第四話 ギルドの話(後編)

「お二人にはプラチナランクの依頼を受けていただきたい」


「プラチナぁ!?」


 室内にミレットの悲鳴が木霊する。


「プラチナランクとは?」


 俺がドルベット氏に続きを促すと、横から興奮したようにミレットが補足を入れてきた。


「あのねぇ!プラチナっていうのは……」


 が、すぐに俺の顔を見て思い出したように口調を改める。なんだ?


「ギルドの階級っていうのは、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナって階級があるのよ。一番上の階級をいきなり与えようとしてくれてるわけ」


「いや、此処ではなんの実績も上げてない俺達にいきなりそれは……」 

 


 まずいのでは?と、聞こうとした時だ。

 ドルベット氏の企むような顔が目に入ったのは。


「勿論そのための相応の功績を上げていただきます。今からね」


 眼鏡の奥がギラリと光った気がした。






「魔獣退治ねぇ……」


 魔獣には、ギルドで分けた階級があるらしい。その階級の中でも、今回俺たちが回されたのはプラチナ級が受ける最上位の魔獣退治だ。


 魔獣と言っても、グリフィンからサラマンダー、ドラゴンなど。

 かつては魔王が魔王軍として指揮していたそれらが野生化し独特の生態系を築き上げている。

 そのため、元から住んでいた人間が襲われるという事態が昨今頻発しており、ギルドの仕事が増えているのだ。


 牛や豚、家畜類なんかも捕食されてしまう為、一部では魔王が倒れた後の方が大変だという話も登っている程である。


 ドルベット氏は今回、そうした被害が特に出たこの街へ状況把握のために来ていたそうだ。

 調査の結果、相手はポイズンスワンプドラゴンというプラチナランクが相手をするべき相手だそうで。


「これを倒せば、周りも認めましょう」との事だった。

 その為、俺たちはその姿が最後に目撃された森にきている。

 ライトスの街までは数キロ、王都までは数十キロの距離だ。


 ギルド員になりたいなら、俺に拒否権はなかった。





「で、どうすんのよ?何か作戦あるの?」


「あるわけねえだろ?というのは冗談だから、そう睨むなよ」


 ミレットがすごい目をし始めたので肩を竦める。全く、冗談が通じない奴だ。


「あのね?あの時大人しくギルドで検査受けとけばこんな面倒になってないのよ?」


 半眼で睨んでくるミレットに対して、一応反論する。


「俺の魔法属性を検査した方が確実に面倒な事になると思うぞ」


「それは、そうだけど。でもなあ……」


 どこまでも乗り気ではない。そんなミレットを見て、流石に申し訳なくなってきた。


 をしておいてなんだが、この街にまで着いてきたのはミレットの勝手だし、そこからさらにこの仕事に着いてきたのもミレットの勝手だが。


 しかし。あれ?考えなくてもミレットの我儘じゃね?と考えるのは早計だ。


(コイツなりに気を遣ってくれてんだろうしな……)


 居酒屋の件も気を遣って話を聞きに来てくれたんだろうし。性格は基本キツイ筈なのに職無しになってから優しいし。

 宿無しになった上に、そうした関係になった相手だから気を遣ってくれている可能性もある。

 恋愛感情とかでなく、酒の勢いだったのかもしれんが。


 まあ、そうした事を差し置いても。

 昔のよしみでギルド関係に疎い俺が変なことしないように付きっきりで見てくれているのだろうと思う。


(よし……)


 俺はミレットに提案をする事にした。


「なら、お前だけでも引き返すか?俺だけでもやれるし、少し待ってりゃ全部終わ……」


 言い終わる前に、凄い目をしたミレットと目があった。


「……あんたね、今回の相手はドラゴンよ?」


「あ、ああ。そうだな」


 半眼で睨むミレットの迫力に思わず後退る。なんだこの迫力は。


「しかも、手負。辺境の警備に着いてた騎士団が茶々入れたせいで傷口からは毒を撒き散らしてるらしいわよね?」


「ああ、そう言ってたな」


 だからなんだというのだろう?


「そう言ってたなって、ああもう……!」


 ワシワシと柔らかい金の髪を掻いているミレット。本当になんだかわからない。なんだってんだ。


 そのまま何やらぶつぶつ呟いているミレットから若干の距離を開けて歩く事10分弱。

 何かが腐ったような臭いと、グズグズの足元が見えた。


「ミレット」


「わかってる」


 2人、戦闘の準備を整える。とはいえ、この強い悪臭は如何ともし難いものがあって。


「我が言に風よ従え。ウィンドカーテン」


 ミレットが周りに風のカーテンを張ってくれた為、悪臭はだいぶマシになった。


 だが、先に見えるどうにも醜いドラゴンが放つ大元の臭気だけは絶てそうなかった。

 緑色の皮膚で覆われているが、表面にはフジツボのようなぶつぶつで覆われており、そこから何かが噴き出ているのがわかる。

 更には、先の話であったように騎士団が負わせた傷が見えた。そこからもさらにガスが出ているようだ。


 ミレットのウィンドカーテンによってか、ドラゴンがこちらに気がつく。

 ジロリと、カエルのような顔をしたドラゴンはこちらを睨め付けてきた。


「う、なんかやばそうね。火炎魔法は使わない方がいいわよね?」


「ああ、これだけのガスだしな」


 下手に引火したら困る。

 などと考えていると、ドラゴンは俺たちに向かって口から紫色の液体を吐きつけてきた。

 見るからにヤバめのそれを


「我が言に風よ従え!ウィンドプロテクション!!」


 ミレットの風が遮断する。おお、中々やるな。


「感心したような顔してる暇あれば攻撃して!これ、結構勢いが強い!」


 なるほど確かに。

 見ているとじわじわと風の壁が弱くなり、ポタポタとこちら側に液体が飛んできているようだ。

 落ちた地面をふと見ると、溶けている。酸性の溶解液か何かだろうか?


(正直本気で焦るミレットを見ているのは少々楽しいが)



「……やるか」



 後が怖いのでそろそろ戦う事にした。

 腰からバブイルで造られたナイフを引き抜き、魔力を込める。

 返却を断られたこのナイフは、黒蓮石という魔力を通しやすい素材でできており、刀身の側面には王族特務である事を示す剣と百合の紋様が刻まれている。


 魔力を込めるうちに、数秒で光は大きくなる。

 魔力で練られた刀身が形作るそれは、ギロチンの姿を取り俺の右手に収まった。



「ちょっと!それ人間用じゃない!本気出しなさいって!?うわわわ!」


(人間用?ああ、刑罰執行で偶に使ってたからか)


 表裏共に仕事は命を奪う事ではあったが。どちらの仕事でも幾度となくこのギロチン型の剣を振り下ろす機会はあった。

 偶にいるのだ。首を落とされないように魔力で強化する輩が。


(でも特にってわけじゃないんだがな)


 慌てふためくミレットを横目で見ながら、俺はドラゴンに向けてギロチンを薙ぐ。

 普通に斬るのであれば決して届かないその距離。


 だが液体の噴射は徐々に勢いを無くし、びしゃびしゃと地面に溶けていく。



「これぐらいで慌てるなよ。蹴ってたけど、俺の後任に選ばれただろ?」



 俺はギロチンを消し、ナイフを腰に収める。

 その瞬間。まるで断頭されたかのようにドラゴンの首がゴトリと落ちる。

 それは何回も、何百回も様々な命を相手に見た光景だ。特に感情は浮かばない。


「えっ?はっ?」


 ミレットが目を白黒させ、視線が俺とドラゴンの間を行ったり来たりしている。忙しい奴だ。


「仕事は終わりだ。帰るぞ」






「いや、あんたがおかしいのは知ってはいたけどさ。ドラゴンの頭一撃で落とすって何?何したの?」


 ジト目で。若干不貞腐れたかのような顔をしているミレットを見て、俺は首を傾げる。


「俺が何してきたか、どんな魔法か。そんなもの散々調べてただろ?」


 コイツが俺の後輩になった時。俺の仕事を見て覚えるより、先に知識を学びたいとかで俺の記録を全て閲覧していたはずだ。


「実際に見るのと勉強するのってだいぶ違うと思わない?」


「最近は兎も角、仕事も一緒に行ったりしてたじゃないか?」


「……あんたが裏方に回してたでしょ?しかも、相手は大抵人だったし。あんな力使ってた?」


「おいおい、裏方だって立派な仕事だ。そうした所をしっかりやれる奴がいてくれないと、何かあった時に困るんだよ」


 若干はぐらかしながらそこまで会話して。気がつくとにんまりとしているミレットと目があった。


「……じゃあ、私にいてほしいって事だ?」






 ギルドに戻った俺たちは討伐の報告をドルベット氏に上げた。

 そこで感嘆の声と共に差し出されたのは、プラチナに輝くギルドカード。


「これはあなた方の身分証でもあります。仕事を請け負い、報酬を受け取る際のものでもありますから、お無くしにならないように」


 ニコリと、ドルベット氏は言うが。


「随分発行が早いですね。ギルドの細かい事情には疎いですが、こうした物は発行まで暫くかかると聞いていたので」


 そう。受付に戻った時点でドルベット氏が迎えてくれ、プラチナランクのカードが出てきた。

ミレットからは、色々話を通したりして大変だろうし、一週間はかかるんじゃない?とさっき聞いていた。


「信頼の証ですとも。拙速を尊ぶ。私の座右の銘でございます」


 眼鏡の奥がやはり、ギラリと光った気がする。この爺さんはやはり食わせ者のようだ。


「……ではその信頼、謹んでいただきます」


 2人、ギルドカードを受け取る。

 名はシンサキレイとシンサキミレット。


 配偶者、有り


「ありがとーございまーす!」


 やたらニコニコとしたミレットだが、ちょっと待て!


「あの、事情をお話しした以上は兄妹とかにもできたのでは?」


「え?いや、どうみてもご夫婦のように見えたのですが…?」


 あ、ドルベット氏が本気の焦り顔だ。夫婦?まじ?


「いいじゃない?この方が色々動きやすいでしょ?妻帯者の方がシャカイテキシンヨウも得られるし!」


 おい、なぜ最後カタコトなんだ!


「大変、お似合いに見えます。それと、これはドラゴン退治の報酬と迅速な仕事に対する追加の報酬の明細でございます。お受け取りは銀行で。あと、今回の事はご内密に……」


「……ああ、はい」


 俺たちはプラチナランクの仕事をぶっつけ本番で得て、一発でランク的には頂点になっている。これはギルドのシステム的には不正でもあるのだろう。

 どちらにとっても渡りに船とはいえ、口外出来るものでもなく、俺たちからしても面倒はごめんだった。

 夫婦関係になっているという別の問題が発生している気がするが、とりあえずそれは置いておこうと思う。


「わかってます。今後、よろしくお願いします」


 そこでやっと、ドルベット氏の柔和な笑顔が見られた。


(色々あったが、これでやっと俺の人生は再スタートを切るんだな。頑張って金を稼がねえと)


 ひとまずは拠点をこさえられるようにしないといけない。

 ミレットの別荘に暫く世話になるにしても、本人が公爵家とバレたくない以上はずっと利用するのは悪手だ。


(この街の物価や家賃相場っていくらか見てみないとな)


 そう考えた時、ふと報酬の明細が目に入った。


「こちら、拝見しても?」


「勿論、あなた方のものですから」


 さらりと上から下まで目を通す。えーと、ひいふう、みい、よ……?


「え?桁、間違えてません?」


「いえ。プラチナランクへの報酬としては正当な物かと」


 そこにはおよそ、王都での裏と表合わせたお給金の約10倍が記載されていたのだった。


「おや?少なすぎましたかな?」


「多すぎって意味です!」


人生の再スタートは、好調な滑り出しだった。

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