偏重

#4 いいわけ

取るもの手につかず。きっとそれは、恋が始まったとき。終わった今、取るものを闇雲に探している。バイトのシフトはこれ以上、空いてない。

新しい子が入るから、マニュアル教えといてね。雇われ店長はマニュアル通りに依頼を寄越す。まもなく差し出される、ペットボトルの濃いめのカルピス。これがなかったら、長続きしなかったな。分かりやすく、優しい。

鈍感な方でも、思い込みが激し過ぎるなんてことも、ない。

引っ込み思案で無口、口下手。なんてことも、ない。

思うように、伝わらない。

店長。私の話、分かりづらいですか？

タバコのカートンを落としかけて、妙な顔つき。何してんですかって、私のせいか。ごめんなさい。

遠回しに言ってるわけじゃないのに、ちゃんと伝わってないんですよね。

棚の中の備品を眺めて、レジ横に割り箸とおしぼりを補充する。唸り声だけで返答がない。唐突すぎたか。

受取り手の理解力の問題もあるんじゃない。勘が鈍いとか、知らない言葉が多いとか、意外とあると思うよ。

新人教育と勘違いされたか。まぁ、いいや。大差ない。そうですか、ありがとうございます。まだ、何か言いたげ。大袈裟に時計を見る。賞味期限確認してきます。その場を離れた。

好きって言われた分だけ、好きって返して。やりたいことや行きたい場所はいつでも伝えた。

好きなものも、嫌いなものも。全部伝えたはずなのに。いつの間にか、心の奥底に、ゴミとか、ヘドロが溜まってた。重くて、苦しいのに。吐き出せない。

前にあったんだけどね。うちの店では賞味期限三時間前から三割引シールを貼ることになってるでしょ？

じゃぁ、気付いたのが二時間前だったら？君が入ってくる前に辞めちゃった子なんだけど、シールを貼らないって理解してた。きっかり三時間前じゃないとダメだと思ってたって。

こんな簡単そうなことも、人それぞれの理解があるんだから、仕方がないよ。少しずつ、教えていけば。

曲解できるほど、頭は冴えていなかった。そうですね、ありがとうございます。参考になりました。マニュアル通りの解答で、よかったらしい。満足げに微笑んでいた。

バイト上がりにスマホを見る。半年も続いた習慣は簡単には変えられない。メッセージアプリを開く。未読を確認。してしまったって、思った時には既読になってて。慌てて見返す。意味不明。

あっては

誤送信なら取り消せばいいのに。意味のないメッセージに、心の奥に溜まった言葉が怒涛のように溢れ出しそうになる。違う。そんなこと思ってない。掻き消して、深呼吸。スマホをバックパックに閉じ込めた。

無意識に、歩速が速まる。メンタルの衝動は、フィジカルへの加圧では、消せなかった。足りないんだ。走った。

家に着いて、案の定。へたり込んだ。運動不足。ようやく、何も考えられなくなっていた。

まだ、どこかにいる。蠢くヘドロは消えない。

バイト先でもらった賞味期限切れの弁当は、思ったよりも崩れてなくて。嬉しさや安堵の変わりに、とばっちりの苛立ちを覚えた。

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もうその手には引っかからない。なんて、騙された訳でもないのに。勝手な被害妄想。朝起きて、カーテンを開ける。晴れなくていい日ほど、晴れている。

メッセージアプリに、1件の未読。リストだけ見て、開封しなかった。消しもしない。耐えるんだ。何と戦ってるんだろう。

時間もないのに、クロワッサンでサンドイッチを作って、インスタに上げた。結構映えたのに。前より、嬉しくなかった。前っていつ？

自問して、苛立つ。サンドイッチにかぶりついて、飲み込んで。家を出た。

朝から何人かに聞かれた。何で別れたのって、社交辞令なんだろうか。今も、ざわつくカフェテリアの端っこで。目の前に座る自称友達が、親身っぽく話しかけてくる。結構イケてたし、優しそうだったじゃん。実はヤバい趣味があるとかそっち系？ってどっちだよ。

結構イケてる優しい人。山ほど知ってる。

なのに。

なんでアイツを選んで、苦しんで。別れようって、切り出して。

張り付いた笑顔で、相槌。何の話だっけ。1番安いかけ蕎麦は、伸び切っていた。