廻船問屋「菱屋」

第7話

 今度は無頼漢ではない。

 役人が来るのもまだ早い。

 それはきちんとした身なりの、商家に働くと分かるものたちであった。

 丁稚でっち手代てだいと見える奉公人さえ、着ているものは上等なものばかり。

 よほどの大店おおだなと見える、雇い主は。

 それが何故か、鬼の源十郎げんじゅうろうにも引かぬ、引いてはならぬの気配で震えながらもにらみつけてくるのである。


「む……」

 たわむれにすごんで見せれば、

「ひぃ!」

「あわわわわ……」

「お、おにぃ!!」

 尻餅ついたり、硬直したり、果ては逃げ出したり。


「ハッハハハ!」


 もう、ダメだ。

 遊びがはまれば、源十郎は大笑いである。

 いずれ、あの麻袋のなかのものを盗られた店の者たちだろう。

 源十郎を鬼面の仲間と勘違いしたか。

 それと分かっていながら壇上で芝居打って、大喜びの源十郎である。

 なかなかどうして、鬼の顔姿に似合わず、源十郎には子どもっぽいところもある。

 だが、源十郎の高笑いで場が和んだのは間違いない。


「あ、あの……」


 囲みの後ろから出てきたのは、やつれた顔、目の下にくまも深い、枯れ枝かと見えるほど痩せ細った男であった。

「て、手前どもは回船問屋かいせんどんや菱屋ひしやのものでして」

「ふーん……」

 思った通り、名の知れた大店である。

 菱屋は海運業を手始めに商いを広げているという。それは源十郎のような商売には縁遠い男の耳にも入るほど。西国に名をとどろかせていると、陰に日向にささやかれるのは決して、

「いいうわさばかりとは限らねえわけだが、菱屋は」

「そ、それは……」

「ま、それはいい」

「は、はい」

「そんな大店が、俺に何の用だ?」

「私は番頭ばんとう弥吉やきちと申します」

 気の弱そうな男だ。そろそろ港町にも山からの秋風が冷たく感じるころであるのに、大汗かいて手拭いでしきりに額の汗を拭っている。

「俺は源十郎だ。だが、名乗りあったところでなんとする?」

「そ、それは……」


「若さまが気付かれたぞ!」


 番頭弥吉が本題に入ろうとしたそのとき、大きな声があがった。

「おお! それは良かった、良かった」

 弥吉の安心、魂を取り戻したようだ。

 見れば、麻袋から出てきたのは、コン太と変わらない年頃と見える、しかしコン太とは比べ物にならないくらい上等な着物を着た男の子であった。ぐったりとして、正体をなくしているが。


 そういえば、コン太はどこへ?

 いつの間にか姿を消していたが、源十郎は気にする素振りも見せない。

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