第6話 まさかの聖女ハズレ疑惑

 翌日、俺は王城の騎士団長室で、フカフカのソファーに座っていた。

 目の前には、すべての騎士を統括する騎士団長が機嫌よさそうに微笑んでいる。

 ちなみに一対一で、他には誰もいない。

 なんとなく胡散臭く感じるのは、気のせいか?

 別に騎士団長の容姿がおちゃらけているとかそういうことじゃないんだが。


 騎士団長は、御年二十八歳。侯爵家嫡男で、功績をあげた者しかもらえない騎士爵も持っているという傑物だ。しかも金髪碧眼の美丈夫で、大層おモテになるのだとか。

 ――――ケッ。

 俺が心の中で悪態をついたって、余裕で許されるレベルのイケメンだった。

 まあ、美しさではナディルに及ばないと思うのだが。

「まずは、ナディルの優勝を寿ごうか。実に見事な勝ちっぷりだったね。……おめでとう『森 悠也』くん」

 かなり日本語に近い発音で、騎士団長は俺の名前を呼んだ。

 そういえば、この人は聖女の警護担当だった。俺の名前については、彼女に聞いたのかもしれない。


 ……あの女子高生が俺を覚えているのならばだが。


「ありがとうございます。しかし、その賞賛はどうぞナディルに言ってやってください。勝ったのは彼ですから」

 国王主催の騎士団トーナメント戦で見事優勝を成し遂げたナディル。十七歳の新鋭が並み居る騎士隊長クラスを打ち破っての優勝は、実に十年ぶりの新記録達成だったそうだ。

 ちなみに十年前の記録は、目の前の騎士団長が十八歳で立てている。

 別に、ざまぁみやがれとか思ってないぞ。……ちょっぴりしか。

「それもこれも君の指導のおかげだろう? つい一年前まで騎士見習いで周囲にいじめられていた少年が、君と出会ったとたん鮮やかな成長を遂げたのだ。一目瞭然だと思うがね」

 ……いじめがあったのは、騎士団長も知っていたのか。

 俺の気分が、急速に冷えていく。

「誤解してほしくないのだが、一年前の私は副団長で、しかも召喚された聖女さまの専属護衛として騎士団を離れていた。ナディルのことを知ったのも、半年ほど前だ。副団長の職にあったのだからまったく責任がなかったなどとは言わないが、事情をくんでもらえると嬉しいな」

 騎士団長は、苦笑しながら言い訳してきた。

 大人の事情なんて知ったこっちゃない。

 とはいえ、俺は騎士団でトレーナーとして採用してもらえることを希望する求職者だ。

 だとすれば、ここで頑なに意地を張ってもいられない。

「……それは、災難でしたね」

 騎士団長は、プッと吹き出した。

「ハハハ。たしかにそうだな。恐れ多くも聖女さまのお側に侍る任務を『災難』と評していいかどうかはわからないが……間違いなく私にとっては災難だったよ」

 その後しばらく笑い続ける。意外に笑いの沸点は低いらしい。

「……フフ。悠也、君は聖女さまの噂を知っているのかい?」

 額に手を当てた騎士団長は、その手の下から俺の顔を覗いてくる。

 いきなり呼び捨てとか、やめてほしい。


 ――――しかし、なんでここで聖女の噂だ?

 そんなもの聞いたこともなかった俺は、首を左右に振って否定する。

「いいえ」

「そうか。……箝口令が少しは効いているのだと安心していいのかな? ……実は、今代の聖女は『ハズレ』ではないのかと、王宮の深部では噂されていてね」

「ハズレ?」

 俺は首を傾げた。聖女にアタリとかハズレとかあるのか?

 騎士団長は、話の内容にしては軽い感じで頷いた。

「ああ、そうだ。聖女召喚から一年。この世界に降臨し祈りを捧げてくださるだけで、世界を安寧に導くと言われる聖女だが、今回はその効果があまり顕著でなくてね。……もちろんまったくないわけではないよ。自然災害は減っているし、魔獣の被害も聖女の召喚前に比べれば少なくなっている。ただどれも目に見えるハッキリとした効果とは言い難いんだ。聖女の御業みわざと賞賛するには地味なんだよ」

「……はあ」

 俺は、曖昧に呟いた。あまり共感できないからだ。

 自然災害や魔獣の被害が祈るだけで減るのは、間違いなくスゴいことなんじゃないか? いったいこの世界の連中は、どんな聖女効果をあの女子高生に期待しているのだろう。

 俺の疑問は、続く彼の言葉でわかった。

「何より今代の聖女は、の魔法を使えないからね。特に祝福の方は、聖女が相手に好意を抱くだけで、自動で発動するはずなのに、誰が見ても好きだとわかる相手にさえ効果は現れない」

 その相手とは、召喚の際彼女につきまとっていた凜々しい王子さまのことか?

 それとも、目の前のイケメン騎士団長?

 ジトッと見つめれば「私ではないよ」と騎士団長は言って苦笑した。

 どうやらこいつは読心術もできるらしい。

「祝福の魔法の効果なんて、そんなに簡単にわかるものなのですか?」

 祝福とは幸福を祝うこと。幸福の定義は人それぞれだ。そんな曖昧な魔法がかかっているかどうかなんて、どうやって判断するんだ?

 騎士団長は、ニヤリと笑った。

「ああ。聖女の祝福は一目瞭然さ。――――たとえば、誰よりも弱かった見習い騎士が、たった一年でトーナメントで優勝できるようになったとしたら、誰でもその騎士は祝福されていると思うだろう?」



 ……俺の背中に、ゾクリと寒気が走った。

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