二話 よろしくヤッてしまった話

 ミレット・リィン・ディスガルク


 ディスガルク家という、武闘派で有名な貴族のご令嬢。

 リィンの後にはやたら長い貴族としての名がつくため、本人はミレットとしか名乗らない。


 そんな彼女が俺の後輩になったのは、5年前のこと。


 ミレットが当時のある過激派に攫われ、ディスガルク家の当主、つまりミレットの親父さんが動く事態になりかけた時の話だ。


『破城の牙と畏れられた彼が動けば、裏で何人死ぬかわからない。特務を命ずる。何としてもディスガルク家のご令嬢をお助けしろ』


 前王の命令で動いた俺は、バブイルの情報網を駆使してミレットを発見。

 誘拐されてから大凡6時間。

 屋敷に軟禁されていたミレットを無事救出。

 流石にディスガルク家のご令嬢をキズモノにしたら恐ろしい目に遭うのはわかっていたのだろう。

 軟禁されていた部屋には用事が終わるまで誰も近づけないよう強制命令の魔道具で普通の人間は誰も入れないようになっていた。



 助けた後、ミレットとほんの少しだけ会話をしたのは覚えてる。


『……あの、ありがとうございました。貴方は?』


『王の影。それ以上は知らない方がいい』


『王の、影?貴方が、もしかして王族特務の…』


 それだけだ。それだけしか会話していないのに。


『今日から後輩になりましたミレットです。よろしくお願いしまーす』


 気がついたら、後輩になっていた。




「ねえ、どうする?」


 若干、なぜか楽しそうなミレットの言葉で現実に脳が引き戻された。


「楽しそうだな?」


「まあ、あんたが焦るなんて珍しいし」


 クスクスと笑うミレットを見ながら、やはり揶揄われているのではないか?と思うが、衣服を脱いでまでそんな冗談は言わないだろう。

 スルスルと腕に巻き付いてきたミレットが、やはり楽しげに笑う。


「……これで、どこにも行けないね、なんて」


「え?」


 いきなり何言ってるんだ?


「……何でもない。少し、まだコーヒーが飲み足りないかな」


 そのままコテンと横になってしまったミレット。

 そのまま寝息が聞こえてきたのを見てふと、昨日の事を思い出した。


(どこにもいけないね?もしかして…)





『ねえ。さっき言ってたの、本気?』


『何が?』


『王都を出るって』


『そりゃあな、俺の仕事はもうないし、必要もされてない。なら、好きに世間を見てみるのもいいかもしれないと思ってさ』


(昨日の俺は、どこかおかしかった。いつもより饒舌だった気もするし、言わなくていいような夢の話も語った覚えがある)


『ガキの頃から、この生き方しか知らないからさ。何なら、人助けをやってみようかと思ってな』


『はあ?どうやって?』


『そうだな。南の街にギルドがあったろ?あそこで仕事して、魔物を倒したりする。魔王が死んでから魔物の被害が年々増加してるしな!』


『魔物……?いや、そもそもあんた魔物どころか魔お』


『新しい人生の始まりだ!記念に飲めオラ!甘くて飲みやすいぞ!』


『待って。アンタ、もしかして酔ってる……!?』


 あ…ああああ!

 そうだ!そんな話して、あの甘い酒を美味い美味いと飲んだんだ!


 その後は、確か。明日か明後日あたり王都を引き払うって話をした筈だ。そこで妙な顔をしたミレットが、次第に企んだ顔をし始めて。


 促されて流れるままに俺の家で飲むことになって。


 それで……!?


「あ、確定だ。ディスガルク公爵に殺される」



『誰に殺されると?』



 不意に俺と、ミレット以外の声がした。

 俺は咄嗟にミレットに覆い被さりながら、魔法を使おうとして…


 見えた先。


 そこには、絶望が立っていた


「ディ、ディスガルク公爵……!?」


 俺が今最もお会いしたくない、してはならない方が立っていた。


 おおかた、娘の帰りが遅いので心配したのだろう。

 半透明なその姿は自身の姿を投影する魔法だ。


「……久しぶりだね、レイ君。娘とは、よろしくやっているかな?」


 ええ!よろしくヤッてしまいましたとも!と言うわけにはいかず。


「勿論です。公爵」


 笑顔を無理矢理固めて様子を見みる。

 朗らかな笑みを浮かべるその顔からは、物騒な逸話や噂とは縁遠い優しげな方に見える。しかし、俺はその噂が真実である事をよく知っている。


(これはアレだ。バレてない……?)


 なんて、そんなわけがない。この魔法でわざわざここに現れたということは、娘の場所を突き止めているからだ。俺は何とか誤魔化せないか、思考を巡らせる。


 やってしまった以上は、逃げないけれども。

 ただ、心の準備をさせて欲しい。


 しかし、俺のそんな儚い想いは無常にも崩れ去る


「……おはよう、お父さん」


 目をこすりながら、起き上がるミレット


 固まる俺。目を見開く、鬼


(死んだ、俺)


「あ、お父さん。私、王都を出るね」


「……そうか、気をつけてな。レイ君、娘を頼む」


「……え?」



 え?









 2日後、王都を出たらいきなり矢とか魔法が飛んできた、なんてことがあるわけでもなく。

 俺とミレットは王都の南の街、ライトスに無事に着いていた。

 俺の荷物は何故か返上を断られた特務時代の専用装備と、金銭。あとは僅かな手荷物だけ。


 ちなみにミレットは貴族のご令嬢だが、意外にも一つにまとめてきていた。

 およそ女性の旅とは思えないため疑問に思ったが、至る街に別荘のような場所があるとのこと。

(これだから金持ちは……)

 と、思いつつ、暫く俺もそこに世話になることになった為何もいえない。


「さて、ギルド登録よね。行くわよ!」


 元気いっぱい、夢一杯。

 ミレットは鼻歌でも歌いそうな勢いだ。


 ミレットは今日の朝、俺が家を引き払うまでずっと入り浸っていた。

 全くもって不用心というかなんというか。あんなので俺の後任が務まったのか甚だ疑問だ。


 まあ一回ヤッたら2回も3回も同じなどと訳のわからない理屈で押し切られた俺が言えたことではないが。


 ちなみにミレットは、俺の後任の役職を平気で放り投げた。曰く、つまんなそうだからだとか。



(……何もかもがおかしい。なぜ、こうなったんだ?)


 俺は首を傾げる。

 仕事をクビになり、酒を飲んだら"多分"彼女ができて。それがヤバイ公爵の娘なのにあっさりと許可が降りて。


 混乱することばかりだ。


 だけど。


「……まあ、いっか」


 とりあえず今は、この状況に身を任せてみようと思った。一つの生き方をしてきた俺からしたら、随分新鮮な毎日。楽しませてもらうとしようか。








「シンサキレイ様に、シンサキミレット様ですね。ご登録ありがとうございます」


 ちょっと待て、新鮮すぎるわ。




 俺はつい先ほどまでの事を思い出す。


 ギルドの受付窓口に着いた俺に、登録に必要な記入用紙をミレットが取ってきてくれたのだ。


「これに住所氏名年齢、あと連絡先を書いてね。あ、住所と連絡先はこれでいいから」


 ミレットはそう言うと、用紙の他に別荘の住所が記入されたものも渡してきた。

 なんというか、うん。気がきくというか。


「……ありがとよ。じゃあ、お言葉に甘えて」


 スラスラ記入していく俺の隣で何故か楽しそうな顔をしていると思ったんだよ。


 こういうことか!


 意識が今に戻った俺は、受付のお姉さんに本当のことを言おうとして口を開く。


「受付さん、こいつの冗談です。こいつの名前は……っう!」


 ガッと、肘を突き入れてくるミレット。なにしやがる!そのまま俺に耳を貸せとアピールしてくる為、口元に耳を合わせてやると、小声で囁いてきた。


「あんたね、ディスガルク家の名は出せないのよ。合わせなさい?」

「……別にシンサキを名乗らなくてもいいだろ?」

「……へえ?貴方がこれから住む場所はどこかしら?さあ、言いなさい?シンサキレイ、いえ?今は無職の宿無しかしら?」


(……ぐっ、こいつ!)


「……その宿無しにピッタリ着いてきたのは誰だ?あ?無職の宿無しに惚れてんのか?」


「……ホレ?!」


「そもそもお前、入り浸ってきた時に何だかんだと理由をつけてきたけどよぉ?アレって……」


 段々と顔を真っ赤にしていくミレットに更なる追撃をしようとして。受付さんの、まだかな?という視線に気がついた。


「……シンサキレイと、シンサキミレット共々。どうぞ宜しくお願いいたします」


 俺は深々と頭を下げるのだった

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