第9話 クローゼット
「レオン、起きろ」
「リュード、もうそんな時間か?」
レオンはもう一度目を閉じたくなるのを我慢して布団から出る。リュードを不機嫌にすると後で恐ろしいことになるからだ。
「はぁー、今日はナーシャと遊ばないといけないし、いつもの仕事に、アスカが持ってくる仕事も・・。どうにかならないか?」
今日の予定を考えると朝から気が重くなる。
「あの暇人カリアに仕事をさせては?」
「んー、今日は丁度別の仕事を頼んでて」
カーテンを開けて空を見上げると雲一つない空に時々鳥が飛んでいる。
こんな日は外で駆け回りたいのに、今日は1日部屋の中だろう。
「ナーシャ様を言い訳に外に行くのは?」
「ナーシャは外にはいかないだろ」
いつもなら喜んでナーシャの相手をするが今はそういう気にはなれない。それよりも自分の時間が欲しかった。
改善策も思いつかないためどうにもならない。
レオンはため息を吐きつつ、着替えようとクローゼットを開けた。
• • •
「メルシアさん。本ってどこにあるかわかりますか?」
明日花はレオンの部屋に行く途中ふと思いメルシアに聞いてみた。
「この城には大図書館がありますが、許可がいるのでアスカ様は利用が難しいと思います。レオン様に借りられてはいかがですか?」
「たくさんありそうですか?」
「レオン様は自室に本棚だけの部屋もありますよ。あの人の趣味は読書なのです」
メルシアはレオンのことを色々知っている。付き合いが長いのかもしれない。
「無かったらレオンに大図書館から借りて来てもらいましょう」
「その前に、アスカさんはもうこの国の字を読めるようになったのですか?」
勉強はした。覚える努力もしている。けれど、
「まだです」
日本人からすると、あれは字ではない。複雑な記号に近い気がする。しかも崩し字。それでそもそも字の見分けがつかなかった。
「見分け方を教えてください」
「そうですねー、勉強していけばわかるようになりますよ」
どれだけ勉強すればわかるようになるのだろうか?と思いつつ廊下を進んでいると・・。
「うわわぁぁぁぁぁーーーー!」
やっと聞き分けられるようになったレオンの声が聞こえてきた。
「今日も何かしているのでしょうか?」
「二人は仲良しですから」
「朝から元気ですよね。あんなに声が出るなんて」
この国の建物は日本の家の作りと違い、繋がっている空間などほとんどなく、壁と扉でしっかり仕切られている作りである。それでもここまで響いてくるなんてどれだけ大きな声を出したのだろうか?
「そうですね」
慣れたもので、いつものようにレオンの部屋に勝手に入る。
「本当にすみませんでした!」
「以後気をつけます」
なぜか床に正座して謝っているレオンとリュード。レオンなんか着替えようとしてそのまま、みたいな格好をしている。
そしてその二人の前には、
「我を踏みつけた挙句、朝まで放置するとはどういうことなのだ!」
どこかで見覚えがあるような、赤いトカゲのようなものが飛んでいる。
「アスカもなのだ! また袋に詰め込んで閉じ込めて!」
正直存在をすっかり忘れていたピキがそこにいた。まあ・・・ちゃんと元気なまま発見されたからよかったかな? 以後気を付けよう。
でもそんなことを言うわけにはいかない。余計怒らせるだけだ。
「ピキ、ごめんなさい。色々事情があったのです。それで仕方がなくて」
やったことは悪いこと。ここはちゃんと謝っておかなくてはいけない。
「そうだ、ピキ。昨日は踏んだのは悪かったと思ってる」
ピキの存在を忘れていたのは皆同じだろう。
「ピキではないのだ! アルフレッドと呼ぶのだ!」
「ピキです!」
これだけは譲れない。
「その呼び方はやめるのだ!」
「おはようございまー・・・みなさんどうしたの?」
やって来たカリアは妙な状況にぎょっとしている。
「早く仕事・・の前にピキ様に朝食を、リュードよろしく。俺は着替えてくるから」
「私は次の案でも考えておきますね」
それぞれ動き出す。これ以上ピキの前に居てはなにを言われるかわからない。
「アスカさん、字の練習も必要ですよ」
メルシアの釘を刺すような一言に明日花は苦笑いを浮かべた。
「ピキ、何を食べる? 虫か何か?」
「いいんじゃないか?」
「トカゲですしね」
「虫なんか食べないのだ! トカゲじゃないのだ!」
ピーピーと喚くピキ。やっぱりピキの名前がぴったりだ。
「赤くて空を飛べるトカゲでしょう?」
「それをトカゲと呼ばないのだ!!!」
騒がしく、賑やかに、だれもそのことに気づかないまま、
世界を変えることになる運命の日が始まった。
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