コン太
第4話
それから、数日のちのことである。
昼下がり。
空を広くする秋晴れが気持ちよく、鼻歌まじりで。
「見付けた!」
振り向けば、十ほどの
「なんだぁ、おまえ」
「奥さまからのお言いつけです!」
と、いわれても、怪訝な顔を隠そうともしない源十郎。
しかめっ面はまさに鬼そのものに。されど、童は平然とその袖にすがりつく。離してなるものかと意地も見せるのには、源十郎、閉口もしばし、渋茶をすすめられたような気分もするものだ。
「逃げねえから、離せ」
「そういって、このあいだはすぐさま!」
いっそう、童は力を込めるのである。
むん! と、子どもが鼻息も荒く踏ん張るのは、仔犬が散歩を嫌がるがごとし。
「逃げねえから、な?」
「本当、ですか?」
うかがう童の頭を、無骨な手で押さえつけるようにして
「この期に及んで嘘はつかねえよ」
「あやしいものですけど?」
「いつから俺は、そんなに信用がなくなっちまったんだ?」
「奥さまがおっしゃいます、源十郎さまは糸の切れた凧だと、だから……」
「それをいわれちゃあ、お仕舞いだな」
と、源十郎、降参と肩をすぼめた。
おのれの
「コン太……」
目線を合わせるように、源十郎はしゃがみこんだ。
そしてまた、くしゃくしゃと力いっぱい、コン太と呼ぶ童の頭を撫でる。
嫌がりもせず、むしろうれしげなコン太である。
「俺も、おみつも、おまえのことは我が子のようなもんだといつもいってるだろうが。言いつけとか何とか、奉公人みたいなことをいうんじゃねえ」
「でも……」
「律儀なのはおまえの性分であり、良さでもあるかも知れねえ」
「ありがとう……、ございます?」
「でもな、いつまでも拾われただ、山育ちだと、卑屈になることはねえんだよ」
「はい……」
うれしさ半分、それでもまだ遠慮も半分といったコン太に、源十郎はなおも、
「奥さまってぇのも、やめておけ。おみつだって、それは嫌がるぞ」
「そうなのですか?!」
「浪人の連れ合いなんざ、かみさんでいいんだよ。奥さまなんて、俺はどこのお
「じゃあ、おかみさん!」
「それでもかてえが、まあいい。俺のことも……」
「旦那さま!」
打てば響く。コン太は小さい体もめいっぱい使って、元気のいいお返事である。
源十郎は、ため息一つ。
がっくりと、芝居がかってこうべを垂れもする。
「あのなあ、それはおみつがいうもんだろうが。おまえまで俺をそんなふうに呼ぶんじゃねえ」
「それでは……。やはり、源十郎さま?」
「いつまでも他人行儀だなあ。源さんとでも呼べといっただろうが」
「それは出来ません!」
きっぱり、コン太は背筋も伸ばして言い切るのである。
「大恩ある源十郎さまを、そんな……」
これ以上はもう、かえって責めるようになるか。
童の意地は時に厄介。
源十郎、鬼が形無しの根負けである。
「しゃーねえ。まあ、好きにしろ」
「はい!」
元気なお返事、再び、である。
微笑ましいと、そこは仔犬がはしゃぐ様を見るような、自然な笑みをこぼす源十郎であった。
ふと、立ち上がる。
「あ、あのぅ、どこへ……」
「コン太。おまえはもう帰れ」
「そういうわけには参りません!」
源十郎、立てばなおさら大鬼のよう。六尺豊かな大男である。その股下にすっぽり収まりそうな小さな童子の足では、大股で歩かれれば走るようにしなければ追いつけない。
テテテと、懸命についてくるコン太に、
「好きにしろといったのは、俺だよな」
「そうです! ですから、ぼくは……」
「しゃーねえなあ。まあ、いつものとおりだしな、おまえが俺に付き従うようにするのは」
「はい! これでおかみさんにも顔向けできます!」
「お互い、おみつは怖いか?」
「そ、そういうわけでは……」
「ハッハッハッハッ!」
コン太のなんともいえない困惑に、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます