コン太

第4話

 それから、数日のちのことである。

 昼下がり。

 空を広くする秋晴れが気持ちよく、鼻歌まじりで。


「見付けた!」


 煮売にうり屋で腹を満たし、ひょいと通りに顔を出せば、呼び止める小さな声一つ。

 振り向けば、十ほどのわらしである。


「なんだぁ、おまえ」

「奥さまからのお言いつけです!」

 と、いわれても、怪訝な顔を隠そうともしない源十郎。

 しかめっ面はまさに鬼そのものに。されど、童は平然とその袖にすがりつく。離してなるものかと意地も見せるのには、源十郎、閉口もしばし、渋茶をすすめられたような気分もするものだ。

「逃げねえから、離せ」

「そういって、このあいだはすぐさま!」

 いっそう、童は力を込めるのである。

 むん! と、子どもが鼻息も荒く踏ん張るのは、仔犬が散歩を嫌がるがごとし。

 相好そうごうを崩し、源十郎はもはやあきらめた。

「逃げねえから、な?」

「本当、ですか?」

 うかがう童の頭を、無骨な手で押さえつけるようにしてでる源十郎であった。野辺の花をいつくしむような穏やかな顔に、子ども好きの一面、垣間見られる。

「この期に及んで嘘はつかねえよ」

「あやしいものですけど?」

「いつから俺は、そんなに信用がなくなっちまったんだ?」

「奥さまがおっしゃいます、源十郎さまは糸の切れた凧だと、だから……」

「それをいわれちゃあ、お仕舞いだな」

 と、源十郎、降参と肩をすぼめた。

 おのれの放蕩ほうとうの報いがこんなところで返ってくるかと、楽しげとも取れる笑みも浮いたものである。


「コン太……」

 目線を合わせるように、源十郎はしゃがみこんだ。

 そしてまた、くしゃくしゃと力いっぱい、コン太と呼ぶ童の頭を撫でる。

 嫌がりもせず、むしろうれしげなコン太である。

「俺も、おみつも、おまえのことは我が子のようなもんだといつもいってるだろうが。言いつけとか何とか、奉公人みたいなことをいうんじゃねえ」

「でも……」

「律儀なのはおまえの性分であり、良さでもあるかも知れねえ」

「ありがとう……、ございます?」

「でもな、いつまでも拾われただ、山育ちだと、卑屈になることはねえんだよ」

「はい……」

 うれしさ半分、それでもまだ遠慮も半分といったコン太に、源十郎はなおも、

「奥さまってぇのも、やめておけ。おみつだって、それは嫌がるぞ」

「そうなのですか?!」

「浪人の連れ合いなんざ、かみさんでいいんだよ。奥さまなんて、俺はどこのお大尽だいじんだ? って、ことになる」

「じゃあ、おかみさん!」

「それでもかてえが、まあいい。俺のことも……」

「旦那さま!」

 打てば響く。コン太は小さい体もめいっぱい使って、元気のいいお返事である。

 源十郎は、ため息一つ。

 がっくりと、芝居がかってこうべを垂れもする。

「あのなあ、それはおみつがいうもんだろうが。おまえまで俺をそんなふうに呼ぶんじゃねえ」

「それでは……。やはり、源十郎さま?」

「いつまでも他人行儀だなあ。源さんとでも呼べといっただろうが」

「それは出来ません!」

 きっぱり、コン太は背筋も伸ばして言い切るのである。

「大恩ある源十郎さまを、そんな……」

 これ以上はもう、かえって責めるようになるか。

 童の意地は時に厄介。

 源十郎、鬼が形無しの根負けである。

「しゃーねえ。まあ、好きにしろ」

「はい!」

 元気なお返事、再び、である。

 微笑ましいと、そこは仔犬がはしゃぐ様を見るような、自然な笑みをこぼす源十郎であった。


 ふと、立ち上がる。


「あ、あのぅ、どこへ……」

「コン太。おまえはもう帰れ」

「そういうわけには参りません!」

 源十郎、立てばなおさら大鬼のよう。六尺豊かな大男である。その股下にすっぽり収まりそうな小さな童子の足では、大股で歩かれれば走るようにしなければ追いつけない。

 テテテと、懸命についてくるコン太に、

「好きにしろといったのは、俺だよな」

「そうです! ですから、ぼくは……」

「しゃーねえなあ。まあ、いつものとおりだしな、おまえが俺に付き従うようにするのは」

「はい! これでおかみさんにも顔向けできます!」

「お互い、おみつは怖いか?」

「そ、そういうわけでは……」


「ハッハッハッハッ!」


 コン太のなんともいえない困惑に、呵呵かかと大きく笑った源十郎であった。

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