第14話

 蔵の奥に、子どもらまとめて猿ぐつわもきつく、縛り上げられているのは源十郎げんじゅうろうにも見えた。

 太助もそれを目標と、乱闘に震えながらもそっと近付くのである。

「あ、こいつ……」

 誰かが、ついに太助にも気付いた。

 しかし、捕まらない。

 そこは子どもの小ささ、素早さ。

 豆を拾おうとしてもつるつると。

 猫でも、走るネズミを捕まえるのは難しい。

 太助は提灯も落とさず、ついに蔵の奥へ。

「みよちゃん!」

「たあちゃん!」

 猿ぐつわをほどいてやれば、幼い彼女の頬に涙も浮く。

 お互い無事を確かめ、子どもの心も熱くなる。

 ひしと抱き合う……。

 ようなことも、わらし同士では出来ないか。

 いやそれよりも、まださらわれた子どもらは縄に縛られ身動き取れないのである。

 安心はまだ出来ない。


 源十郎に向かってくる悪漢どもも、やはり蔵のなかではどうにも数を生かせない。

 源十郎は依然刀は抜かず木刀で、おめき声上げ、殺気だって向かってくるものどもも簡単に打ち払っていく。こっちだ、こっちだと、子どもらに向く注意を再びそらしつつ。


 実力差は、虎と野猿ほどに歴然。とはいえ、子どもらを盾にされれば、働き十分に出来るものではない。

「急げ、太助!」

「だ、だから、あせらせるなってば!」

稽古けいこを思い出せ! 今こそたんに力込めやがれ!」

「よ、よし!」

 と、いったものの、固く縛られた縄は子どもの力では容易に解けない。

 泣きべそもかきそうな太助にも、源十郎は容赦ない。

「太助! さっさと行け!」

 源十郎の雷のような怒声が蔵の中に響いた。

「おまえらがいると邪魔だ!」

「でも……」

 懸命な太助の背中に迫ってくるのは、殺気立った、白熱した闘鶏のような騒ぎ。

 人を殺すも躊躇のない連中である。

 あとがない、背水の飢えた野猿どもでもある。

 数では十分、鬼をも押し包めると、昼間と違い、今度こそとわめき散らしてくるのである。

 そんな気配がすぐ後ろにあって、大人でも冷静になれるものではない。


「コン太! 予定が違ったが、太助と一緒に、子どもら連れて行け!」


 何のことだと、太助は首をひねる余裕もない。

 そのときである。

 影からにゅっと、太助と同じ、小さな手が。

「さあ、落ち着いて。ぼくが手伝うから」

 いつの間にまた現れたか、それはまさしくコン太であった。

 一瞬、何が起こったか分からぬ顔の太助であったが、すぐさま「それよりも」と、真っ先に縛りを解いたみよとも力を合わせ、三人で次々に子どもらを解放していく。


「ガキどもっ!」


 暴漢の一人がついに、襲いかかってくる鬼に背を向けてでも、子どもらに手を伸ばしてきた。

 人質にしようとするか。

 あるいは、やけになってその手の凶器で突き刺そうとするのか。

(あ……)

 とっさに、そこは男の子、太助はみよを体でかばった。


「あ? なんだ? どこいった!」


 ところが、暴漢には子どもらの姿は見えないようで。

 キョロキョロと、霧の中に迷っているがごとく。


「隠れ身です」

「え? え?」

「ぼくの術でみんなを隠しておくつもりだったのです。役人が来たときには。ぼくの力ではそんな完全に消せはしない。動くと気付かれます。でも、目くらましにはなった。さあ、今のうちに。早く。急いで」

 コン太の声に押され、太助を先頭にして、ついに子どもらは蔵の外へ。

 乱闘の熱気あふれる蔵を子どもら全員、滑り出した後ろでは、こやつが最後。

 子どもを盾にしようとしていた卑劣漢ひれつかんも、子どもらを見失いあたふたとしているうちに、源十郎に呆気なく叩き伏せられていた。


「は、放せ!」

 しかし、太助らは外で捕まっていた。

「せっかく、みんなを助けられたのに!」

 じたばたともがく太助は、周りが見えていない。

「大丈夫! 大丈夫だ。落ち着け。私らは味方だ。役人だ。助けにきたところだ」

「へ?」

 太助が顔を上げれば、高張たかは提灯ぢょうちんいくつも。

 蔵を囲んでまるで昼のよう。

 太助は崩れ落ちた。

(やった、俺はやったんだ!)

 今の今までの、地獄の業火のなかにあったような乱闘を思い出せば手が震える。

 それはきっと、恐怖がぶり返してきただけのものではあるまい。


「あれ? ご浪人さま? 源さんは……?」

 やっと安心を得た太助が成功をともに分かち合おうとするも、気付けば不思議な子どものコン太も、源十郎さえ煙と消えていなかった。

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