第2話 契約と約束

レオンは宙を見つめつつ指を折って何か考え、こちらを向いた。


「帰るとこはあるのか?」


ひとまず宿を探して泊まろうかと思っていた。けれど具体的に考えて初めて明日花は気づいた。


「宿にも行けないかもしれません」


「どうして?」


「持ってきたお金使えなくなってしまいました」


持ってきたのはお札ばかり。せめて硬貨を持ってきていれば使えたかもしれない。遠く離れた国のお札なんてただの紙切れで何の価値もないだろう。。


「家は面倒だし・・近くの小屋なら案内できるけど?」


「ありがとうございます。あとは持っているので大丈夫です」


携帯食料と水を持ってきておいてよかった。食事はこれで困らない。


「少しくらい歩けるか?」


「まあ、大丈夫だと思います」


「こっちだ」


ついて行くとそこは何も無い場所で、なにやらバタバタと音がする。


「これは?」


「鳥」


「それくらいわかります」


罠にかかった青く美しい羽根を持つ鳥が待っていた。


「綺麗な鳥ですね。ペットにでもするのですか?」


「まさか。ほしいのは肉だから」


嫌な予感がする。くるりと後ろを向いておく。

色々しっかりは聞きたくない音が聞こえてくるけれど聞こえなかったことにしよう。


「アスカ、もう見ても大丈夫だと思うぞ」


すごく仕事が速いらしい。恐る恐る振り返れば解体まで終わっていて肉と羽になっていた。


「そんなことまでできるのですね」


「まあ、必要だったから。食料は必要だし。・・もう家に帰らないと」


陽が暮れてきている。電灯なんて無い森の中は街よりも先に暗くなってしまうだろう。


「とりあえず小屋まで案内はしよう」




 



小屋は本当に何もないけれど綺麗で掃除もされているようだった。


「肉をいくつも持ったまま山は走り回れないからここに置いてるんだ」


「まだあるんですか?」


「ここにあと3羽分。ここにある物は好きに使って」


いくつか箱が置かれて、古びた布もあるようだった。ひとまず夜を越す分には困らないだろう。


「2・3時間後に来れたら来る。来れなかったら明日、朝からくるよ」


レオンが離れていくのを見送って、明日花は今後の計画を練る為にノートを開いた。

 




  数時間後


コンコンという音と共に扉が開いてレオンの顔が覗いた。


「来たのですね」


「来れればくると言っただろう」


さっきと服が変わっている。前よりも上品な物に見える。


「で、何を聞きたい?」


レオンは中へ入ってきて置かれた椅子の上に座った。


「まず通貨を! 金貨・銀貨・銅貨って感じですか? それとも貝殻?」


「通貨はファル硬貨。小銅貨が1ファル。中銅貨が10ファル。大銅貨が100ファル。その後に小銀貨、中銀貨、大銀貨と続いていく」


ファルが円のような単位なのだろう。そして金銀銅貨にそれぞれ大中小とあって、10倍の価値になっていく。


これさえ知っていれば支払いには困らない。


「この近くの街はどれくらいの規模ですか?」


「王都だからこの国では一番大きい」


王都ならば人もたくさんいて、店も開きやすいだろう。


「ちょうどいいですね。あ、この国成人はいくつですか?」


「15歳だ」


よかった。それなら年齢詐称することなく店を開くことができる。


「後は・・・」


「アスカっていくつ?」


「15歳ですよ」


早生まれでは無いためまだ誕生日は来ていない。


「なんだ、同い年か」


まず必要なのは衣食住だろう。食べ物はこの辺りで採れたとしてもあとはお金が必要だ。


「いい働くところありませんか?」


「城くらいか?」


城があるのなら身分制度があるのかもしれない。すると身元不明の明日花はとても暮らしずらい。


「階級社会だったりします?」


「無いことはないけど、平民出身でも高位の官になっている人もいる」


緩いならばどうにかなるかもしれない。


「日用品とそうでないものどちらがいいですかね?」


「なんの話だ?」


「売るものです。食べ物でもいいかもしれません」


明日花自身、料理はできないけれど味見ならできる。するとどんどん想像が膨らんでいく。


「商売って許可がいりますか?」


「おい、なんでそんなにお金の話ばかりする? 何が目的だ?」


「自分の自由な店を持つことが夢だったのです。それを実現しようかと」


そのためには必要でしょう?と尋ねればレオンは大きくため息をついた。


「この国はどういう国ですか?」


「平和で穏やか。他の国との交流は無い。災害もあまり起きない。食料もたくさんある」


絵に描いたようないい国だ。けれどそんな国存在するだろうか?


「王族とか貴族もいるのですよね? ごたごたがあったりしないのですか?」


「あっても平民は巻き込まれないだろう。今のところは怪しい動きも無いし」


レオンは一体? まあいいか。


「魔物というのは動物とは違うのですか?」


「動物が強い感じに進化した生き物だ。自然に一定の数ずつ生まれるらしい」


突然変異ということだろうか?


「どんな生物ですか?」


「一番強いのはドラゴンとか」


ドラゴンなんて物語の中だけの話だと思っていた。思っていたより面白い世界かもしれない。


「魔法はありますか?」


「この国にはない」


「ある国もあるってことですよね?」


「あぁ」


見てみたい! どんなものなんだろう? 昔ながらのほうきに乗った感じだろうか?


「魔物とか魔法には興味あるんだな」


「私のいたところではそんなもの物語の中だけでの話でしたから」


魔物には興味が無いが魔法は興味がある。使えたらとても便利だろう。


「アスカ、二ホンというかチキュウという場所から来たんだよな?」


「はい。知ってるんですか? 日本には主人公が異世界に行く物語がたくさんありました。そんな感じでしょうか?」


「こっちにもあるよ。とても古い物語の中だけだけど」


考えていたことが肯定されてほっとした。違う世界ならあの人達でも私を見つけられない。


「アスカは何者なんだ?」


「そちらこそ何者ですか? レオンさん」


お互いに外用の笑みを浮かべた。異様に丁寧な雰囲気を醸し出す。


「はあー、話してくれれば答える」


「いいですよ。交代で質問して答えていきましょう」


別に知らなくてもいいことなのに興味を持ってしまった。


「名字は?家は?貴族か?」


「どうしてそう思うのですか?」


「服と仕草、話し方」


服は制服だがかなり綺麗な形でリボンとレースまである。そのせいかな?


「名字は樺月(かげつ)です。樺月 明日花(あすか)といいます。家は商家なのです。世界でも大きい商家だったと思います。話し方や仕草はちゃんとするように教えられています。服は学校のものです」


明日花が入学しようとしていたのはお金持ちの家の子達が集まるお嬢様学校とか言われるものだった。


「次、アスカが質問してくれ」


「あなたこそ貴族ですか?」


「そうだと言ったらどうする?」


「納得します。ずっとそうかなと思っていたので」


レオンの態度は端々に育ちの良さが見られる。それで良い家の育ちなことは予想していた。


「思っていてこの接し方か?」


「あなたはうんざりしませんか? 家を見て周りがぺこぺこしたり、気に入られようとする感じが。なにより身分制度の無い社会で育ったので気にしません」


周りは私ではなく家を見ている。家しか見ていない。


「俺はレオン・フライスト。ここ、フライスト王国の第三王子。平民に見えるようにしていたんだが」


「雰囲気とか言葉使い、動きでしょうか?」


いい家の人だろうとは思っていたけどまさか王子様とは。


「どうして狩りなどしていたのですか? そんなことしなくてもいいでしょう」


「うちは本当は貧乏王国なんだ。でも母はもちろんあの父も兄達までそんなことわかってなくて。今はどうにかなってるけど、減る一方だから多少足しになるかなって」


塵も積もれば山となる、という言葉通り年間で考えればかなりの金額になるだろう。


「苦労しているのですね。けれど三羽多くないですか?」


「人数が多いからあれで二日分。でもこのままだと近い将来、国が回らなくなる」


王子様にしては頑張っているとは思うが。


「財政難なのでしょう? やりようは沢山あります! 税を色々変えてみるとか?」


「大臣達が王にバレないように頑張ってくれている」


あれはどうだろうとたくさん思いつく。楽しい。こういうのは規模が大きいほどやりがいがあって面白い。小さな店をするよりよほど面白い。


「レオン。契約しませんか?」


つい呼び捨てしてしまったのは勢いだ。


「?」


「私が王国を立て直しましょう! かわりにあなたからは衣食住をください」


「え?」


レオンの上に沢山の?が浮かんでいるのが見て取れる。


「そのままの意味です。私そういうの得意なんです。使えないと思えば追い出して構いません」


「衣食住だけでいいのか?」


対価としては確かに少ないけれど、この土地のことを学ぶ為と考えれば十分だろう。


「私はこういうことしかできないので、他に道がありません。本当は料理とか掃除さえしたことがないので働くところが無いかもしれないのです。代わりにその間、ここのことを教えてください」


「変わってるな。アスカ」


「あなたも十分変わってますよ」


この選択はどんな道に繋がっているんだろうか? 


「レオン・フライスト様、私を置いて頂けますか?」


素の笑顔を見せて右手を差し出した。楽しくなりそうな予感がした。


「なんか楽しそうだなー。アスカ・カヅキ様、よろしくおねがいいたします」


レオンが明日花の手を掴み、子供同士の指切りのような握手をした。

 

 

 

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