第11話 嵐のち霧
「いらっしゃいました」
「あれが王様ですか?」
メルシアと2人、王族専用食堂近くの茂みに隠れて様子を観察していた。
部屋の中は明るく暗い外からよく見える。逆にあちらからは外の様子はあまり見えないからちょうど良い。
「これって犯罪ですよね」
立派な覗きであり、これから不法侵入をしようとしている。レオンの許可は得ているからセーフだろうか?
「今さらなにをおっしゃっているのですか?」
「そうですね」
レオン曰く、夕食の時くらいしか家族が揃う機会がないという事でこんなことになった。
ただ、幼くこの件には一切関係のないナーシャまで巻き込むのは罪悪感がある。
「一番奥にいらっしゃるのが陛下です」
金髪碧眼の威厳のある人だ。ただ、思ったより若く見え、20歳ほどの息子がいるようには見えない。
もちろん顔立ちは整っていて、ナーシャ達には優しい目をむけている。
西洋の歴史に出てくる王様のような姿を思い浮かべていたけれど、髪が長く無ければ髭も生やしていない。もちろん服も、あのモコっとしたズボンに白タイツなんていう妙な物ではない。
「その隣にいる方は?」
「妃様ですね。お二人はとても仲が良くて、レオンが呆れる程です」
月のような色の長い金髪がクルクルしていて、青い瞳はレオン達より少しくすんだ色をしている。陛下同様、妃様も若く見える。
そしてずっと楽しそうに花のように笑っていて優しそうな方だ。ナーシャは妃様似らしい。
「なんとなく分かります。セルジア様の隣にいらっしゃる方は?」
「セルジア様の奥方のフィーネ様です。ちょっと気が弱いところがありますが、優しい方ですよ」
背は小さくて茶色の肩くらいまでの髪に夜空の色の瞳。見た目が他の人に比べると日本人と遠くない。どこか親近感が湧いてくる。
「そしてレオン様の隣にいらっしゃるのがナテア様です」
確かにとても真面目そうだ。この兄弟の中では一番陛下に似ている。真っ直ぐの金髪とレオン達と同じ青い瞳。
人は見かけによらないと言うことだろうか?
「ナテア様は婚約はしておられますがまだ結婚はしていらっしゃいません」
「婚約解消されそうですね」
「私もそう思います。でも婚約者様はナテア様に全く興味がないようでして、もしかしたら大丈夫かもしれません」
メルシア曰く、利害の一致から婚約しただけで当人達に結婚する気は無い様子とのことらしい。
「最後はナーシャ様ですね。頭は回る方だと思います。おねだりがとっても上手いのですよ」
悪知恵が働き、多少性格が悪くとも、この世界では問題ない。むしろ、有利になるだろう。
「そろそろ時間ですね」
部屋の中を観察していればレオンが視線を一瞬向けた後、机の下で手を振って見せた。
これが前もって決めておいた計画実行の合図だった。
「陛下、お話があります」
今の明日花達の役割はレオンを見守ることと、想定外のことが起きた時にすぐに動けるようにすること。
「レオン、どうした? 家族だけの場所では陛下はやめるように言っただろう」
仕事とはちゃんと分けて、家族を大事にしていそうな王様だ。
それに、明日花には王様がどうにも無能には見えない。なんともわかりにくい感じが有能なように思えた。
「今回はそういうお話なのです」
「あとでいいだろう?」
「お兄様達にも・・いえ、この場にいる全員に関係する話なのです。よろしいですか?」
こうして見れば、王様とセルジアはよく似た雰囲気を纏っている気がした。
なにかが引っ掛かるようか感覚を覚えるも、それが何なのか掴めない。
「いいいんじゃないか?」
「陛下、私に王位を譲ってください」
ちゃんとレオンは言いきった。短い言葉を言うだけに相当の勇気が要っただろう。
予想通りだったけれどその場はシーンとなる。
「王位は長男であるセルジアが継ぐものだ」
「そんなことは分かっています。ですからお願いしているのです」
さて、あちらはどう出てくるだろう。
「レオン、俺は決まりさえなければどうでもいいと思ってるんだけど、王位が欲しい理由は?」
「このままでは、国が動かなくなってしまいます。初代の決めた事のままで無く、何かを変えていかなければどうにもならないと思うのです。お父様と兄様がどうにかしてくださるのでしたらその必要はないのですが」
妃様とフィーネは心配そうにレオンとセルジアの会話を見守り、ナ―シャは緊張感のある空気の中にも関わらず、おいしそうに食事を頬張っている。
「俺の補佐に付くのじゃだめなの?」
「お父様はまだ元気ですから、継ぐのはまだまだ先でしょう? それとも、兄様を差し置いて陛下の手伝いをするべきですか?」
三男というのがなんとも面倒なことになっている理由。だからここでピキを使う。
「父としてはやりたい方に継いで欲しい。向き不向きがあるからな。レオン、決まりを無視すれば周りからの反感を買うのはわかっているのか?」
改革というのは皆が喜ぶわけではない。どんなにいい方向に変えようとしたとしても、それによって悪い状況になる人はどうしても出てくる。それに、変化を望まない人も多くいるだろう。
「わかっています。お父様と兄様が動いてくださるのが本当は一番なのですが。このままではあと一年持ちませんよ」
レオンとしては穏便に済ませたいという気持ちが強いらしい。
最後まで動いてもらうのを頼むことをレオンは選んだ。
「一年も持たないほど、だったのか。レオンもわかっているから自分で動こうとしているんだろう? 私は、邪魔が入って大きくは動けない。それに今の今までその危機感を持っていない」
陛下は首をふってどうするか?とレオンに尋ねた。
邪魔が入る? まだ明日花が聞いていない情報があるのだろうか?
「メルシアさん、どういうことですか?」
「今のフライスト王国は派閥が二分しているのです。レオンに同じことはさせたくないのでしょう」
深くは教えてくれないらしい。必要な時になればきっと教えてくれるだろう。
「兄様は?」
「俺も邪魔は入るだろう。でも、そもそもレオンほど有能じゃないから変えていくなんてできる自信が無い。一応聞くけど、ナテアはどう思う?」
「興味が無い。レオンと兄様の好きにして。元々、兄様の補佐をする気すらないからどっちが王になったっていい」
ナテアはずいぶんやる気のないタイプらしい。
「メルシアさん、そもそもどうしてやり方を変えるのにここまで苦労するんですか? 建国して300年という話でしたけど、少しずつ変えていっているものですよね?」
歴史が長い国でも無いのだからもうちょっと融通が利いても良いと思う。
「初代国王は偉大だったのです。何もなかったこの土地に一から国を作りました。決まり事もすべてです。法はもちろん、国の動かし方まで丁寧な指南書が残っていると聞いています」
だからこそ、それの通りに動かせばいいと思い、300年が経ってしまったのだろうか?
「その中に継ぐのは長男、というのもあるのですか?」
「はい。元々、争いから逃げる為にこの国が作られたそうです。無駄な争いを避けるために当時はそう決めたんだと思います」
大きな山に囲まれたこの地は最高の条件だっただろう。天然の地形が外のものから守ってくれる。
「レオン、他を納得させるためにどうする? というか、今年成人のレオンが継ぐのなんて何年も先の話だとおもうけど」
「取り合えず、お父様はすぐに隠居してくださいませんか? 別荘でゆっくり過ごすのもアリでは?」
家族にとっても悪い話ではないだろう。幼いナ―シャと過ごす時間が増えるという一番の利点がある。
「それで?」
「後ろ盾には、ドラゴンを用意しました。これなら誰だって納得するはずです」
カリアが次の料理を運ぶかのようにピキを連れてきた。
「触ってみますか? もちろん本物ですよ。大きさも今は小さくなってもらっているのです」
その時の陛下達の顔は見ものだった。
想像のはるか上の後ろ盾にあっけにとられ言葉も出ない。そもそもドラゴンを間近で見ること自体が初めてだったのかもしれない。
「レオン兄さま、それ、ほんもののドラゴン様? いがいとちいさくて、かわいい!」
意外なことに、一番早く反応したのはナ―シャだった。そして遠慮なく触りに行っている。
やはりナ―シャは大物に育ちそうだ。
「ちょっと、ナ―シャ。そんなにさわるなんて」
「おかあさま、ドラゴン様はおとなしいよ? 角ってつるつるしてる」
可愛らしいナ―シャに触られてはピキも悪い気はしていないだろう。でもあとで美味しい物でも食べさせてあげよう。
「くくっ、まさかドラゴンをつれてくるとは」
「それなら納得するしかないね。ドラゴンに選ばれたとでもいえばみんな黙るでしょ」
「王位も好きにすればいい。隠居でもなんでもしよう。年齢的に、今すぐ譲るというのだけはできないが」
あっさり計画は簡単に達成されてしまった。
明日花達が外に隠れている必要なんて無かっただろう。色々な時のことを考えて、沢山準備をしていたのに手ごたえも感じる間もなく終わってしまった。
そう、異様なほどにあっさりと。
「アスカさん、私たちも部屋にもどりましょうか。 意外と外は冷えますから」
「そうですね」
さっきまでよりも和やかに食事を再開した王族を一度見てから、メルシアと二人部屋へ戻った。
部屋にはちょっとしたお祝いのような料理がまっている。計画の第一弾が達成されたお祝いとして。
「ピキは一番の功労者ですね」
「そこにいただけですけどね」
「はあー、つかれたー。メルシア、私も良い動きしたでしょ?」
ピキを戻ってきたカリアがぐでっとソファーに倒れ込んだ。
「ピキを運んだだけでしょう」
「違うもん。ピキが騒がないようにしれっとしっぽを掴んでたんだから」
「カリアがひどいのだ! あの容赦のない子供に我を差し出したのだ!」
「それよりカリア、リュードをしりませんか?」
仕事はただの見張りだったはずなのに一向にもどってこない。
「庭でもふらついてるんじゃない?」
「わたしが見てきます。カリアとアスカさんは先に食べていてください」
メルシアはリュードのことになるとどこか様子がかわるような・・。
「いってらっしゃい。・・・アスカさん、あの二人の間にうっかり入らないように気を付けてね」
「それって・・」
「本人たちはそんなつもりないだろうけど多分そう。入るタイミング間違うとすごく気まずいから」
カリアの言いたいことを察した明日花はその忠告をしっかりと刻んだ。
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