プロローグ 流星、来たる


 あるのどかな木曜日、某県の満凪みなぎ町に四つ流星が降った。

 翌日、すぐさま全国ニュースに流された。流星が四つ、同市内に落下。

 一つは桜の木に直撃して青々と茂っていた木を薙ぎ倒し炎上せしめた。

 一つは変電所に直撃し、広域で停電の被害を起こした。

 あとの二つは山と川に落下し、幸運にも発火することはなかった。


〜〜〜〜〜



 四つの流星の話題について知るものは今や数多くいるが、その流星が当初は「ひとつ」であったことを知るものは少ない。さらに、ひとつだった流星が、いきなり空中でされたのを目撃したのはたった一人だった。


 彼女の名は赤城あかぎエレナ。近辺の高校に通うJKである。彼女はいつものごとく(高校では許されていない)バイトを終え、遅めの晩御飯をコンビニで調達し、家路を辿るところだった。彼女の帰り道には、彼女がかつて通った中学校があり、桜の木が3本、青々と茂っていた。

 エレナには、通勤路でもあり通学路である道に「なっつかし」などと思いを馳せるような情緒はない。しかし彼女はなんとなく、今日に限って、3本ある桜のうち、真ん中の樹の下で告白を受けたことを思い出した。中学校の卒業式のことだった。

 あの男子生徒、なんて名前だったかな、などと考える程度の印象しかなかったけれど。


『赤城さんの目は空の色だ』


 いやそんなポエミーな告白されてもなぁ。と、今でも思う。何回か異性に告白されたことはあったけど、「第二ボタン受け取ってください」なんて告白は初めてだった。

 エレナは今の空を見上げてみた。彼女の青い瞳に、星空が映り込む。……エレナは白人のルーツを持つ帰国子女なのだが、それを差し引いても美しい女だった。

 生まれついたままの髪は染めることなくブロンド。碧眼に白い肌。日本に帰国したのは小学一年生の頃だったのだが、まだらに不自由な日本語のためか、違いすぎる容姿のためか、変に浮いて、困ったし──浮いたなら浮いたでいいか、と割り切るようになるまで結構かかった。


「あ。流れ星」


 肉眼でもはっきり見える大きな光の粒が、ゆっくりと下へ下へと落ちていく。エレナの目は流星を追いかけた。


「あー、願い事、願い事唱えなくっちゃ。ええと」

 ──お金に困らない生活がしたいです。

 真っ先に思いついた願い事を口にする前に、エレナの目前で流星がパァンと四つに分解された。

 そう、正しく「分解」だった。崩壊でもなければ爆発でもない。綺麗に切り分けられた印象だった。そのうちの一つがこちらへ向かってきていることに、エレナはすぐには気づかなかった。

「今の何……?」

 瞬きを繰り返している間に、轟音が近づいてくる。光が近づいてくる。

「ちょっ……」

 ようやくエレナにも、自分の置かれた危機的状況が理解できた。

「やばいやばいやばいって」

 スマホを取り出そうとして取り落とす。スマホを拾っている場合じゃないのに、落としたスマホに走り寄る。スマホ、スマホだけは!そんな意識が働いて──。


「あ」


バァアアアアアアアアン!!!!


 カッと視界が燃える。強烈な爆発音と爆風に吹き飛ばされて、エレナはしたたかに体を地面に打ちつけた。コンビニ弁当が、道路の端まで吹っ飛ばされて無残な姿を晒していた。


 炎上する桜の樹。そこから立ち上がるちいさな少女の影──それが、赤城エレナが失神する前に見た光景だった。

 だから、炎の中から現れた少女が放った言葉を、エレナが聞くことはなかった。



──ここが、地球か。と。

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