通り悪魔

第5話

 だが、その顔はすぐに引き締まった。

 道の真ん中に、突如現れた仁王像。

 そんなふうにさえ人々には見えたかもしれない。

 口をへの字に曲げ、ぐっと眉根を寄せ大きな目を吊り上げる。地を踏みしめて突っ立てば、まさに仁王の姿そのものに。通りを行き交う人々は、そのにらみに恐れをなし、おのれのなかの悪を引きずり出され閻魔のもとに連れていかれるかと、首をすくめて源十郎を避けていくのである。

 いや、違う。

 人々は源十郎ではなく、通りの向こうの騒ぎを「なんだ、なんだ?」と見ているのである。

 源十郎のいかつい目も、通りの果てを向いていた。


「だ、だれかぁっ!」


 悲壮な叫び声がたまぎった。

 秋ののどかさから一転、地獄の底へと突き堕とされたような。


 助けを求める声も、恐怖の悲鳴も蹴散らし、「どけ、どけ!」と、砂塵さじん巻き上げ跳ね馬のように駆けてくる、なにやら殺気だった一団。その手には白昼に白刃、抜き身の刀も光らせて。

「刀よりも……。鬼の面? 物騒なもん、つけていやがる」

 真顔の鬼にいわれれば、世話はない。

 つぶやくわりには、毛ほども動じていない源十郎である。

 後難こうなんを避けようと逃げ散じた町の人たちと違い、何を思ったか、源十郎は深く根を張った巨木のごとく道の真ん中にいまだ立ち尽くしているのである。

「どけ!」

 ムキになっている一団には、

「生まれてくるのが百年早ければ天下も取れていただろうに」

 とさえ、占い師にため息をつかせた、源十郎の戦国をしのばせる巨躯きょくも、その雲をく先にある鬼の顔も目に入っていないか。狂奔きょうほんする一団の先頭が、追い立てられて一か八かの逆襲に出た野猿のように、刀を振り回して源十郎に襲い掛かってきた。


「きゃあああっ!!」


 誰とも知らぬ、悲鳴がほとばしる。

 鬼の面をつけた妖しい人物がすれ違いざま、巨木を切り倒したとでも彼女には見えたのであろう。


「て、てめえっ!」


 ところが、源十郎はまるで平然と立っていた。

 その足下には、足払いで無造作に転がされた悪漢が一人。


 源十郎、刀は抜かず。

 大通り、衆人環視の前でやすやすと刀を抜くほど、源十郎はバカではない。

 対して、鬼面の一団は何か狂気にでもかられているように見える。人ではなく、まさに野猿の集団がキーキーと声を上げて威嚇いかくしてくるようだ。鬼面の下に見える口は、泡を吹くようであり、またその動きはけだものじみていた。

 それでも、源十郎の余裕を前にしては踏み込みがたいか。

 野生のけものでも、敵わぬ虎を前にすればうかつには飛び込まないものだ。

 たとえその虎が、こちらに牙をむかずとも。

 ギロリと一瞥いちべつ悠然ゆうぜん闊歩かっぽする。小さな野猿の群れに囲まれたとて、なんぞ恐れるに足らず。

 王者の風格を見せられれば、なおさら野猿どもはおくするものだろう。

 敵わない戦いをけものはしない。

 逃げの算段打つものだが、そこは人間、狂気に駆られていても、妙な片意地こそ生じてくるものか。

(相手は一人だ)

(囲めば、何とか……)

 とでも、思っているのかもしれない。

 それも浅はか。

 知恵ある人間は、時に愚かだ。

 鼻で笑うと、源十郎はだらりと下げた手にも、闘気を高めていた。


「行け! 走れ! かまうな!」

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