第11話:確認

「準備はいいか」


「はい、いつでも大丈夫です」


 あの後。三十分ほどの間、未来は魔力の浸透と、それによって生じる身体能力の変化を確認し、何とか自分の意志通りに体を動かせるようになっていた。運動着を借りて、これからカイルと模擬戦形式で訓練を行うところだ。ちなみにその間レイはカイルにアドバイスを求めていた。詳細は分からないが何かしらの改善につながったらしく、レイも何かを練習している。


「普通は慣れるのに数時間から数日は掛かる。無理はするなよ」


「大丈夫です。――体を使うことに関しては、慣れてるので」


 できなければ、命を落とす環境だった。それに比べたら、容易い。


「そういや渡し忘れてたな」


 カイルは背負った鞄から、短剣を二本取り出した。


「これは……?」


「一つは魔力で切れ味を上げる短剣、もう一つは魔力で刃を生み出せる短剣。どちらも魔道具だ。色々試してみると良い。魔力を通せば勝手に発動する」


「ありがとうございます。やってみます」


「ここは訓練所で、仮に殺すような攻撃でも、相手は死なない。ダメージを受けはするが、肉体には影響はない。そういう結界が張られている。だから存分にやっていいぞ」


「――了解です」


 未来は、両手に一本ずつ短剣を構えた。


「よし、どこからでも掛かってこい」


◆◇◆◇◆◇


 レイは、二人の模擬戦を離れたところから眺めていた。正直、未来がそれなりに戦えることは知っていたものの、カイルとは経験が違うし体格も違う。勝負というより一方的な指導になるだろうと予想をしていた。だが、その予想は外れた。


 未来は驚異的な身体能力でカイルを翻弄している。移動速度、跳躍力、攻撃の威力すべてが規格外だ。普段はぼんやりして見えるがまるで別人のようだった。


「これが……殺し屋としての顔ってことなのかしら」


 だが、一方的にカイルが負けているかというとそんなことはない。派手さはないが的確に攻撃をさばき、確実に反撃している。未来は速度に優れるが、肉体の性能に翻弄されているようで無駄な動きも目立つ。そこを正確に突いているのだ。経験の差なのだろう。


「なかなかいい動きだが、荒っぽいな。そんなやり方だとすぐ息切れするぞ」


「今、微調整中なので、もう少し……です」


 大きく後方に跳躍し、距離を取る未来。


「カイルさん、強いですね。全部急所は躱されてる。これじゃあ殺せません。ならもう一歩――踏み込まないと」


 瞬間、未来の姿がレイの視界から消えた。


「何っ!?」


 一瞬ののち、カイルの後方から頸部に短刀が繰り出された。カイルは何とか剣で受けるが、また未来の姿が掻き消える。――いや、消えたのではない。そう思えるくらいの速さで移動しているのだ。


「縮地、というそうです。初手から最高速を出すための移動法。これに魔力で強化した肉体を加えると――文字通り、目にも映らない速度が出せます」


 暗殺のために習得した技法なのだろう。未来の姿はまともにはとらえられないが、言葉だけが空間に響く。


「想像以上だ。これなら十分戦力になるだろう――よっ!」

 

 やはり間一髪で未来の攻撃を受けて剣で弾くカイル。これだけの猛攻に晒されながら、一度もまともに攻撃を受けていない。


「なら、時間差で」


 未来は切れ味強化の短剣をカイルに向けて投じた。カイルは剣で叩き落とすが――直後、カイルの背後からもう一本の短剣で首を狙う。さすがに間に合わないタイミングだが――。


「マリー、頼む」


 カイルの言葉よりも早く、未来とカイルの間に一人の女性が割って入った。未来の短剣を素手で受け止める。


「ええっ!?」


 突然の出来事に素の声が漏れる未来。よく見るとその女性は青みがかっていて、どことなく透けているように見えた。藍色の長い髪に青い瞳。踊り子のような衣装をまとっている。


 そのまま女性は未来の首元に自身の手を触れさせ、にっこりと笑う。


「この程度で動きを止めてしまっては、ダメよ」


 たしなめるように言う女性。


「いや、危なかった。マリー、助かった」


 空気が弛緩する。ひとまず模擬戦は終了のようだ。


「……この人誰かしらおっさん」


 レイは自身の目つきが険しくなっていることを感じた。


「お前なんか変な誤解しているだろう。こいつはマリー。俺の契約精霊だ」


「……精霊?」


「初めましてレイ。そしてミク。私はマリー。種族はマリッド。水の中級精霊よ」


「こ、これも魔術なんですか!?」


「ああ、そうだ。精霊魔術という、精霊に魔力を渡す代わりに攻撃をしてもらったり、こうやって出てきてもらったりする契約の魔術だな。人間の魔術師はよく使われてる」


「えー、いいですね! 教えてください!」


「これは結構手間と時間がかかるんだよ。また今度な。……さて、魔術の指導と訓練は終わりだ。着替えて食事をとって、作戦会議に移るぞ」


「はい!」


「そうね。色々気にはなるけど、時間もないし、了解」



◆◇◆◇◆◇


「精霊って、何を食べるんですか」


「魔力」


 未来とレイは冒険者協会の食堂で、マリーと軽食を取っていた。カイルは途中で呼び止められて何やら話しているので、二人はデザートを食べつつマリーを質問攻めにしている。


「マリーさんって普段どこにいるんです?」


「精霊界ね。世界の裏側というか、こことはちょっと違う空間。ただ私みたいに人の姿を取れる精霊は割とその辺にいたりするわ。実際たまに受付業務とか手伝ってるし」


「……多少透けてるけど、本当に人間じゃないの? 魔力量がとんでもなく多いのは見て取れるけれど……」


「中級精霊だとこんなものよ。低級だとある程度成熟しないと人の姿は取れないし、上級になるともはやそういう枠には収まらないけど。まぁこの辺は、講義とか受けたらいいと思うわ。冒険者協会で定期的に開催しているから」


「そんなのあるんですね。学校みたい」


「冒険者育成の観点からやってるのよね。当然受講料は掛かるけど、貴重な知識を教えてもらえるから便利よ」


「そもそも私達冒険者になっていないんですけど、なったほうが色々便利そうですね」


「色々補助もあるしね。試験を受けて合格すればなれるから、落ち着いたら資格取得を進めるわ。身分証にもなるからあなた達には有用だと思う」


「レイさん、取りましょう!」


「確かに、今後生きていくためには必要そうね。母を救出したら検討しましょう」


「悪いな、ちょっと色々案件がたまってて」


 カイルが席に戻ってくる。


「この後は作戦会議だったかしら」


「ああ。何せこのメンバーとストリアだけだからな。能力的には申し分ないが、いかんせん数が少ない。現場の様子、戦力分析、役割分担きちんと確認する必要がある。……そして、場合によっては中止も進言するぞ」


 カイルは食事をとりながら真面目な顔で言った。当然だ。勝ち目のない戦いに挑むのはただの無謀である。


「ええ。わかっているわ。とりあえず、わかる限りで情報をまとめておいたから、あとで伝える」


「わかってるならいい。そして、俺も諦めるつもりはないが、無謀な特攻をさせることは避けたいからな、率直な意見を伝えさせてもらう。マリーも手伝ってくれるから多少は楽なはずだ」


「レイのお母さん、カイルの元恋人なんでしょ。会うのが楽しみ」


 にこにこと笑うマリー。凍り付くカイル。彼女はカイルに対してどういう感情を抱いているのだろう。そもそも精神性は人間と同じような感じなのだろうか、興味は尽きない。


「と、とりあえず、向かうか、会議室」


 カイルが慌てて食事を終えて片づけ始める。


「……修羅場の予感がしません?」


「精霊と人間の関係って、どうなのかしらね」


 二人はニコニコとカイルの後姿を見守るマリーを見ながら呟いた。





 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る