第2話
歳は源十郎が二十八、かなめは二十である。
この二人、実は古くからの顔見知り。同じ道場の釜の飯を食った、剣術仲間である。
出会いは十年以上前にさかのぼる。
源十郎は当時、鬼の面相に血気
「山門にほれ、あるだろう? 小鬼踏みつける仁王と、それに付き従う麗しき童子だ」
と、対照的な二人の姿に道場では陰口叩かれていたものである。
当の本人たちは全く気にせず、
道を違えた今も、立場にこだわりなく付き合っているのはそうした
さて、そんな二人が何の密談かといえば。
つまみの煮魚、ひょいと口に入れ、大きな
「うめえな、これは」
と、源十郎。
「おまえも食え」
「それよりも……」
かなめは何にも箸をつけず、真っすぐに源十郎を見つめるのである。
「なんだ、もう本題か?」
「これでも忙しいのですよ、私は」
「ふむ……」
値踏みするようにしてかなめを見れば、源十郎はニヤリと口の端上げて、
「お役目、また
「市中にいながら、さすがに耳が早い」
「ま、そこはな……」
一本取ったと勝ち誇る源十郎は、鬼の姿に似合わぬ童子のような笑みであった。
「おまえの父上は喜んでいるだろうな」
「墓の下に聞くことは出来ませんけどね」
「
「そうであればいいのですが……」
ふと、かなめは悲しいのか、苦いのか、よく分からない、それまでの顔とは違う暗い表情を見せた。
「なあに、親父さんのことは俺も知っているが、
「そうですね」
顔を上げたかなめは、もとの快活な若者の、こだわりのない表情に戻っていた。
「今回も、薬園に向く土地、ならびにそこで働く人々、薬草そのものはもとより、捜して駆けずり回ることになります。ただ、さすがに冬が近い。今回の帰りは早いでしょう」
「もっと人数使えばいいだろうに。それくらい許されるだろう?」
「一人のほうが気楽でいいんですよ。手がいるなら、現地でお借りします」
「おまえなら、それが出来るか。威張るところはないからな」
「そこは根っからの侍ではありませんから」
浪人である源十郎もだが、月代剃らぬところは二人の共通点でもある。
城に引き上げられた学者の息子と、なにやらあって浪人の身にやつした鬼。
立場も道も真逆になったとしても、縁はいまだ切れていないらしい。
「ところで……」
世間話もそこまでとばかりに、かなめは顔を引き締めた。
膳部を押しのけ、柱にもたれかかるようにしてふんぞり返る源十郎へ、内緒話の始まりとにじり寄る。
「近い」
「このくらいでないと、秘密の話は出来ません」
「なにを……」
「うふふ……」
微妙に
鬼と呼ばれる源十郎の顔も、かなめにとっては見慣れたもの。
耳のそば、吐息を吹きかけるほど、ことさらに顔を寄せ、
「市中におられる源十郎さんのこと、今の騒ぎ、ご存知ですよね?」
「何の話だ?」
「おとぼけを」
小さく笑ったかなめは、中性的というより、もはや女の顔である。
さすがにそれはと、かなめの顔を熊のように大きな手で源十郎は押しのけた。
「つれないなあ」
「
「ま、いいですけど」
かなめは離れたが、先ほどまでよりはずいぶん近い。
聞かれて困る話は本当のことである。
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