第11話

「こんなもん持って、どこへ行く気だった?」

「みよちゃんを! みよちゃんを取り返すんだ!」

「ほう……」

 泣きべそもかきながら、それでも必死に若さまは語る。

 今まで抑えてきたものが噴き出したように。

 一生懸命語るところによれば、どうやら幼馴染の女の子がさらわれたらしい。近頃はわらしがさらわれることはなはだしいとも聞くが、それもまた通り悪魔のせいにされるのはたまったものではない。源十郎などは顔をしかめていたものだが、それにやられたということか。自分もまたそれに遭いそうになっていたというのに、気にするのは幼馴染のことばかりとは健気なものだ。

 爺さまによくぞ似なかったと手を叩いて褒めたい気分も出てくるが、そんな雰囲気ではない。

「なるほど。それで、おまえが幼馴染の何やらを取り返そうとするわけか」

「そうだ!」

「勇ましいことだが、大人に任せておけなかったか?」

「父ちゃんはじいちゃんの言いなりだ! じいちゃんは、そんなこと知らんと取り合ってくれなかった。みよちゃんは、俺の目の前で、あの鬼の面の奴らにさらわれたのに……」

「それでもだなあ……」

「おれが……、おれがやるしかないんだ」

 思い詰めた子どもは、何をやらかすか分かったものではない。

 自分の力量のほども知らず、命知らずは世間を知らないからだ。盗みまで働いて、危ない刀を振り回す。その結果どうなるか。自分の命もだが、我が家である菱屋ひしやの看板にも傷がつくだろう。

 子どもの直情径行ちょくじょうけいこうは、放っておけるものではない。


「おまえの決意のほどは分かった。だがな、そもそもどこへ行くつもりだ?」

「そ、それは……」

「いわんや、族の居場所が分かったとして、おまえに何が出来る?」

「や、やってやるさ!」

 かもがネギ背負ってやってくるようなものである。

「な、何がおかしい!」

「おまえにはまず、これが似合いだ」

「あ……」

 源十郎が放り投げたのは木刀である。

「ば……」

「振ってみろ」

 か、にするな、の声も出させず。

 源十郎は真剣な顔だった。

 鬼の顔が、冴え冴えとした白い月光も浴びてにらみつけてくるのである。

 向こう見ずなわらしとて、薄ら寒いものも感じよう。

 しゃがみこんでじっと見詰めてくる源十郎に、甘やかされて育ったであろう若さまなど、もう大人しく従うしかなかった。


 一つ。

えいっ!」

 木刀を振る。

「声はいいが、ダメだな。腰が入っちゃいねえ」


「たぁっ!」

 ムキになって、もう一つ。

「よしよし。まあ、ともかく、ガッと振り続けてみろ」

「これが何になるんだよ!」

「なあに。ちょっとした剣術稽古だ。物を持っていたって、扱い分からなきゃどうしようもあるまい?」

「……止めないのか? 危ないとか何とか」

「危ない?」

 源十郎、月にも向かう勢いで高笑いである。

「子どもが何をいいやがる。俺が見ててやるんだ、おのれを鍛えることにためらいなんぞ持つんじゃねえ」

 それは、子どもは子どもなりに認めてやろうという源十郎の男意気である。

「お、応!」

 若さまには通じたのであろう、懸命にまた木刀を振り出した。

 深閑しんかんの路上で、立派な夜稽古よげいこである。

 若さまはでも、すぐにほとほと疲れてきたかして、緩んでくる。

「もう終わりか? だらしない。それでみよちゃんは助けられんのか?」

 発破をかければ、また力を入れて木刀を振るのである。


 いつの間にか、消えていたコン太が源十郎の横に。


「首尾は?」

「港より少し遠い、蔵の一つに」

「よくやった」

「なかに……」

「子どもか?」

「役所へは投げ文しましたが、さて動くかどうか」

「俺の名前より……」

「はい。かなめさんの名を付けました」

「上等。それなら役人も動かないわけにはいくまい」

「はい」

「相変わらず、おまえのやることには抜け目がねえ」

「いえ、そんな……」

「だが……」

 立ち上がった源十郎は、もう一本持っていた木刀を握りなおした。

「おい、坊主」

「坊主じゃない! おれは……」

「何でもいい。俺についてこい」


 ずっと動いていた若さまの息は荒く、体から湯気も出そうだが。

 じっとしていた源十郎には、秋の夜風が着流しの身にみる。

「そろそろ、俺も体を動かしておこうか」

 ぽつりと冗談まじりも、その目は月を浴びて白く光っていた。

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