第三話 ギルドの話(前編)

 二ヶ月後


「おーい、そっち行ったぞー」


「はいはーい」


 ギルドに登録した俺たちには、特に何かトラブルが起きることなく、ただ平和な1日を過ごしていた。


 今はギルドから緊急の依頼を受けて、ライトスから南西に20キロ程の村に来ている。


 その依頼とは、魔獣退治だ。


「ふぁいやーぼーるー」


 欠伸をしながら炎を放つミレット。しかしそれは素早く、隙のない一撃だ。

 みるみるうちにボールといえない形状に変化した炎弾はグリフィンの首に激突し、貫く。


 無事意識を刈り取ったようで、勢いそのままにグリフィンは倒れ込んだ。


「あ、あの。ありがとうございました!あのグリフィンを一撃でなんて!」


 家屋の影から女性が出てくる。今回の依頼人で、村に魔獣が現れたので退治して欲しいとの依頼であった。

 依頼料は緊急費用含めておよそ30万レイズ。


「大した事ないわよ」


 服についた煤をぱんぱんと払い、グイッと伸びをするミレットをみながら、女性は興奮したように捲し立てる。


「大した事ないって、ゴールドランクの方でも危険な魔獣のはずです!それをあんな簡単に倒すなんて……」


 ギルドには、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナという階級がある。

 ブロンズは薬草の採取や、失せ物探しなどの雑務全般からスタート。

 シルバーからは小型の魔獣退治や、下手したら野党や山賊を相手にすることになり始める。ゴールドは、今倒したグリフィン、大型の魔獣などの相手が務まると見なされ仕事が回される。


 俺たちは


「ああ、私達はプラチナランクだから。当たり前よ」


 プラチナランクと聞いて女性はすっかり憧れの視線を俺たちに向けて来る。


 そう、俺たちは約二ヶ月でギルドのランク最上位に位置することになっていた。


 そうなった原因は、登録時のこと。




 二ヶ月前


「では、早速お二方の適性を見させていただいてもよろしいですか?」


「適性?」


 結局、シンサキ夫妻として登録された俺たちは、次に適性検査なるものを受けることになっていた。

 そういうのをやるなら登録する前では?と思ったが、ギルド員としての適性を測るものではないという。


 俺たちは魔力を持って産まれる。

 魔力の強弱や大小は才能によってバラツキが勿論あるが、基本の四元素と呼ばれる火水土風の属性は必ず扱えるようになっている。


 そのうちどれが得意なのかを確認するのだ。素養がある者をより早く発掘し、場合によっては育てる事で次の世代を紡いでいく、というギルドの理念らしい。王都でも前王はそれをしようとしていたが、現王になってからはいつのまにか白紙になっていた。



「ふうん、自分の才能がわかるってことか。じゃあ私から!」


 紙面の上に手を翳し魔力を込めると紋様が浮かび始める。淡い、青い光を伴ったそれは、空中に文字を描き始めた。


「ふむふむ、ミレットさんは炎が得意なんですね。あと風?もしかして雷の魔法お使いになります?あ!この魔力量すごいですね!?」


 受付嬢さんが驚いているが、ディスガルク家は魔法関係の名門だ。火と風の魔力を性質変化させ雷の魔法を得意とする上、優れた魔法使い同士で結婚してきているため持っている魔力量も常人よりはるかに多い。


 ちなみにミレットの父であるディスガルク公爵の破城の牙の二つ名は、雷魔法による一撃でまさに城が吹き飛んだことがあるためだとか。



「イエイエ、雷の魔法はつかえないです。ファイヤーボールとウィンドカッターくらいしか」


 何故かカタコトになりながら笑って誤魔化しているが俺は知っている。

 ミレットの本来の得意魔法がディスガルク家の秘伝、トールサンダーというAクラス相当の大魔法なのを。


「そうなんですね!でも多分、習えばこの魔力量ならすぐにでも使えるようになりますよ?そうだ!例えばここなんてどうです!?」


「うぇ!?えっ!?」


 などと言いながら有料のスクールのパンフレットを渡す受付嬢さんと、勢いに困惑したミレットを見ながら俺は笑っていた。


(変に誤魔化すから面倒な勧誘受けるんだよな。まあ、ディスガルク家が登録に来たとか知られたらパニックになるか)



 それだけ公爵家の威光は凄まじいしな、と思うのと同時に。知らないとはいえミレットへの受付嬢さんの勢いに感銘を受ける。


 俗にいうノルマという奴に追われてるのだろうか?

 なんて思いながら見ていると。勧誘を無事断ったものの疲れ果てたミレットがこちらにやってきた。


「……さて、あんたはどう誤魔化すのかしら?」


 ニヤリとして、俺を見る。

 俺自身は人より優れていると思った事はないが、バブイルには何かしら優れたステータスがないと入れないものだ。

 だからか、ミレットはこの後の展開を予想して意地の悪い笑みを浮かべている。


 目が合ううちに。

 段々可愛らしく見え、じゃない。イライラした俺は、その予想を裏切ってやろうと思った。



「……_____!」


 俺は小声で魔法を唱え、用紙に向かって魔力を込めた。


「ありがとうございます!えっと……」


 ……上から下まで読んだ受付嬢さんは段々目がとろんとしてきた。成功だな。


「上の者を呼んで参ります……」


 虚な目をしたまま裏に入っていく受付嬢さんを見て、ミレットが不審な目を向けてくるが知ったことではない。


 しばらくすると、ギルドの上役が出てきた。ドテドテとした足音を響かせながら、俺と向き合う。その目には一瞬敵意があったが。


「……なるほど。そういう事ですか」


 すぐにその敵意は失せたようだ。

 上役はメガネをかけたドワーフのお爺さんであり、温厚な顔をしている。

 しかし、ギルドという組織の長なだけあって温厚なだけでなく冷徹な面も併せ持つのだろう。ギラリとした眼光は潜まったが、とても強い力を感じた。


「こちらへ……」


 受付の奥へ向かっていくドワーフを追おうとした時、ミレットから腕を引っ張られた。


「あの人、ギルド全体の統括してる大御所の1人よ?なんで今日ここにいるのかは知らないけど。あんた、受付の人に何したの?」


「大御所なのは知ってるよ。バブイルのリストで見た。受付嬢さんには、まあ。ちょっと協力してもらおうと思ってさ」


「協力って、あんた?……ちょっと!」


 キャイキャイ騒ぐミレットを引き連れ奥の応接間に入った俺たちは、鍵の閉まる音で迎えられた。

 仄暗い蝋燭で照らされた室内の奥。先ほどのドワーフが高級そうなソファに浅く腰掛けていた。

 室内には薄く、しかし鋭利な魔力が漂っている。返答次第では無事では返さないという空気に、隣のミレットの息を呑む音が聞こえた。




「ようこそ、バブイルの処刑人。てっきり、座を降りられたのだと思っておりましたが」


「降りたんじゃなく、突然解雇になりました。格別未練もございませんが。最初に申し上げますと、ここにはギルドに害をなす者として来たのではありません。あなた方の庇護を受けるためのお願いに参りました」


 俺は頭を下げ、礼を尽くす。尽くすが。

 ……誰だこいつ、みたいな目で見るなミレット。やめろ、そんな目で俺を見るな。


「……詳しく、お聞きしても?」


 目を見開いて身を乗り出してくるドワーフのお偉いさん。

 リストに載っていた名は確か、ドルベット氏。

 彼はギルド全体の統括メンバーの1人であり、最重要のポストについている人だ。


 なぜこんなに警戒されているのかといえば、王都とギルドはかつては仲が良かったが、現王の時代になって険悪化している。

 そんな情勢下で受付嬢に暗示をかけられた上に、呼び出された先に元王族特務が居ては警戒もするだろうとは思う。


 とはいえ、不躾ではあるが俺の魔法適性をギルドカードには載せるのは憚られるわけで。


(上役を呼び出したらトップの1人が居た。というのは流石に予想外だったが、話が早くなって助かったととるべきか)



 俺は、ドルベット氏に洗いざらいを話すことにした。

 王都で死刑制度が廃止になった為に僅かな金銭を渡されてクビになった事。

 隣にいるミレットがディスガルク家の公爵令嬢である事。しかし、それは当人の希望で伏せておきたいという事など。


 最初ドルベット氏は俺の話に嘘がないか、魔道具を使って調べても居たようだが、俺とミレットの話に矛盾なく、またあまりにもアホらしい話だとして道具をしまってくれた。


「バブイル最強の処刑人がこの様とは、なんとも。哀れで笑えてしまいますな」



 ドルベット氏は、なんともいえない目で俺を見る。その発言で苛立ったのは、俺ではなくミレットだった。


「ドルベットさん、その発言は撤回していただきたい。彼の実力が不当に判断されたのは事実です。しかし、彼自身はそのように笑われるような存在ではありません」


(ミレット……)


 真剣に、心の底からの言葉だとわかり、俺は嬉しく思う。

 でも多分、ドルベット氏が言いたいのは違う事なのではないかと彼の目を見て思った。


「勿論、存じております。前王の懐刀、魔を断ち王に仇なす者を許さぬ処刑人の話が嘘偽りもない事は。私が哀れだと申しているのは……」


 ドルベット氏が俺ミレットから視線を俺に移し、断言した。


「このような実力者を時代が変化したからと切り捨てた現王に対してでございます」


 俺の手を取ったドルベット氏は、俺に頭を下げて来た。まるで、頼みに来たこちらに懇願するように。


「魔獣の被害は増え続けております。貴方の力を貸してください」








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