第8話
「あの坊主、さらわれたのか?」
「は、はい。わけも分からず、狂気の
恩人に浪人とはいえまい。
それと分かっていながら、
「で、役人に事情説明、俺に付き合えということか?」
皮肉も失笑もまじえないのは、さっさと話しを済ませようということか。
しかし、
「いえ、そうではなく……」
口ごもる弥吉を無視して子どものほうをみれば、ぐったりしているその子を、ずんぐりしているが力の強そうな下働きが、抱えて立ち去ろうとしているではないか。
「おいおい。役人、待たなくていいのかよ?」
「そ、その……」
弥吉の態度が物語る。
察しのいい源十郎である。言わずもがな、
「なるほど。事をおおやけにしたくねえってところか」
「は、はい……」
「
いやなものを見たとばかりに吐き捨て、そこでもう源十郎は
これ以上かかわり合いになるのはごめんだと、態度にあらわして。
「お、お待ちください」
「なんだ?」
袖にすがり付く弥吉をギロリとにらめば、それだけで彼は卒倒してしまいそう。
コン太のような可愛げなど、チリほどもない。
それでも弥吉は必死。
「お、お侍さま! あ、あの……っ」
「別になんも言い触らしゃしねえよ。そんな、なんの得にもならねえことするかよ」
「し、しかし、このまま恩人さまを何のおもてなしもしないとなれば、それこそ菱屋の名折れ」
「いいって、そんなもんは」
大方、口止めにわずかな銭でも握らされるのであろう。
下に見られたものだと、それも気分が悪い。
「お、お侍さまにお頼みしたい
どうか、どうかと、それこそ土下座でもしそうな勢いである。
(旦那が怖いのかねえ?)
源十郎、弥吉が真に見ているものが何か、分かった気がした。
菱屋の大旦那、
豪腕みなぎり、それが店を大きくしているのだが、悪いうわさはたいてい、当代のそれから聞こえてくるものである。
源十郎、そこで折れた。
「……うまい酒はあるんだろうな?」
「は、はい!」
番頭でもないがしろにされることは多いのだろう。ここで弥吉の顔を立ててやらなければ、果たして店に帰ってからどのようなお叱りを受けるものか。嘆息も漏れるが、大事な孫を取り戻しても、手落ちのほうを言い立てられて
(
と、思うたかして、源十郎、それ以上は何も問わず、黙って弥吉について大きな屋敷の門をくぐったのである。
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