第五話 魔女の話(前編)


 時は今に戻る。


 ドラゴン討伐の報酬を無事受け取ったあとの二ヶ月間。俺とミレットはゴールドランク帯の魔獣退治をしながらプラチナランクの仕事もこなすという多忙な生活を送っており、先程のグリフィンもそのうちの一つだ。


(なんか、クビになってからの方が充実してるような)


 数日前に別の村でクラブ・ジョーカーとかいう漁場を荒らす大きな蟹を討伐した時もいたく喜んでもらえたし。

 今だってグリフィン退治の後に村の方が口々にお礼を言ってくれた。先ほどの女性にもお土産ということで名産のお菓子を貰った所だ。


 更には報酬も王都での物と比べるべくもなく。

 一応、俺がいたのは王直轄の特務機関だったはずなのだが?と首を傾げるほどだ。


『あんたやりがい搾取されてたんじゃない?』


 というポイズンスワンプドラゴン討伐後のミレットの発言を思い出す。


 その当のミレットはライトスに戻る馬車の出発を待つ間、依頼人の女性と和気藹々と話しているようだ。しかもハイタッチをしながら女性と喜びを分かち合っている。依頼人とフランクすぎる気もするがどうなのだろうか?


「よし!また来るわねー!」


「はい!またお待ちしてます!今度は観光にいらしてくださいー!」


 トタトタと馬車に乗り込んできたミレット。俺の対面にトサッと座ると、貰ったお土産を早速開け始める。


「おいおい、ここで食べるのか?ご令嬢が行儀悪いぞ」


「いいのよ。美味しそうだしお腹減ったし。それに私はシンサキ家だから。ご令嬢?知らないわねぇ」


 饅頭をうまそうに頬張るミレット。

 この図太さはどこで学べるのだろうか?





 あれから暫くして。

 ライトス到着後に少し休んだ俺たちは、ギルドに結果報告と次の依頼の確認に来ていた。


 報酬は別段使うことも無いため溜まっていく一方だが、動いていないとなんとなく落ち着かないというか暇だと言うか。


(老後の資金とかどんどん貯まるし、生活に不安がないのが一番だな。クビになってよかったかもしれん)



「とはいえ、まあ。有名になったもんだ……」


 

 独り言を呟き、チラリとギルド内のカウンターやテーブル席を見ると、そそくさと視線を逸らされた。


 待っている間に奇異の視線に晒されることがよくあるが、それは二ヶ月前のドラゴン退治が起因している。


 どうやら初日でプラチナランクになった2人というやっかみよりも、2人でドラゴン退治を半日以内で済ませてきたヤバいやつという認識になったらしい。

 そのため、遠巻きに物珍しそうな視線を向けてくる奴らはいるが、別段絡まれたりはしなかった。


 そんな視線を受けながら、俺は昔のことを思い出す。今とは違う、気分の悪い視線だ。


 裏では


 "この薄汚い処刑人め!"


 "バブイルの執行者!?嫌だ死にたくない!"


 "私を殺してどうする!?なんの徳がある!?"


 表では


 "人殺し!お兄ちゃんを返せ!"


 "あの人は無実なんです!処刑人さん!やめて!!やめてえ!"


 "貴方は、よく。そんな事を……!!"


 俺は常に誰かの何かを奪ってきた。


(……そんな俺が老後や生活の不安、ね)



 "そんな顔しないでください!レイさんは、いつも頑張ってます。だから……!"


 "その処刑人の仮面をとってください。表の貴方も、裏の貴方も、どちらも恥ずべき人ではないのだから"



 ……ふと。

 あの城で文字通り血まみれになっていた俺の手を取った人の顔を思い出した。




「……何変な顔してんのよ」




「ああ、ミレット。悪い、どうした?」


「どうしたじゃなくて。はぁ……」


 いつのまにか戻ってきたらしいミレットが俺の顔を見て何やらため息を吐いている。なんだ、どうした?


「俺の顔になんか文句あんのか?おん?」


「はいはい。文句があったら一緒に居ないわよ。それよりほら!これ、次の仕事!」


 サラッと俺の発言を流しつつ、次の仕事をとってきたミレットだが、なんだか。


「……なあミレット。次の仕事は俺1人で行くのはどうだ?」


 態度には出していないが、若干の疲れが見て取れた。

 最近は仕事が立て続いていたし、無理もない。

 とはいえそういう発言をすると、ミレットが一瞬ムッとするのは分かりきっている。

 案の定、半眼でジト目になりかけているが。


「危険そうならミレットに声をかけに戻るし、無理はしねえよ。少し休んどけ」


 俺も二ヶ月で学んでいるのだ。

 本当にそうするかは現場判断になるとしても、そう提案しておくのは当たり前の事だろうと考えるようになった。


「……あ、そ。そういうならまあ、別荘で少し休んでるわ。今回の仕事なら大丈夫でしょうし」


 そう言って差し出してきたビラには、廃城の調査依頼!という文字があった。

 内容はかつて魔王軍の1人が根城にしていた城を調査しようとした所、依頼を受けた全員が恐怖に怯えたかのように戻ってきたという。


 その間の記憶はないそうだ。


「調査の依頼。全員生きて戻ってるあたり、危険なことはないでしょうしね」


 あくびをして手をヒラヒラさせながら


「気をつけていってらっしゃい。あ・な・た」


 最大限に可愛げのないエールを送りつけてきたのだった。





「って、ここかよ!」



 俺は早速調査に乗り出していた。

 魔王軍の1人の元根城でそんな騒動が起きていると聞いて一刻も早く状況を確認したかったのだが、たどり着いた先は俺にとってかなり見覚えのある城だった。


 ライトスから馬車で1日の距離であり、なんか見たことある景色だとは思ってたが。


「たしかここ管理してたのは魔王軍幹部の1人の、なんだったかな……?」


 周囲を警戒するがなんの気配もない。吹き飛んだ痕跡のある正門から中に入り、崩れかかっている城を見据える。


 時刻は夕刻、もう直ぐ夜だ。

 夕陽が差した城は確かに不気味で、不思議な雰囲気を醸し出しているように見えた。


「……ま、とりあえず調べるか」


 どこかから感じる不穏な視線を感じつつ、俺は調査を開始した。







「でもまあ、予測通りなーんもないな」


 廃城ホロ・クレイドル


 歩き回っているうち、ここは魔王軍幹部へリアス・ミリアルという魔女が管理していたのを思い出した。

 魔女といっても吸血鬼みたいなやつで、人から血を吸う事で魔力を吸収する。

 バブイルの魔法使いも1人、そいつに魔力を奪われてしまった事がある程だ。

 が、色々あってへリアスは倒れ。ここは戦後まではバブイルが抑えていた。その為、依頼の件の何かがあるにしても、別の要因が考えられた。


 あるいは、へリアスが復活したか?


「なんて、なあ。万が一にも、あいつが生きてるとも思えないんだが……」


 なぜそこまで確信を持つかといえば、俺がヘリアスを抹殺したからで。

 きちんと遺体は回収し、復活不可能になるように聖火で燃やした所まで見届けたのだ。



 パラパラと落ちてくる埃を払いながら順調に地下二階へ向かう。

 この城には隠し扉がいくつもあり、開けたら矢が出てくる部屋、槍が飛び出す部屋、催眠にかけられる部屋などトラップ目白押しだった。


 地下二階の隠し扉を潜り右に曲がると儀式を行うための大広間に続いており、そこにはへリアスの大魔法陣という物があった。

 ヘリアスの切り札兼、魔王への魔力供給を行っていた物であり、対処はかなり面倒だったものだ。

 2度と機能しないように破壊するのにも苦労した物である。


 だが万が一がある以上、俺は大広間に入る事にした。

 暗い大広間の一部は崩壊しており、正直長居はしたくない。ちょっとした衝撃で落ちてきそうだからだ。


(……微弱な魔力を感じる。誰かここにいたのか?)


 魔法陣を触ると仄かに力を感じる。人ならざるモノ、人でないモノが発するそれだ。

 そんな時だった。奥から強力な魔力が吹き出し、何者かが姿を現したのは。




「……ひさしぶりねぇ!バブイルの執行者!」


 それは、かつて見た魔女

 ただ贄と力を求め、殺戮を望む血の淑女


 名をへリアス・ミリアル


「……誰だお前」


 ではなかった。

 俺はナイフを引き抜き、ギロチンの形にしつつもただ戸惑っていた。

 

 身長おおよそ154センチ。身の丈に合わないほどの大きな杖を持ち、黒い外套、黒い服。

 白い髪に金の目を持つちびっ子が目の前に現れたからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る