第4話 井の中の蛙
一息ついて、レオンと紅茶を飲んでいると部屋を離れていたリュードが戻ってきた。
「リュード、部屋のついでに使用人と身分証もどうにかしといてくれ」
「身分証も?」
この国の出身ではない事は言わない方がいいのかな?
「すみません。失くしてしまいまして」
「そういうことだから、よろしく」
「レオンがすればいい。・・・名前はアスカ・カヅキ?」
明日花はもうあの家に戻るつもりはない。ここは異世界だ。異世界でまで家の事を引きずりたくなかった。
「カヅキ、では無い苗字にしてもらえませんか?」
明日花がそう尋ねればリュードはレオンの方を向き、レオンは少し考えるような素振りをみせる。
「カズキはここっぽく無いし、いいんじゃないか? 名字は何にする?」
「なんでもいいです。特にこだわりはないので、よくある家名にしちゃってください」
リュードは眼鏡をかけ、あの硬くて近寄りがたいリュードに戻り、スタスタと部屋を出ていく。
やっぱりすごいな、と思っているとリュードが戻ってきた。
「忘れ物か?」
「いえ、ついでに陛下に報告を」
ちょっとだけ、レオンを見たリュードが悪い表情を見せた気がした。それだけ言って、部屋を出ていこうとするのをレオンが止める。
「待て。何を言うつもりだ?」
「レオン様が部屋に女性を連れ・・」
「ダメだ。お父様はまだしもお母様は絶対!」
必死なレオン。遊び甲斐がありそうなタイプに見えた。
機会があれば自分でもやってみようと明日花は心の中でそっと思う。
「わかった。妃様に報告してくる」
「わかってない!!」
リュードは表情は真顔で声も棒読みなのに何故か楽しそうな感情がとても伝わってくる。
「絶対言うなよ」
「わかってる」
リュードはそれだけ言って出て行ったが、これは言うつもりだろう。レオンは告げ口されたく無いのなら自分で動けばいいのに。
「レオン、話をしていいですか?」
「あぁ、そういえばなんか言いかけてたな」
「この国は財政難以前の問題が山積みです」
レオンは首をかしげている。
まさかわかっていないなんて。ここで育てばこれが当たり前なのか?
「何ですか、この城は。ぼろぼろではないですか! 幽霊屋敷ならぬ幽霊城で肝試しができそうですよ!」
「それくらい知ってる。けど直すのにも」
修理が金銭的に無理なことくらい明日花はわかっている。それ以前の問題なのだ。
「まず室内だけでも綺麗にしてはいかがですか? 草取りだってした方がいいと思います」
「それが、人手が足りなくて」
この部屋まで歩いただけでも使用人がかなりの人数がいた。規模に対してあまりに多いようにみえる。
「なら、ちゃんと働いていないはずです。サボったりしているのではないですか? そして隅々の掃除までさせるべきです。中庭の草もどうにかしましょう」
「掃除はともかく・・・メイドは草取りなんかしてくれないと思う」
「なら兵にさせてはいかがですか? この国は平和のようですし」
この部屋に来るまでに何人かの兵ともすれ違った。けれどどの人も立っているだけで雑談しているだけ。レオンが通ったことにも気づかない人もいた。
「最近は魔物が活発になって危険なんだ。それに、兵が弱いことが問題になってて強化訓練をしてたりして忙しくて」
さっきから、言い訳ばかり。ねちねちうじうじ、すぐにレオンは言い淀む。
「レオンは強いように見えますが兵のどれくらいに勝てる自信がありますか?」
「ほとんど勝てるんじゃないか?」
「レオンは誰に剣術など習ったのですか?」
兵の中の強い人に教えてもらってレオンが強くなっているのなら、兵だって強くなって良いと思う。
「幼い時は兄達が教えてくれて、その後は俺の教育係が。当時は5つ上の兄様に全く敵わなかった」
子供の頃で5つも違えば負けて当然だ。違いはなんだろう?
そういえば、実践が一番上達すると聞いたことがある。
「ちなみに狩りに行き始めたのはいつからですか?」
「7歳くらい? それも教育係のアドバイスで」
もう8年近く経つということか。7歳くらいで国の財政難に気づいたならレオンはとても頭がいいはず。
幼い頃から経験を積めば強くもなるだろう。
「お城には文官?もいますよね。そちらもさぼっていたりしません?」
レオンは苦い顔をした。可能性があるということだ。
「うまく使えばやりようは沢山ありますよ。今は改善点しか無いような状況です」
「厳しいだろうな。そういう権限は全てお父様が持っている。なにより、俺自身が未成年で」
15歳で成人という話はどうしたのだろう? 確かに同い年と言ってたはずだけれど。
「15歳になって初めてある6月の大きな集まりで、大人の仲間入りをするんだ。俺は秋生まれだから」
今は4月、あと二か月もある。できるだけ、その間にも動きたい。
「いっそ王位を譲ってもらうとか?」
「俺は第三王子だ。上に2人も兄がいる」
断らないところを見るに、譲ってもらうことに対しては抵抗が無いのだろう。
身分社会に詳しくない明日花でも第三王子が微妙な立場であることくらいわかる。
「どちらか話がわかるような方だったりします?」
「残念ながら。一番上の兄はまだしも、上の兄は絶対わからない」
こうなったら・・・裏の手を使うしかない。私はどれくらいここに居させて貰えるかわからない。居続けるには結果が必要。
「レオン覚悟はあるんですよね? 王になる覚悟が、それともお兄さん達を支えつつ変えていきますか?」
レオンがどちらを選ぶかで動き方はかなり変わる。
「兄達には任せておけない。そうしないとフライスト家は終わる」
レオンは王になるのを選んだ。
動かないとあとがないのはどちらも同じ。やはり面白い。
「レオンは家族が好きですか?」
「もちろん」
「では穏便に王位だけ譲ってもらいましょう。いいですか?」
「ああ。けど、俺はアスカほど頭がよくない」
レオンは狭い世界しか知らないから思いつくことも少ないだけだと思うけれど。
「だから考えるのを手伝ってくれ。それを俺が行動に移す。そうやって変えていこう」
「はい」
どうやったら一番損なしに近道で目的を達成できるか。
これを考えるのがとても楽しい。まるでパズルのようで、ピースがピタリとハマった時なんとも言えない達成感がある。これを教えてくれたことくらいはあの人達に感謝してもいいかもしれない。
「この国の考え方とか、決まり、習慣のようなものは知らないので教えてくださいね?」
初日に方針が決まっただけでも十分な成果だろう。
井の中の蛙大海を知らず、という言葉がある。
蛙は大海のことを知るどころか、外に広い世界があることにすら気づかない。その小さな世界を世界のすべてとおもっている。
この時の明日花もまた蛙と同じだった。
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