第2話

 坂田さかた源十郎げんじゅうろうと、鷹山たかやまかなめ

 歳は源十郎が二十八、かなめは二十である。

 この二人、実は古くからの顔見知り。同じ道場の釜の飯を食った、剣術仲間である。

 出会いは十年以上前にさかのぼる。

 源十郎は当時、鬼の面相に血気はやる若さがピリピリとほとばしり、誰もに恐れおののかれ、遠巻きにされていた。それなのに、当時まだ十にもならない美童子のかなめが道場に通うようになって早々に「鬼になついた」のだから、

「山門にほれ、あるだろう? 小鬼踏みつける仁王と、それに付き従う麗しき童子だ」

 と、対照的な二人の姿に道場では陰口叩かれていたものである。

 当の本人たちは全く気にせず、稽古けいこ熱心なかなめを源十郎は気にかけていただけなのだが。

 道を違えた今も、立場にこだわりなく付き合っているのはそうした所以ゆえんもある。


 さて、そんな二人が何の密談かといえば。


 つまみの煮魚、ひょいと口に入れ、大きなあごですりつぶすように食せば、

「うめえな、これは」

 と、源十郎。

「おまえも食え」

「それよりも……」

 かなめは何にも箸をつけず、真っすぐに源十郎を見つめるのである。

「なんだ、もう本題か?」

「これでも忙しいのですよ、私は」

「ふむ……」

 値踏みするようにしてかなめを見れば、源十郎はニヤリと口の端上げて、

「お役目、またたまわったそうだな?」

「市中にいながら、さすがに耳が早い」

「ま、そこはな……」

 一本取ったと勝ち誇る源十郎は、鬼の姿に似合わぬ童子のような笑みであった。


「おまえの父上は喜んでいるだろうな」

「墓の下に聞くことは出来ませんけどね」

本草学ほんぞうがく(薬草学)なんて秘中の学問、その学者の家系が、それをついぞ見込まれて城勤めだ。お家の出世頭と鼻も高けえよ」

「そうであればいいのですが……」

 ふと、かなめは悲しいのか、苦いのか、よく分からない、それまでの顔とは違う暗い表情を見せた。

「なあに、親父さんのことは俺も知っているが、仁政じんせい、仁政と、人の上に立つものこそ身をつつしめ、武士の力も学者の知恵も庶民にこそ分け与えろとうるさかった人だ。薬草を庶民のために役立てようとする、今のお上のやり方、喜んでいるのは間違いねえよ」

「そうですね」

 顔を上げたかなめは、もとの快活な若者の、こだわりのない表情に戻っていた。

「今回も、薬園に向く土地、ならびにそこで働く人々、薬草そのものはもとより、捜して駆けずり回ることになります。ただ、さすがに冬が近い。今回の帰りは早いでしょう」

「もっと人数使えばいいだろうに。それくらい許されるだろう?」

「一人のほうが気楽でいいんですよ。手がいるなら、現地でお借りします」

「おまえなら、それが出来るか。威張るところはないからな」

「そこは根っからの侍ではありませんから」

 まげのない、首の後ろで髪を縛っただけの総髪をかなめは撫でた。

 浪人である源十郎もだが、月代剃らぬところは二人の共通点でもある。

 城に引き上げられた学者の息子と、なにやらあって浪人の身にやつした鬼。

 立場も道も真逆になったとしても、縁はいまだ切れていないらしい。


「ところで……」

 世間話もそこまでとばかりに、かなめは顔を引き締めた。

 膳部を押しのけ、柱にもたれかかるようにしてふんぞり返る源十郎へ、内緒話の始まりとにじり寄る。

「近い」

「このくらいでないと、秘密の話は出来ません」

「なにを……」

「うふふ……」

 微妙につやのこもった熱い笑みである。

 鬼と呼ばれる源十郎の顔も、かなめにとっては見慣れたもの。

 耳のそば、吐息を吹きかけるほど、ことさらに顔を寄せ、

「市中におられる源十郎さんのこと、今の騒ぎ、ご存知ですよね?」

「何の話だ?」

「おとぼけを」

 小さく笑ったかなめは、中性的というより、もはや女の顔である。

 さすがにそれはと、かなめの顔を熊のように大きな手で源十郎は押しのけた。

「つれないなあ」

れも過ぎるとおもしろくねえ」

「ま、いいですけど」

 かなめは離れたが、先ほどまでよりはずいぶん近い。

 聞かれて困る話は本当のことである。

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