第一章 亡国の姫と新たな戦士たち
第一話 覚醒!バニー戦士
1:黒井千景
「ヤバ……」
用もないのに写真を撮りにきたらしいOB・OGや、現役らしい学生などで細い路地はごった返している。周りから聞こえてくるさざなみのような言葉が、ぐわんぐわんと千景の耳を圧迫してくる。
「でも怪我人が出なくてよかったよね」
「近くに人居なかったらしいよ」
「不幸中の幸いってやつだ。そばにいたらひとたまりもないよこんなの」
「そいや、停電長かったよね。超困ったわ……」
千景は寄せていたママチャリにまたがって、立ち漕ぎの勢いでグンとペダルを踏み込んだ。高校は後からでも行ける。今すぐ行かなければならない場所があった。
千景は市立病院までの道を、道路交通法が許してくれそうな範囲で駆け抜けた。
満凪市立病院の一室に、彼はいる。
「
看護師に止められる直前で病室にたどり着くと、蒼──彼は穏やかに笑っていた。
追いかけてきた看護師が「黒井くん、走らないで」と手短に告げて居なくなる。千景はとっくにこの病室の常連なのである。
「おま、おまえ、ぶじか、」
千景がダッシュで来たのを隠さず、ゼエゼエと苦しい息をすれば、
「ご覧のとおり」
蒼は男の千景から見てもハンサムな顔で、可笑しそうに笑った。すっと通った鼻筋も、母さん譲りの綺麗な目も、伸びっぱなしで括っている黒髪も──いつもの蒼だ。
「停電長かったもんね、心配したんでしょ。大丈夫。そのために病院には予備電源があるから」
心の中をそのまま言い当てられて、千景は頭を掻いた。
「心配しちゃぁ、悪いかよ」
電気が来なくなれば。そしてその時間が長くなれば──千景はそれが恐ろしくてたまらない。だから一限を捨ててまで蒼の顔を見に来た。
「学校はサボり?」
「2限から行く」
「中途半端に悪い奴だ」
「中途半端で悪いか」
千景は蒼のベッドに腰掛けて、力の入り切った体を一気に脱力させた。
「ぶっちゃけさあ。……ここにいるのが一番落ち着くんだよ。高校なんか正直行きたくないわけ」
黒井千景と
蒼が心臓を患うまでは。
「それってダメじゃん。千景は千景で社会に溶け込む努力をしなくっちゃ」
蒼が千景の鼻をつつく。千景はそれを五月蝿そうに払って、蒼の顔を見上げた。
「
蒼はため息をついた。
「スライムが最弱かどうかはおいておいて。学校には馴染んだほうがいいよ。多少のおべっかを使ってでも」
「そんなことしねえよ女子じゃないんだから」
「気難しいな、千景は」
千景はクラスの権力者たちの顔を思い出した。パシリをやれば多少は扱いも柔らかくなるだろうが、金を捧げてまでそうしたいかと言われたら無理だ。焼きそばパンくらい可愛かったなら奢ってやれるが、タバコは無理だし、酒なんかもっと無理に決まっている。
あいつらが要求するのは、リスクが伴う上に千景に恥をかかせるようなものから、警察沙汰になりそうなものまで多岐にわたる。
とにかく自分の手は汚さない。それがあいつらだ。
「サンドバッグぐらいがちょうどいい」
自棄ぎみに言い放った言葉に、蒼が顔を曇らせた。
「……僕は千景が心配だ」
「俺はお前が心配だよ」
早くから社会に切り離されてしまった蒼。酸いも甘いも、苦いも知る前に。だからそんなことが言えるのだ。ここは蒼のための楽園だ。誰も彼を脅かさない。千景はそれに安心すると同時に、懸念も覚える。蒼はこの楽園を出た先で、生きていけるんだろうか……?
「蒼」
「なに千景」
千景は蒼の目を見つめた。
「お前のことは俺が守ってやるからな」
「ちょっと気持ち悪いよ」
即答を受けて、千景はにっと笑った。
「だよな」
ベッドから立ち上がり、そろそろ行くよ、と手を振る。蒼は手を伸ばして、千景の手にそっとそれを重ね合わせた。
「また来て。待ってるから」
「明日にでも」
「そんなに頻繁じゃなくていいから!」
千景はにっと笑った。蒼を安心させるために。自分を元気付けるために。
「行ってくるよ、蒼」
「いってらっしゃい、千景」
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