浮世草子「源十郎隠奇譚」
歩
源十郎隠奇譚
二階座敷
第1話
ころあいは、中秋の名月を過ぎてしばし。
江戸、
山を
とある領国、港町。
活気あふれる町でも、昼日中の酒屋に入り浸る人あるのは、それもまたどこでも同じ。
「……いや、いいです」
にこやかにも、その侍は女中の案内を断った。
(さて、どういう顔をなされるか)
ギシギシと音を立てて階段を上がり、
「失礼します」
と、ふすまをすらり開ければ、
「呼びつけておいて遅れるたあ、いい根性だ」
冗談とすぐに分かる、野太いが明るい声。
(やはり……)
とでも、いいたげに、侍は悪びれることもなく秋風もさらりと受け流して、後ろ手にふすまを閉めた。
港には遠いとはいえ、風が磯のにおいを二階座敷まで運んでくる。それをかき消すかのように、すでに酒のにおいこそ、小さな座敷にはこもっていた。
「お待たせしましたか?」
「ま、酒は進んだがな。それは許してくれような?」
「遅れたのはこちらですから」
「フン。なら、酒代は……」
「もとより」
にっかりとこだわりもなく、若侍は、三十も手前と見える、床の間の柱にもたれかかって杯を置きもしない、
二人は人体からしてまるで対照的。
一方は
身分も違うではないか。
横柄な態度は
「源十郎さんがどうしてもというから、このような場を設けましたのに」
「おまえと会っているとな……」
「おみつさんに叱られる?」
含みのある
それには浪人、
「叱られるとかいうな。まったく……」
「フフ。だから、私があなたの家へ出向くことかなわず、面倒な手はずを踏まないといけないわけでしょう?」
「分かってる。さっきの遅れたを気にするか?」
「久しぶりに源十郎さんの顔を見られると思ったら、きついことをいわれるのでは」
「そんな玉かよ、おまえが」
ごまかすように酒をあおった源十郎を見るかなめの顔からは、、楽しげな笑みが取れることはない。それがよほどこそばゆいのか、足に虫でも這っているかのように、源十郎は落ち着かないのである。
「失礼します」
と、女中が入ってきた。
膳部をかなめの前に、源十郎にはまた酒を満たした徳利を置けば、すぐに去る。
のどかな秋の日差し入り込む小座敷で、距離も近く、いっそう二人はくだけた話し振りになるのである。
「おまえと会っているとな、あいつはいやな顔をするんだよ、何故か」
「何故? とは、これは源十郎さんらしくもない」
「妬いているといいてえんだろう? かわいいもんだが、おまえとどうこうなるものでもねえのにな」
「僕としては、どうこうなっても構いませんが」
「わざとらしいしなを作るな。冗談はもういい」
「僕は別に冗談でも……」
「バカなことを」
気安いやりとりに、二人が気心知れた仲だと伝わる。
「おまえがそんなだから、会うとなればこそこそと、隠れるようにして家から離れたこんなところでとなるんじゃねえか」
「すれ違いもまあ、その意味では仕方ありませんね」
「待っているあいだにいい酒飲ませてもらえるってえのは、ありがてえがな」
「なら、いいではありませんか」
「むうぅ……」
軽薄なかなめにやり込められて、そこはおもしろくない源十郎であった。
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