お嬢様の異世界改革記 〜異世界に転移したので貧乏王国を立て直したいと思います〜

浅葱咲愛

第1話 桜の道

桜の舞う4月、

明日花は真新しい制服を着て入学する高校へと続く道を歩いていた。


学校の入り口には紙で作られた花に飾られた入学式の看板があり、その門をくぐる同級生であろう子たちは不安そうだったり嬉しそうだったりとさまざまな表情をしている。


そんな様子の学校を横目に明日花は門を素通りする。


そんな時ふわっと強い風が吹いておろしたままの長い髪が乱れ、桜が散り花びらが舞う。

 

思わず目を瞑り、桜の香りに包まれる。



        

      そして気づけば見知らぬ森の中にいた。


 

 


ここはどこだろうか?


真っ先に頭に浮かんだことがそれだった。人工物にまみれている現代なのに360度見渡しても天然物しか見当たらない。

ついでに人も見当たらない。服は制服、手には鞄。さっきまで歩いていた時、そのままの姿でここにいる。


どういう原理でここにいるのかはさっぱりわからない。

でもまあ、家から離れられたのは確かだろう。


ならここがどこであっても良い。


明日花の当初の目標は達成されたも同然だった。

これから街を探そうか? それとも安全な場所でも探そうか?


とりあえず休めそうな場所を見つけつつ街を探そう。人と遭遇すればそれでよし。もし街が見つからなくても大丈夫だろう。


ちゃんと数日分の食料は持ってきている。問題はどっちの方向に行くべきか? 山で進む方向を間違えれば簡単に遭難する。


こういう時は勘で・・・向こうかな?


何の根拠も無く決めた方向へ進んでいく。

ちゃんとした道もない山道はローファーでは歩きにくい。着替えは持ってきているけれど靴の替えまでは考えが回らなかった。

ついでに荷物が重い。普段の運動不足のせいですぐに疲れる。


歩いても歩いても景色は変わらず、歩いた距離も時間もわからない。確かなのは疲れる程度は歩いたことだけ。


「あっ!」


木の根っこにつまずいて転んでしまった。とっさに付いた手から血が滲んでいる。痛い。

カサ、カサ、ガサ、ガサとリズムのいい落ち葉を踏む足音が聞こえてきた。その音はどんどん近づいてくる。


音の間隔からして人の足音に近い気がする。これはチャンスだ。


「あの!」


何かがキラッと光り、気づけば目の前に鋭い物があった。その先端は私に触れるか触れないかのところで止まっている。


目の前には剣を私に突きつける金髪に碧眼の綺麗な顔の男子が立っていた。外国人?

背も高く大人っぽいけれど歳はあまり変わらなそうに見えた。


「なんだ。人か」


その人はそう呟いて剣を下す。

今の言葉は完璧に日本語だ。顔立ちも少し日本人ぽいからハーフとかかな?

服は昔の西洋と現代を合わせたような、どこか違和感がある感じのもの。


「街の場所を教えて頂けませんか? ここがどこなのかわからなくて」


「迷子か? いえ、向こうへ行けばありますよ」


その人が指を指した方向は明日花が進んでいた方向だった。勘は合っていたらしい。


「名を教えてくださいませんか?」


「明日花と申します」


その人は明らかな作り笑顔で聞いてきたけれど、とりあえず答えておく。

わざわざ苗字までは言わなくてもいいだろう。できるだけこれは隠しておきたい。


「アスカ? 貴族じゃないのか」


なにかぶつぶつ言っているがよく聞こえない。


「女性が一人で、どうしてこんな山奥に?」


なんと答えるべきか? ここにいる理由は自分でもわからないし、目的は会ったばかりの人に話せることではない。


「なぜか気づけば山の中に。あなたは?」


「レオンです。私は狩りに」


狩りとはあの狩りだろうか? さっき明日花に剣を突きつけた危険人物だ。

早く離れた方がいいかもしれないと立ち上がると足首が痛みよろめいた。


「大丈夫か?」


「これくらい大丈夫ですよ。道を教えていただきありがとうございました」


転んだ時に捻ったのだろう。少し痛むが街までくらい歩ける。


「なら少し歩いてみろ」


突然レオンの口調が変わった。こっちが素なのだろうか?


早く離れたくて、本当は痛いけれどなんとも無いようにして歩いてみせた。


「どうですか?」


「やっぱり街までその足で行くのはやめた方がいい」


「行けます」


危険人物と一緒にいる方がよほど危険だ。レオンはしっかり銃刀法違反をしている。


「魔物に遭ったらどうする。逃げきれない。ここは危険な森だ」


熊なんかと遭遇してしまえばなにもできないだろう。けれどそれはこの人が居たところで変わらない。けれどレオンは魔物と言った。動物ではなく?


「魔物も知らないのか? どこから来た? この国の者ではないのか?」


「もちろん日本人ですよ」


中国人や韓国人と間違えられたことなど一度もない。ここは日本で、この顔なのだから日本人に決まっているのに変な質問をする人だ。


「二ホン? それはどこだ?」


「Japanですよ」


英語で言ったところで意味は変わらないため伝わるはずもない。


「ここがどこか知っているのか?」


「えっ? どこの県かということですか?」


住んでた場所の近くにこんな感じの山はなかった。学校から一番近い大きな山はどこだっただろう?


「何を言っている? ここはフライスト王国だ。知らないのか?」


「フライスト?」


そんな国、聞き覚えがない。ヨーロッパっぽい音な気がするけれど心当たりがない。


「どこですか? それは」


「この国だ」


「私はそんなフライスト王国なんて知りません」


「こっちだって二ホンなんて知らない!」


レオンは日本を知らなくて明日花はフライスト王国を知らない。


原因はどうであれとても離れたところに来たのではないだろうか? 漫画なんかでよくある異世界かもしれないし、現代ではすでに滅んだ国かもしれない。

どっちにしろあの人たちに見つかる心配は無いだろう。


ならば明日花にはここがどこであっても良かった。


「レオンさん、この国の事教えていただけませんか?! どんな国なのかちゃんと知っていなければやっていけませんから!」


明日花の最初の問題であり最難関の事項はクリアした。あとは自由を謳歌するだけ。


「・・いいけど、色々しないといけないことがあって。その後でいいか?」


「はい!」 


まずはいい土地を見つける。いや、その前に国のことを知るのが先だろうか?

頭の中に次々と構想が浮かんできて、つい頬が緩む。


「アスカ、顔が・・。独り言を呟きつつ、にやけるのはやめてほしい」


「ついすみません。しないといけないことがあるのですよね! 早く終わらせましょう!」


知らないことは山ほどある。

レオンは危険人物かもしれないが親切な人ではありそうだと明日花は思えた。



 



   ・     ・    ・




屋敷のそばに広がる、野花に囲まれた庭で赤い大きなドラゴンがくつろいでいた。

その傍らにはこの世界では珍しい黒髪の少女がいる。


「ねえ、ピキ。おはなしのつづき、聞かせて?」


「いつの話がいいのだ?」


「えっとー」


少女がかわいらしく首をかしげるのを見てドラゴンは目を細めた。


長い時を生きるドラゴンは自由な生き物で本来人間と共に過ごすなど無いに等しい。


「ーー、ピキにあんまり迷惑をかけるんじゃないよ」


やってきた男性が少女に声をかけた。

それを聞いた少女はむうっと頬を膨らませる。


「お父様だってピキにおはなしをきいていたのでしょう? わたしもききたいの!」


「我の話を聞かなくても本を読めばわかるのだ」


「ピキのはなしがいいの。いちばんおもしろいもの」


少女はドラゴンにすり寄る。ドラゴンは少女にはとても弱かった。


「なら今日はーーーー」


そうして今日も過去の物語を話し、ドラゴンは少女と未来へ進んでいった。


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