すすき野

第15話

 すすきの群れが風に揺れ、さらさらと野辺にも波の音を立てる。

 近くで起こった物々しい捕り物騒ぎさえかき消して。


「ここへは誰も来ないのだろうな?」

「安心しろ、手下どももここへは来るなといってある」

「誰かに見られたり、嗅ぎつけられたりは?」

「フン。どこまでも心配性だな」

「おい!」

「心配するな。ここは俺一人の居場所だ。女さえ寄り付かせていない。おまえがことも、誰にももらしていない」

「そうか……」

「隠し事の好きな旦那だ。まるで猫のようだな」

 神経質そうな痩せた男に皮肉な冷たい笑みを送るのは、荒くれの浪人どもをまとめていた頭目だ。酒ににごった眼をしているが、くつろげた胸元から見える胸の筋肉はたくましく、柳のようにしなやかでたくましい。

「それで……」

 すすき野のなか、小屋の囲炉裏に残る火を挟み、頭目の細い目が酷薄こくはくに光った。


「次は菱屋ひしやに押し入れというのだな?」


「そうだ」


「まったく、なんとも無残なことを簡単にいう」

 店に押し込み何もかも奪う。店のものは皆殺し。強盗の算段、それは確かに人目を避ける必要もあろう。それを平然と受け、笑っていられる頭目も、人情かなぐり捨てている人でなしと見えるが。

「こうなればもう、それしかない!」

「よほどの恨みを燃やすか?」

「そこは関知しない約束だ!」

「カッカするな。俺とおまえはもう一蓮托生いちれんたくしょう。地獄までともに落ちようぞ」

「むぅ……」

 ちろちろと燃え残る火が、いやしさを押し込めたような、痩せた男の沈んだ顔にかげを深く塗りこめる。

 墨よりももっと深く、くらく。

 秋風忍び入る小屋が、さらに冷たくなったようだ。


「大事な、大事な……、次代を奪い、苦しめてやろうともしたが……」

「通り悪魔なんぞと滑稽こっけいなもの、おまえが言い出したときは馬鹿げたことと鼻で笑ったものだが」

「ああ、それはうまくはまったのだ。おまえたちはよくやってくれた」

「よもや、あんな男が出てくるとはなあ」

「それはもう、仕方ない。それより、あれを引き留めたのはよかった」

「手中に収めておけば、何とでもなる?」

「そうだ。私があの大男をおびき出し、外に出ている間に……」

「通り悪魔にかられた、狂気の集団が菱屋を皆殺しか?」

「その筋書きで行こう」

「店も、いいのだな?」

「当然だ! 菱屋の気配など、この世からすべて消してくれ!」

「そして、我らは……」

「通り悪魔騒ぎを演出するためにさらってきたガキどもなど、もはや邪魔なだけだ! 異国へでも売っぱらい、あとはその金でおまえらは自由にやればいい! 私も郷里へ帰る!!」

「フン。つくづく、残忍な考え方だ」


 すすきの波音に、人の皮を被った鬼どものたくらみもかき消される。


「そうは、いかねえわな」


 雷でも落ちてきたかと首をすくめるほど。

 暴れ馬が突っ込んできたかと仰天すれば。

 小屋の薄い戸は蹴破られ、ぬっと入ってきたのは、これこそ地獄からの迎えと見まごう大男。

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