第2話 大学一年 春
2 春
地元の桜は四月中旬が見ごろだったけれど、ここの桜は四月頭にはもう散りかけている。桜舞う卒業式という言葉を実感できたのはちょっと良かったのかもしれない。気の抜けたようなシャツとジーパンを身に着け、教科書の入った鞄を持って家を出た。
秋も終わり、冬が来て、入試があった。泣けばいいのか笑えばいいのかわからない事故があって、私は地元の大学に進学することができず、何故だか県外の、しかも狙っていたところよりほんの少し上の大学に進学していた。想定外の一人暮らしに戸惑うものの、嬉しいこともある。彼の進学先と、離れてはいるものの、同じ県だったのだ。卒業式も終わり、終業式までの学校に顔を出す間、何人かで進路について話していた時にわかった。
「大学でもよろしく」
そういった彼の笑顔に感じたものが、喜びだったのか、それとも絶望だったのか、未だにわからない。
「高橋はもうサークル決めた?」
「まだ。運動系はやめとくつもり」
入学して二週間、まだ勧誘は止まない。こうやって新しい人間関係ができていくのだろうか。友人未満の知人は増えた。きっと彼にも。私の中の彼はまだ大きい、彼はどうだろう。通知も何も来ていないのに、ふとスマートフォンを手に取ってしまう。
「よくスマホ見てるけど、彼女?」
「違う違う。何となく見ちゃうだけ」
「ふーん?さては片思いか」
「さあね」
片思いなのだろうか。距離が離れることで何か変わるかと思ったけれど、相変わらず彼への思いがなんなのかはわからない。この「好き」は、恋なのだろうか。恋と呼んでいいのだろうか。
「ところで佐伯、用事もないときの連絡ってどうすればいいか知ってる?」
「女の子?」
「ううん、高校の友達。たまたま同じ県に住んでるんだ」
「へえ。まあ飯食いに行かないとかじゃない?」
「そっか。ありがと」
黄緑色した吹き出しのアイコンをタップして、そこで手が止まる。彼と私は、そんなに気やすい関係だったろうか。彼にとって私は、とうに過去になっていないだろうか。
「あれ、誘わないの?」
「んー、もうちょっと落ち着いてからでもいいかな」
せめて、報告する話題の一つもなければ動けそうにない。でも、どんな話題なら話しかけてもいいのだろう。友人への正しい声のかけ方なんて、習っていない。教わっていない。わからない。
日々、彼への思いは質量を増していく。果実のように熟しているのだろうか、それとも、醜く腐れているのだろうか。もぎ取って、食べてしまえたらいいのに。
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