超宇宙戦隊はに・ばに!──えっ!?俺がバニーボーイに!?

紫陽_凛

前日譚 滅びゆく惑星


 エマージェンシーコールが鳴り響く中を、黒衣のバニーガールが駆け抜けていく。

「プリンセス・ララ!!姫さま!」

 惑星RB82──ラビ星人の住まう星は、捕食者肉食獣から総攻撃を受けていた。多数のバニー戦士たちが戦い、斃れ、王宮内には累々とその遺体が転がっていた。血生臭い風景の中、彼女は彼らの遺体を避けつつ、目を伏せ、それでも走り続けた。

 王座へと続く扉を勢いよく開けると、あちこちを負傷した少女が手当を受けているところだった。

「クロ様……」

 女はぐっと、言葉を飲み込んだ。自らも戦線に立つ姫君。プリンセス・ララ。彼女の玉のように白い肌についたあざや傷のことではなく。

 彼女に、この後現れるであろう、捕食者たちの第二軍に、ここにいる生存者だけでは耐えられないだろうという事実を、伝えるか伝えないか迷い──女は胸元にある希望のために、姫に嘘をついた。


「ここはもう危険です。姫さまには安全な場所に避難して頂かなければなりません。……そうでしょう。ハニー」


 視線を向けられたのは。長い黒髪の白衣の男だ。ラビ王国の化学の髄を注いだ人工知能である。

 いつでもかしこく間違わないハニーが、その時ばかりは黙った。黙って女の胸元を見つめ、そこに何があるかを見極めると、姫君に向き直り、穏やかに微笑みかけた。


「ええ、クローディアどのの言う通りです。我々は、希望のために逃げねばならない」

「わらわは逃げぬ!」

 姫がピンク色の髪を揺らして叫んだ。

「バニー戦士たちは逃げなかった!ならばわらわも逃げぬ!クロ様も逃げぬのであろ!?ならばわらわも戦う」

 クローディアはそっと目配せをした。

「ハニー、お願い」

「御意に」

 黒髪の男は姫を抱え上げた。そしてそのまま、脱出用小型船のあるポットまで走っていく。

「ハニー!ハニー!はなせ!いう事を聞け!わらわのいう事を聞けぬのか!」

 クローディアはそのあとを追いかけた。

 徐々射出ポットが近づくと、足場は軽いカーボンへ変わっていく。この辺りはまだ無傷と呼べた。ひとつだけ付けてある宇宙船のそこへ、ハニーは姫を押し込むと、その運転席に腰掛けた。有事の際に姫だけを逃すための、避難船だ。

 出力も馬力もある。何よりハニーがいる。援軍の待つ「月」までは、確実に行けるだろう。

「クローディア様は」

 ハニーが尋ねた。言外に、「あなたは乗れない」という響きがこもっていた。船は小さい。クローディアを載せれば減速してしまう──。


「残るわ。この城を最後までお守りするのがバニー戦士の役目」

「クロ様!」

 クローディアは狭い船内に体の半分を差し入れた。

「姫さま。私たちの希望、あなたにこれを」

 胸元から取り出した宝珠は四色。赤、緑、紫、青。

「これは……」

「私が看取ることができた同胞の、バニーコアです。いずれ生まれてくる次の戦士のために。あなたがお持ちください」

 そして次にクローディアは、自分の襟から黒い宝石を引きちぎった。

「クロ様……!」

「そしてこれは私のものです。5名ぶん。たしかにお預けしましたよ」

「バニーコアなしにどうやって戦うというのじゃ!」

 五つ目の漆黒の宝石を両掌におしいただいた姫君は、涙声で言った。

「私には権能があります。それで立ち所に奴らを殺して見せましょう」

 姫は全てを察したように泣き始めた。

「嫌じゃ!クロ様を見捨てていくなど嫌じゃ!おろせ!ハニー!命令じゃ!降ろせ!」

「クローディアどの、その」

ハニーがそっと目元を覆った。クローディアはハニーに礼を言った

「ありがとう、ハニー」

 泣きだした姫君の頬を撫でる。静かに涙を拭って差し上げる。そしてその小さな唇に、そっと顔を寄せた。

 きょとん、とした少女の瞳に静かに涙が溢れるのを、クローディアは美しいと思った。


「ララ姫様。あなたが美しいレイディになるのを見たかった」


そしてクローディアは身を翻し、自分の涙をさっと拭って、脱出艇の扉をその怪力でもって固く閉じた。防音の壁を通り抜ける叫び声が、クローディアの心を裂いた。


「クローディア!クローディア!」


 エマージェンシーコールが近くなっていく。異形の群勢の足音が響き渡っていた。同胞は皆死に、戦えるのはこの身ひとつ。

「ハニー!早く!」

「もう少し……もう少しなのです」


 その時だ。捕食者の連合軍が土足で入り込んできた。ラビ国の王女を逃すまいと、小さな船に取りつこうとする。クローディアは鬨の声をあげた。

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 取り付いた狼を投げ、キツネを放り捨て、蹴飛ばし。

「早く!早くハニー!今のうちに!」

「エンジン出力100%。飛びます」

「吹き飛ばせぇ!」

 クローディアは熊の首を絞めながら絶叫した。

 小舟は何人かの敵を張り付かせたまま、猛スピードで発射された。敵は吹っ飛び、宇宙に投げ出されていった。


 その小舟へ銃を向けようとするキツネがいるのを見、クローディアは走ってその銃身を掴み、ぐにゃりと曲げた。銃に気を取られている間、背中がガラ空きになっていたことにクローディアは気づかなかった。

 無防備な背を切られる。そしてクローディアは、地面に倒れ伏した。血が流れて、力が失われているとわかった。

 姫には見えなければいい。そうすればあの方の中で生きていける。ずっと長く生きていけるから……。


「お慕いしておりました……プリンセス」

彼女の最期の言葉は、斧の一閃に遮られることとなる。


 こうしてラビ王国は滅びを迎えた……が。

 クローディアの残した希望は一筋の光となって、青い惑星に向かっていく。





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