救出

第12話

 いつの間にか用意されていた提灯ちょうちんに火が灯る。

 暗闇の道がほのかに照らされたが、そこにコン太の姿はまたなかった。

 源十郎げんじゅうろうについてくるのは、それでもやっぱり小さな影で、

「なあ……、なあっ!」

 夜の怖さをごまかすような、世間知らずな若さまの大声である。

「うるせえ。夜の町が起きるだろうが」

「いったい、どこへ行くつもりなんだよ!」

「だから、うるせえっつんてんだろ? 黙って付いてこい」

 そういうわりには、源十郎、菱屋ひしやの若さまを置いていくつもりかと見えるほど、後ろも振り返らないし、すたすたと行く足も止めない。

 あせるのは、大人に振り回される子どもである。

「なあ、なあ!」

「……」

「おいっ! おいって、ば!!」

「なあでも、おいでもねえよ。俺のことは源さんとでも呼べ」

「だったら、俺は太助たすけだ!」

「おう、太助」

 源十郎、こだわりもなく言い捨てつつ、やっぱり振り返らない。

 目的ははっきりしているようだが。

「いい加減、教えろよ! どこへ行くんだよ!」

「おみよちゃん、っつったか?」

「え?」

「男を見せろよ、太助」

「どういう……、ことだ?」

 不安げな太助に、やっと源十郎振り向くが、その表情は月影に埋もれて見えなかった。


 足を止めれば、そこは掘割ほりわりのほとり。

 穏やかに流れる小川に面して立つ、いくつかの蔵が向こう岸に見える。

 秋の夜の静けさに、さらさらと流れるせせらぎが心地いい。

 夜の月に照らされ、蔵はその白さを際立たせてたたずんでいた。


 源十郎は息を潜め、物陰から一つの蔵を凝視ぎょうしする。

 その視線を太助も追うと、気付いた。

「あれ、知ってる。うちの蔵だ。でも、港から遠いんで不便だって、物置程度にしか使ってないやつだ」

「なるほど。隠れ家とするにはもってこいだな」

 ぽつりとつぶやけば、れた太助はここに来ても大声だ。

「だからぁ、さっきから何のこといってるんだよ!」

「察しの悪いガキだなあ」

「ガキじゃない!」

 ムキになる子どもをあしらうようにして、

「あそこにおみよちゃんがいるってことだよ」

「あそこに……。でも、どうしてあんたが知っているんだ?」

「そこはまあ、どうでもいい」

「よかねえよ!」

「いちいち反抗してくるガキだなあ」

 にんまりとする源十郎に、それでも子どもの矜持きょうじいっぱい、太助は叫ぶようにして、噛みついてくる。

「俺はガキじゃ……」

 と、その口は源十郎の魚網ぎょもうのような大きな手にふさがれた。

「静かにしろって」

 もがきつつ、その手を何とか振りほどけば、子どもは子どもなりに頭は回るようで、

「こんなところ、夜に人が来るものかよ。騒いだって、誰も来ないよ! 船が入ってくる日ならともかく」

「だろうな。悪い奴ってのは、それでも警戒するもんだ」

 くいっと、目線で蔵のほうを指せば、ぶらぶら何でもない様子を装いつつ、刀一本、落とし差しの、やさぐれ浪人の影が川向こうにちらちら見え隠れしている。


「あからさまに見張るでもないところが、手馴れているといえなくもない」

「おまえ……」

「源さん」

「源さん……。つまり、あの……」

「お、やっと理解したか? そうだよ、俺はおみよちゃんとやらを助けにきたんだ。おまえにもちと手伝ってもらおうと思ってな」

「そ、それなら……!」

「まあ、待て」

 と、源十郎、なにやら太助に言い含めた。

 そして、手持ちの提灯を太助に渡した。

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