第10話:訓練
怒涛の一日を超え、大きなベッドでたっぷりと睡眠をとった未来とレイは、メルトの町を散策していた。もちろん、汚れた服は洗濯してもらい、動きやすそうな普段着を借りている。ちなみにレイはお小遣いと称してカイルに結構な額もらっていた。
「娘にお小遣いくらいくれるわよねそのくらいの甲斐性はあるわよねいいから財布ごとよこしなさい」
カイルの諦めたような表情が忘れられない。
朝のメルトの町は活気にあふれていた。さすがに朝市は終わっているようだが、港町だけあってたくさんの魚介類が露店で売られている。それ以外にも多種多様な野菜、果物、雑貨、装飾品が並ぶ。
「楽しいですね!」
「ええ、そうね」
未来にとっても、そしておそらくレイにとってもこんな町での買い物は初めてだ。カイルには申し訳ないがお金のことは気にせず楽しませてもらおう。
露店で売られていた様々な食べ物を買い込み、二人は町の南にある浜辺に来ていた。白く美しい砂浜だ。季節的には春ごろらしく、さすがに泳いでいるような人はいないが、魚人のような水場に馴染みのありそうな種族の姿がちらほら見える。
砂浜に降りる階段に腰掛け、買ってきた串焼きや魚介のスープ、ジュースを味わう。どれも元の世界では食べられなかったものばかりだ。
「そういえば、天界ではどういうものを食べてるんです?」
串揚げを頬張るレイを見ながら訪ねる未来。てっきり果物だけで生きていたりするのかと思ったが、彼女の食欲は旺盛だ。
「ああ、一応肉とか野菜とか食べ物は養殖されているんだけど、贅沢品ね。ブロックタイプの食糧とかゼリー状の飲料とかタブレットとか、そういう人工的に作られたものが主流よ。そもそもほとんどは神が摂取しているわね。奴ら別に食べ物いらないはずなんだけど」
「なるほど……まぁでも私も似たような感じですね……普通の食べ物を食する機会は、世の中の知識習得のためで基本的にはレイさんと同じような食生活でした。ごはんっておいしいですね、うれしい」
レイも未来と同じように、当たり前の経験を知らない。せっかく縁があって出会うことができたのだから、これから二人で経験を積んでいけば良いと思う。そのためにはとにかく。
「お母さん、助けてあげないとですね」
「そうね……正直、天界から出たときは、そのまま死ぬか、悲惨な生活を覚悟していたけれど……すっかり欲が出てしまったわね。――母を連れてきて、一緒にここで暮らしたいわ」
「必ず、何とかしましょう。――そのために、私も強くなります!」
◆◇◆◇◆◇
「おう、来たか」
カイルは動きやすそうな服装でストレッチをしていた。無駄のない引き締まった肉体だ。レイと未来をみて、彼は少し笑みを浮かべる。
「町を満喫したみたいじゃないか、何よりだ」
手に持っていた買い物袋からかもしれないし、レイの頬についているソースに気づいたのかもしれない。なんとなく気恥ずかしくはなったが、カイルがやさしい顔をしてたので、こちらも微笑んで返すことにした。
「はい、最高でした! あ、お小遣いありがとうございます!」
「そいつが恐喝してったんだけどな……まぁいいさ。さて……今日は、お嬢ちゃん、今日はこれからあんたの戦闘能力を見て、向上させる。主に、魔術関連の講義と実践になるとは思うが……ちなみに、魔術じゃなくてもいいが何か特殊な技とか使えるのか?」
「えーっと、何とは言われませんでしたが、肉体を強化する方法は簡単に教わってます」
「ほう。なるほど、ちょっと見せてくれ」
「見た目は特に変わらないんですけどね、なんかこう……体内にあるエネルギーで体を覆うイメージで訓練をしました。実際、皮膚が強固になったり、手刀で相手の皮膚を斬れたり、蹴りで岩を砕いたりできるようになります」
そういうと、未来は自然体になって、深呼吸をした。
「――今、やってます」
「なるほどな。おい、レイ、魔力の流れは見えるか?」
カイルはふよふよ浮きながら二人のやり取りを見ていたレイに呼び掛ける。
「ええと……体の周りを魔力が覆っているわ。結構流動性が高そうだから、攻撃の瞬間や防御の瞬間に集めたりできるんじゃないかしら。……強化の魔術ってこれとは違うの?」
「基本は同じだが、より踏み込んだ方法がある。今の形だとあくまで表面的に覆っているにすぎないから、身体能力の向上は難しい。防御、攻撃の補助だな。本来の強化魔術は、表面だけでなく体内にも魔力を通すんだ。レイも多分無意識にやってるはずだ」
「体内……にも?」
「そうだ。魔力の操作はイメージだからな。できれば人体構造をある程度理解しているとわかりやすい。血の流れとか、骨、筋肉とか、その間に魔力を通すイメージだ。……わかるか?」
「人体構造はよく知っていますが、そこに魔力を通す。魔力をどうやって動かしたらいいのやら……」
「表面に集めることはできているから、感覚的に操作はできているはずなんだが、体内に通すってのはまた別もんだからな……こればっかりは自分で掴むしかない。視覚的に見えなくても、感覚的に魔力を感知できればだいぶ楽なんだが」
なんとなく体の周りに何かがあるような感じはするのだが、それをどう動かしていいのかがよくわからない。未来が眉間にしわを寄せて悩んでいると。
「私が魔力を操作して未来の体内に入れたらどうなるのかしら」
「えっ?」
「それは、悪くないかもな」
「そうなんですか?」
「要は今お嬢ちゃんは、体内に魔力を取り込む感覚が分からない。だがレイが魔力を強制的に体内に送り込むことによって、その感覚は理解できる。あとはそれを自分の魔力でやってみるだけだからかなり近道になるはずだ」
「な、なるほど。言われてみれば確かに」
「実際に、感覚を教えるために魔力を送り込むやり方はある。ただ、魔力を自分の体から離すのは、通常かなり難しいんだ。普通は、火とか雷とか、衝撃波に変えてようやく体外に出せるようになる。だが天使は当たり前に魔力そのものを放出して操っているからな、レイなら簡単にできるはずだ」
「この程度のこともできないなんて人間って駄目ね」
偉そうに言うレイ。
「その代わり天使は魔力を変換するのは苦手だけどな。……まぁ、やってみたらいい」
レイはいつものようにはっきりした光球ではなく、ぼんやりとした人の顔程の球体を浮かべた。
「普段は攻撃用に密度を高めているけれど、これはかなり薄い状態。普段がボールだとしたらこれはシャボン玉のようなものね。今からこれをミクに向けて放つわ。そのまま体内に浸透させる。違和感はあるかもしれないし、どのくらいの危険があるかよくわからないから、何かあったらすぐ口に出して」
「わ、わかりました」
「力を抜いて――いくわよ」
ふわり、と球体がレイの目の前から未来に飛ぶ。そのまま未来の胸元に触れると、ゆっくりと体内に入り込んでいった。
「う、な、なんかこれ変、です。異物感がすごい」
「一応、量と速度は加減してるから、痛みがなければちょっと我慢してみてほしいわ」
「あー、あー、あー、気持ち悪い。あれです。胃カメラ。痛みのない胃カメラ。体の中に何かが入り込んでくる感覚。おえ」
「イカメラ? わからないけどまぁ大丈夫そうだから、全身に流すわね」
やり取りの間にも、ずぶずぶと球体は未来の体内に入り込んでいく。
「なんか、体の中心から徐々に全身に何かが流れてきます。生ぬるい何かに少しずつ体中が満たされていく感覚。決して気持ち良くはない。むしろ悪い。うえ」
「吐きそう? とりあえず概ね全身に行き渡ったはず」
「なんかちょっと違うんですよね、なんなんでしょうね……まぁでも、感覚は分かりました。はい。たぶん他人魔力だから異物感すごいんだと思うのですよね。ちょっと自分のでやってみます」
「そうね、一旦外に出すわ」
未来の全身から、微かな光が漏れ出ていく。
「うっわ、なんか一気に寒くなった。見てください鳥肌」
「……楽しそうなとこ悪いが、どうだ? 行けそうか? お嬢ちゃん」
カイルがややあきれたようにこちらを眺めている。
「はい、たぶん。体の外を覆っていたものを、そのまま中にしみこませる感覚。さらに塊で通すのではなくて、行き渡らせる感覚。血管、筋肉、骨、それらをすべて通す感覚……」
口を動かしつつも、目はいつの間にか閉じ、自然体になっていた。未来は大きく深呼吸をする。
「……すごい」
「どうした、レイ」
「魔力が、ものすごく細かく枝分かれして、体を巡ってるわ。こんな細かく魔力を浸透させることができるのね」
「ほう。それはたぶん、イメージの差なんだろうな。実際、なんとなくしか体の構造が分かっていないやつより、実際に人の体がどうなっているかを知っている奴のほうが魔力を細かく通すことができるし、実際俺もある程度勉強している。――もしかするとお嬢ちゃんは、異世界でそのあたりの知識を細かく知っていたのかもな」
二人の声は聞こえているが、未来には返事を返す余裕がなかった。幼いころから学んでいた人体の細かな構造。それの通りに魔力を通すのに必死だったからだ。
「レイの見た通りだとしたら……こいつは強くなるぞ。そこまでの精度で強化が扱える奴はたぶんいないからな」
カイルの声が弾んでいる。未来も内心興奮していた。これで、レイの助けになることができる。確かな手ごたえ。今まで学んだことが無駄ではなかったことを知って、うれしく思った。あの日々は、私の糧になっているんだ。
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