第13話

 真っ暗な夜更けに出歩く人など滅多にない。

 まして何もない蔵の群れに夜分、用事もないのに人が近付くとは思えない。

 火事の用心で漆喰しっくいも厚く塗られた蔵のなかの声が外に漏れることもないだろう。人の住まいからも外れていれば、どれほどなかで騒いでいても知れるはずもない。

 それでもやましいことをしていれば、何かにつけて用心深くなるもの。

 見張りは二人。

 鬼の面こそさすがにしていないものの、二人とも、昼間の狂奔きょうほん悪漢あっかんのうちである。

 腹をすかした狼のような、ぎらぎらした目も昼間には目立って仕方ないが、夜闇が妖しさも消してくれるようだ。もっとも、見張りの落ちぶれ浪人二人とも(賭けに負けたとはいえ……)何がくるかもしれない真夜中の見張りに、神経たかぶっているのも確かだろう。

 ふと、二人の目線が一つのものに集まった。

 ゆらゆら揺れる提灯ちょうちんの灯り。

 地面に着きそうとも見えるそれは、ゆっくり蔵に近付いてくる。

「なんだ?」

「子ども?」

 追い払おうとした瞬間、

「が……」

 提灯に気取られた、陰から木刀の一撃。

 たった二つ振るっただけで、二人とも何と分からず夢のなかへ。


 のした悪漢ふん縛って物陰に引き込みつつ、

「これで後は役人待つだけだな」

「なんだよ、それ。ここに突入して、みよちゃんを助けるんじゃないのか!」

「それは多分、無理だな……」

 蔵の扉に手をかければ、蔵とはそういうものだろうが、内鍵はなく、外鍵は開いたまま。重い扉に耳をつければ、なかに人がいる気配と声は確かにする。それもけっこうな人数だ。

「みよちゃんがどこにいるか分からねえうえに、蔵ってもんは出入りの扉、一つしかないだろう? 反対から逃げさせるということも出来ねえしなあ」

 もっともな話だが、それなら役人が来ても同じではないのか。

 見張りは除いても、蔵の周り囲んでも、人質取られればどうしようもない。

 太助の顔が青くなったこと、夜の暗さがあったとしても、見過ごしたのは源十郎の油断。

「俺の仕事、おまえの手伝いはここまでだ」

 含みがありそうな源十郎だったが、言葉の裏に気付けるほど子どもはさとくない。


(このなかにみよちゃんがいるなら……)


 隠し事ばかりの大人に付き合うのも、もうごめんだ。

 源十郎が目を切ったわずかの隙に、ダッと太助は駆け出した。


「あ、バカ……」


「みよちゃん!」


「ああ、もう、仕方ねえな!」


 源十郎、からかいも過ぎたとおのれの失敗も悟り、ついに自身も覚悟を決めた。

 無我夢中で蔵のなかに滑り込んだ太助。

 その小さな体よりも大きな的となれば良い。

 音が鳴るほど派手に蔵の扉を開ければ、

「てめえら、観念しやがれ! 御用の筋だ!!」

 と、地獄の底から湧き上がるほどの大音声、はったりかましたものである。

「なんだ、こいつ!」

「こ、こいつ、昼間の……」

「なんで、こいつが?」

「御用だと、くっそっ……」

「誰か! おかしらにっ……」

 刀を引き寄せるもの、怒鳴り散らすもの、援護でも求めに行こうとするか走り出そうとするもの……。

「おおっと、誰一人、ここから出しゃしねえよ」

 両手広げて通せんぼ。

 不敵な笑みは、地獄から悪人を迎えにきた大鬼の威嚇いかくそのもの。神も恐れぬ悪漢どもさえ「うっ……」と、一歩踏み出しかねてひるんだ。


 その隙、逃す源十郎ではない。


 飛び込み、まず一人。

 狭く、ものも散乱して足場も悪い蔵のなかでは、取り回しのいい木刀のほうがいい。

 悪漢どもは怯えるようにして白刃抜き連ねるも、源十郎は余裕綽々しゃくしゃく、木刀で対峙するのである。

「て、てめえ!」

「ほれほれ、かかってこいよ」

 それは親鳥が雛から目をそらさせようと、鷹の前でじたばた、こっちだ、こっちだと暴れるようなもの。まして、源十郎の大きな体。目を引き付ければ、ほの暗い明かりのなかで忍び入る、小さな太助の猫のような動きに注意を向けられるものではない。

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