一話 クビになった話
【王立特務機関 バブイル】
【執行者】 シンサキ レイ 26歳
薄汚い屋敷の奥。
そこは先ほどまで、明日の計画の決行を誓う歓喜の声で溢れかえっていた。
しかし、今は倒れ伏した数名の死体と、恐怖に慄く男の姿があるのみ。
男が慄く理由はただ一つ。
眼前に立つ、死を運ぶ存在に対してだった。
「貴様、王立特務の処刑人……!?なぜ、ここが!?」
「……」
処刑人と呼ばれた男は答えない。
その処刑人は黒い外套を纏い、返り血で染まった紅い手甲と腰にはナイフを携えていた。
口元は外套と同じく黒いマスクに覆われ、目深にかぶったフードからは、切れ長の黒い瞳が貌をのぞかせている。そこには何の感慨も、感傷も見当たらない。
「口が利けないか?この薄汚い処刑人め!我が言を以て……」
「……」
その瞬間。
男の目からはその処刑人がぶれたようにしか見えなかっただろう。
ごとりと、首が落ちる音がした
手刀を払い、血を飛ばすが、やはりこびりつくもので。
それを見ながら、処刑人は呟いた。
「……汚ねえ」
【執行者の権限抹消完了を確認】
「ああ、疲れた……」
王都でのテロ活動の情報が入ったため、現場に急行して片付けて。
疲れて自室のベットで休んでいた俺に、王城からの出頭依頼が届いたのはすぐの事だった。
【バブイルからの全登録情報抹消が完了しました】
「クビ、ですか?」
「ああ。その、すまないがそういうことらしい……」
身を粉にして戦ってきた俺の十数年は、たった一枚の紙切れによって終わりを告げた。
『シンサキ レイ 王の名において汝の王立特務機関からの記録の抹消、及びその任を解くこととする』
エグゼキューション・クライシス!
~最強の処刑人、死刑制度廃止につきクビになったので暇つぶしに人助けします〜
「どうすっかなあ……」
此処は王都グランマキアの城下町の河川敷。
俺はさっきまで【王立特務機関バブイル】という王国の平和維持装置みたいなところで働いていたわけなんだが。
珍しく指令以外の登城要請が出たと思ったら、要約すると”お前クビ”と書いた紙きれを手渡された挙句、金を渡されて王城から追い出された。
(いや、舐めんな。労基はどこに行った?)
……なんて。
俺の仕事内容的にそんなことを本気で言うつもりはないが。
しかし、何の前兆もなく突然首を切られた理由は大体予想がつく。
まず、この王国で死刑制度が廃止になったことに起因しているのだろうと思う。
改革が必要とされていたこの国で、つい先日可決された。
更に、俺はバブイルの中でも【執行者】というヨゴレ仕事専門の立場だった。
表向きの俺の仕事は、断頭台に立って介錯する処刑人。裏では不穏分子を捕まえて抹殺するという、国の暗部の象徴ともいえる仕事だった。
魔王が倒れ、平和になって11年。
犯罪自体が減少傾向にあるこの国では、最早死刑の必要性もなくなってきた。
さっきのだって、久々の裏の依頼だったのだ。
クリーンなイメージを保ちたい現王としては、俺は消し去りたい汚点の一つなのだろう。
まあ、消し去りたいからといって、物理的に刺客を送り込まなかったのは犠牲者が増えるのが分かっているからだろうし。金で解決しようとしたのは正解だ。
「だとしても、口止め料が100万レイズってことか……?」
本気で意味不明だ。
この国では家賃の相場が一月10万レイズ、食費が5万レイズだ。更にはそこから光熱費が引かれるんだぞ?
口止め料にしては安すぎるし、退職金だとしても安すぎる。
ちなみに、俺は今までの月の手取りが表向きは35万レイズ、裏一件で60万レイズだ。
今月分までの給料は銀行に既に入ってるらしい。なので、裏一件分+αの分はもらった事にはなるのだが。
「……いっそのこと、王様を処しちまおうか?」
なんてことを半ば本気で考えた矢先
「何バカな事言ってんの?」
黄昏ている俺の背に声がかけられた。
ああ、でも。この声は。
「そんな事言ってる暇があれば仕事探したら?まあ、アンタにできる仕事なんて知れてるけどね」
金の短髪に、魔眼の宿る赤い瞳。中身を知らなければ誰もが振り返るであろう整った顔立ち。鈴が鳴るような美しい声。
が、言葉の端々に棘があるせいで色々と台無しにする……
「ニートになんぞ用事か?仕事くれんのか?ミレット」
「ん?やるわけないでしょ?」
いい笑顔でニヤリと笑うこいつは、俺の気心知れた後輩であり、後任だ。
「で、何したのよ?」
「は?」
「アンタが首切られるなんてね。相当バカな事やったんでしょ?」
「いや、何も?久々に仕事以外で呼ばれたら、死刑がなくなるからクビですって言われただけだよ。意味わかんねえ」
王都の居酒屋 【呑め江】にて二人、カウンター席で酒を飲む。
いつもなら仕事のことを考えてセーブしていたが、今日からは気にしなくていいと考えると気分はいいかもしれない。
「……笑える。退職金か口止め料は山ほど出たんでしょ?」
それを聞いた俺は俺は無言でカウンターに貰った金を放り出す。
「なにこれ?」
「貰ったのは、これだけだ」
大金には違いない、
違いないからこんな雑に放り投げたら色々危ないのはわかってる。
でも知らねえよ、もう。
「は?いや待って。それマジ?」
目を丸くしたミレットは憐みの視線を俺に向けてくる。
「本当だって言ってんだろ?」
俺は酒を飲みながら、憐れみの視線を受け止める。
つまみはよく塩の効いた魔ゲソの一夜干しだ。
胃に染みていく感覚と、肝臓を痛めつけているような背徳感。
普段抑えている分、より美味く感じる。
「……なんか、納得いかないわね。この人事だって結局、実力でアンタに勝って掴んだわけじゃないし」
ミレットはハイボールを飲んでいたのだが、ぐびぐびと飲んでいく様を見て若さっていいな、と思った。2歳差だけど。
「……俺の後任になんてなりたかったのか?普通、嫌悪するものだと思っていたが」
段々顔が赤くなってきたミレットが、それを聞いて少々強めに反論してきた。
「私はあくまでもあんたに勝ちたかっただけ!あくまでも、ね」
「……なら、いい。てか、なんにしてもお前の勝ちでいいよ。新しい役職で頑張ってくれ」
死刑廃止になったところで、凶悪犯罪者が出ないとは限らない。
その為、万が一の時用に新設される組織の役職者にミレットが就くことになる。
「俺はどっか適当な土地でひっそりと生きてくから、もう会うこともねえだろうよ」
とはいえ、多少の蓄えもあるが冬が越せるかはわからん。早いうちにギルドに登録でもして金を稼がねえと。
「……何それ」
不貞腐れるようにつぶやいたミレットを尻目に、俺は一息に酒を飲み干した。
(あーあ、もう知ったことじゃない。アレだけ尽力してきてこの仕打ちだ。いい加減王都には愛想が尽きた)
空になったグラスを置いた俺は、しかしこうも思った。
俺は他の生き方をよく知らないけど、無暗に人を殺めなくて済むように済むのは、本来喜ばしい事のはずだと。
(……まあ、王城に未練がある理由は、わかってるんだけどな)
『あ、レイさん!』
俺には眩しすぎる、朗らかな笑顔を思い出す。
でも……
(ま、いいか……)
「すいませーん!このかるーあってお酒2つ!」
追加で酒の注文を入れるミレットを見ながら、彼女のこれからに内心、応援を送る。
(がんばれよ、後輩)
……よくよく考えたら。昨日はミレットなりに俺の事を気遣う為に来てくれたのだろうな。
なんて、次の日。
俺は隣に寝ているミレットを見てそう思った。
「……なんでこうなったんだ?」
「……なん、でかしらね?」
周りにはお互いの衣服が散らばっていた。
2人、コーヒーを飲む。
「「……」」
ベットの脇に隣同士で座って。
無言で、ただホットコーヒーを飲む。
内心なぜこうなったかを自問自答し続けているが。これが酒の勢いというやつなのだろうか?
(まずい、全く昨日のことを覚えていない)
多分アレだ、実はやっていないとか。ありがちなそういう奴ではないか?
俺はそっとミレットを見る。なんだか、潤んだ瞳と目が合って……
「「……」」
確信した。確実に俺はやった。
何よりミレットの目が、仕草が、そう言っている!いやでも。まて、まだ可能性はある。
「とりあえず、どうする?」
「なにが?」
冷静を装って問い返すと、ミレットが続ける。
「決まってるでしょ。私達のこと」
(あー、もうこれ確実にやってるわ!
何で俺はコイツに手ェ出したんだ!?)
よりにもよって
「公爵家との付き合い、あんた嫌がってたし」
公爵家のご令嬢に……!
____________
初めまして。作者のカイショーナシと申します。
この作品は当初、チートものの流行りに乗る練習という名目で作成し、本来は一章で終わるはずでした。
しかし、予想外のご好評をいただき、2022年11月30日現在2000PVをいただいております。
そのため、続きの章を書いていくにあたり元々が短編か中編の予定だった為、矛盾点などが見つかる可能性があります。
今後もし、読んでいただいた方が見つけてくださればお手数ですがコメントなどで教えていただければ幸いです。(可能であれば星を頂ければ……!)
それでは、引き続き当作品をよろしくお願いします!
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