのにいいい!」


 大泣きのちっこいのが目に入るのだった。

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