お兄ちゃんは、引っ越したい


 三月十七日。

 十時十一分。


 「・・・・・・つーかさ、痛いじゃん」


 鉄筋コンクリート造。

 白塗り洋風建築二階立て戸建。庭、縁側付き。


 一応、努力はした。

 その風情ある縁側からの光合成でセロトニンの分泌を目論んだのが、たぶん敗因だ。

 脚に力が入らず、布団からのろのろ這い出て、匍匐前進ほふくぜんしん。ぷるぷるいわせた右腕で必死にカーテンへとりついて、結局睡魔に負けたところを俺は、あんたに見つかった。


 そして縁側に向かって命乞いをする醜いなりをしっかり見て、しっかりあざわらって。スマホを取り出し、筋肉の痙攣けいれんがわかるようにわざわざ毎秒六〇フレームでその有様を記録した後、二回もプレイバックしてひとしきり笑ったんだ。あんたは。

 時間だって、業者が来るまでにはまだ六時間も余裕がある。無理矢理起こす必要だってないはずだった。


 いや、分かるよ。分かるさ。

 確かにね、七七キロ、一八五センチの、日本人にしては割合大きい成人男性が片手でカーテン摘まんで寝てて、全体重を載せてぶら下がっているわけだ。

 そしてそこは有ろうことか広々としたリビングで、カーテンの向こうは縁側、つまり庭だ。


 オール覚悟で四件目のはしごを考える金曜最後の下り路線。あれに乗ったら必ずと言っていいほど出くわすスキージャンプの滑走姿勢でつり革片手に眠りこけている中年社畜を想像したら、そりゃ俺だって「うわ何こいつブルンブルン揺れてるこええっ、てか姿勢っ、つーか角度やべえ! リバースマジやめろよ」ってなる。だから分かる。


 それに万一重さに耐えきれずカーテンが丸ごと――最悪カーテンレールごと――剥がれ落ちちゃって、仕舞いにはその落下の勢いでカーテンが絡まったまま庭へ放り出されたなんてことにでもなったら、その日一日我が橘家は大いなる人の尊厳プライバシーを失う訳で。

 だからあらゆる手段を以て、我が家の健康で文化的な生活を守らんとするあんたの行動はわかる。


でもだからってさ――


 「金属は痛いじゃん」


 ねぇ?

 痛いじゃんね?


 こんなことします? 殴ります? 普通。おたまで。一般家庭で。母親が。息子に。本気で。しかも二回も!


 朝食ヒールが無かったら、たぶん一生口聞かなかった。死んでも看取らなかった。葬式も挙げないし、線香も上げない。……ごめん、嘘だ。実際のところはそこまで怒ってはいない。


 けど、それぐらい痛かった。寝起きで、悶えた。二十四歳デザイナーは、物理で泣いた。泣かされた。思い出したら目尻に涙が、ちょっと潤んだ。


 ああいう人はね、たぶんキッチンに入れちゃいけないと思う。絶対入れちゃいけないと思う。

 今この瞬間その人の飯モグモグしといて何だけど、ダメよ。

 だって、死ぬよ? いつか死ぬ。殺される。あそこには凶器しかないんだから。


 いつもあそこで鳥や獣や魚の腹をかっさばいたり植物の胴体を切断してさ、炎で燃やして、油で揚げて、灼熱の鍋に沈めてぐつぐつ煮込んでいるんだよ。さも当然って顔して、黙々とさ。魔女か錬金術師か何かなの?


 毎日毎日、切って、叩いて、潰して、捏ねて、焼いて、炒めて、煮て、蒸して。

 冷やして、固めて、炙って、腐らせ、そして最後には――ガブりっ! ッアアン! まぁ怖い!!

 あそこじゃそんな事ばかりが幾度も幾度も繰り広げられている訳だよ。あぁ怖ろしい、おぞましい! まったく、地獄か! ああもう、たんこぶ痛い!


 ともかくそういう事をする道具がさ、あそこにはいっぱい置いてあるんだ。容易く人をほふれる武器の宝庫な訳なのよ。

 だからあそこはダメなんだ。近づかせたらダメなんだ。このままずっとここに居たら、いつか絶対殺される。俺の命は無限じゃないんだ。だから、今すぐ逃げるんだ。


 そういう意味でも間違いなく、俺の採った選択は正しい。

 正解を掴み取った自身を讃え、その功績を今、飯粒と共に噛み締める。


 まだ不機嫌なままの口に、今や世界へ展開している豚骨ラーメン店の、プレミアム会員特典として手に入れたお気に入りの箸で卵焼きを摘まんで放り込む。

 食べ終わったらこれも洗って、忘れずに包んでおかないと――。


 「だってあんた、今日の引っ越し十一時からって言ってたじゃないの」

 「は?」


 まったくこれだから高齢化社会ってやつは。


 「だからわざわざ起こしてやったんだ」と言わんばかりに、蛇口の吐き出す水音に混じって、背中から、聞き慣れた非難の声が飛んでくる……また人の話を聞いていない。いつもこんなんばっかりだ。


 本当、一体何を言っているんだ、この四十五歳は。 

 その態で、もう歳か? これがアラフィフってやつか? 人とは歳を取ると凶暴化するものなのか?


 「んぎゅ・・・・・・んく、ジュウシチ、じゅうななじ」

 「なに?」

 「だから五時からだよ紫織しおり


 母は一切悪びれず尚も聞き返すものだから、卵焼きを食道に突き落としたらこちらも厭味マシマシで。横柄に呼び捨てて返してやる。


 父が亡くなり、この家に男が一人になってしまってから、その男の精神は随分と逞しく育った。おかげで今や母親を呼び捨てるくらい、なんでもない。心の中での呼称はババアだ。


 だいたい現代日本に生きる社会人なら、二十四時方式で時刻を伝えあうのは当然じゃないの?

 午前だの午後だのわざわざ余計な接頭辞までつけて誤認を与えやすい伝えかたをするなんて、このんで使っている奴には悪いけど、相手の予定を狂わす期待を抱いているとしか思えない。

 実際これまで打ち合わせをすっぽかされた数ときたら、お前ら本当に日本人か!? って腰抜かすレベルだよ。


 「だったら、午後五時ってちゃんとそう言いなさいよ」


 洗い物を終えた母の気配が、アイランドキッチンを出て箸を進める俺の右手を抜けていく。追い越し様にまたやられると思って気配に思わず頭を引っ込めてしまってから、反射的に応じてしまった自分に敗北感が湧き起こって、また苛立つ。


 言いづらくない? ゴゴゴジって。ゴが三回も重なるじゃん。ゴゴゴって。何の効果音だよ、何が競り出てくんだよそこから。


 恐る恐る顔を戻すと、遠のく母の背中が見えた。「正義は私にあるのよ」とでも言いたげな歩調で。襲われないとわかって安心してしまった自分がまた憎い。


 往年の癖で文句のひとつも返したくなったが、安堵と共に脳裏で弾けた面倒臭さが思考を塗りたくって、次のおかずに箸を飛ばす。


 俺相手には絶対に聞き間違いを認めない母の返しに対して、ちんけな主張を通そうとするのはやめたんだ。これ以上は不毛だ。およそ六時間後に控えるいくさを前に、わざわざ貴重な力を割く理由も無い。もういいよ。


 なんたって、人生はあきらめが肝心なんだから。



 モグモグしながらぼーっと眺める視線の先には、最近大きく値下がりしたとネットで話題になっていた六〇インチの液晶テレビが、遅朝バラエティのやかましい音声を垂れ流している。ジュージュー。お料理コーナーだ。

 フライパンの中では母の頭がソテーされるという、幼年期の子ども達にはとても見せることはできないショッキングな光景が繰り広げられている。


 画面の右上隅をみやれば「10:15」と、アイシングクッキーを象った愛嬌のあるフォントが、おちゃめな姿とかけ離れた慎ましさでひっそり時刻を知らせている。

 ほら仕事はどうしたババア。今日は平日だぞ。


 これでも業界では比較的認知度の高いアロマテラピー用品を展開する会社の経営者だというのに、時間管理は大丈夫なのだろうか、我が橘家の母親は。

 ていうか早く立ち去らなくていいのかババア。このままフライパンの中にいたら黒焦げどころじゃ済まないぞ。


 遅めのモーニングをサーブしてくれたシェフの本業を心配しながらも、当のお口の方はそんなくだらない文句を発するより限界まで旨味成分を啜ることに必死だ。

 魚介類を中心にそのとき冷蔵庫を賑わす具材とサフランを色づけと香りづけに使って炊き込んだ、母御飯。地中海パエリヤ風。

 この世に生を授かってから現在に至るまで、初めて食べた場面を忘れ去ってしまうくらい腹へと収めてきたこの飯が、俺は大層好きだった。


 舞い散る桜の模様が彫られた白磁器の茶碗に、こんもり盛られた黄色いあきたこまちは一見珍妙な装いだが、茶碗の白く透き通る外観が西洋皿のようでもあって、見慣れてもいるせいか、違和感が無いどころか異国情緒を感じてうっとりしてしまう。二重の意味で頬が急転直下だ。

 米は俺の好みに合わせてやや強めの味付けで、少し固めに炊かれていた。パプリカや海老の身などの具材は、朝食として出すためか細かく刻まれて、時短レシピながらも食べ進めやすく調理されている。


 母の他には俺しかいない朝食だというのに、食卓に並べられたおかずは全て、この茶碗の中のご飯と肩を並べる程度には、シェフの心遣いが感じられるものだった。


 「あんたさ、今日出ていくこと、本当に慈乃しのに言わなくていいの?」


 母は、今は俺の目線の先に佇むリビングのソファにゆったり腰掛けて、お気に入りの生活雑誌を片手に、騒がしい番組の続きを見ているのか聞き流しているのか。

 ページをめくる手は止まらず、への字に流した脚の形は変わらない。ソファから半分突き出た頭部は既に皿へと盛り付けられている。そして今、付け合わせが添えられた。完成だ。

 液晶テレビに映るゲストは盛り付けられた母を囲って口々に、子供でも思い付きそうな他愛もない感想を大袈裟な身振り手振りで述べている。実食寸前だ。やばい。いい加減逃げろババア。ついに喰われてしまうぞ。


 「そんな必要ないよ」

 

 そうだよ、そんな必要なんてない。

 この場から逃げるのは他の誰でもない、俺の方なんだから。


 「しーも子供じゃないだろ。来月からもう高校じゃん」

 「やめてよあんた、いきなりお兄ちゃんいなくなって慈乃、絶対泣くわよ。お母さんが面倒なんだから。メッセージ入れるくらい、しなさい」

 「いいんだって。しーもいい加減、兄離れさせないとダメなんだって」


 食器を重ねて背を向ける。なんとも辟易していた。幾度となくやりとりした、夢にも出てきそうなほど聞き覚えのある話題だった。四週前に自立を伝えてから、十数回目の「いいんだって」。

 その心配の対象は、妹なのか、俺なのか。母が俺に向かってつがえた矢は、そのうち、いったい何本だったのか。


 子を想う親の気持ちというものは、しかし成年を迎えて四年が経過した今でさえ、やじりの切っ先ほどもわからない。そもそも今日この日を迎えるまで考えたことはないし、考えようともしなかった。


 でもたぶん、きっと、それは、俺にとって必要のない感情のはずだ。


 だからこそ、俺は今日、この家を出て行く。

 今日この日を境に、ようやく俺は、自分の人生を始めるんだ。


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お兄ちゃんは、妹のペットになっても満たされない。 櫻葉桜乃 @sakurabamomo

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