第9話:晩餐
「天使のくせに奥の手が接近戦ってのはどうなんだよ」
「剣士のくせに道具を使って飛び回っていたやつに言われたくはないわね」
夜の晩餐は予想通りというか、親子の舌戦が繰り広げられていた。フェルディナンドの家で用意されていたのは、港町らしい海の幸を中心とした豪華な料理だったが、それを口に運びつつ親子の争いはいまだに止まらない。これはこれで仲が良いのかもしれない。
「まぁまぁ二人とも。せっかくの料理が冷めてしまう。取り合えず食べよう」
フェルディナンドは身分やマナーにうるさいタイプではないようで、一応上座に本人が座ってはいるものの細かいことは気にせず会話しながら食事を楽しんでいた。
話の中心はやはり未来とレイのことで、カイルに対しての状況や今後のことを伝える形となった。
「……なるほどな。ライラが捕まっているんだったらそりゃ助けてやりたいが……」
「ちなみに手を貸さない限り私はあなたを父親とは認めないわ」
「個人としてはそりゃ手を貸したい気持ちだが、俺にも立場ってものがある。特に今はメルトの冒険者協会で強いやつが上から四人不在なんだ。下手なことはできない。少なくともフェルディナンドの許可がなきゃな」
「上から四人が不在、というのは?」
未来が問う。トップであるカイルよりも強い人がいるのだろうか。
「俺はあくまで組織のトップで、戦闘能力だったら何人も上がいる。冒険者は大雑把に階級分けがあって、なりたてのD級、それなりの経験を積んだC級、ベテランのB級、腕利きのA級、とあって、規格外のS級が最上位だ。うちには四人S級がいるんだが今は全員不在ってわけさ。ちなみに俺はA級だ」
「そのS級の人たちは今どこにいるのかしら。手を貸してほしいのだけれど」
「二人は北方で行われてる魔族との戦争に駆り出されてる。他二人はずっと東の国へ旅に出てるところだ。どちらも一朝一夕で帰ってこれる状況じゃない」
「魔族。ですか」
「ああ。そうか、お嬢ちゃんは知らないか。天界に住むのが天使と神様なら、魔界に住むのが魔族。天界の連中とは基本的に接触がないが、魔界の連中は侵略のために地上に出てきていて、北方ではまさにその戦争の真っただ中、というわけだ」
未来の質問に答えるカイル。魔族。天使がいるならいてもおかしくはないだろうが……思った以上に知的種族が多い。人間一強だった前世とは大きく違う。こうなると人間同士で争っている余裕なんてないんだろうか。
「なるほどね。となると現在のメルトの町における最高戦力は、あなた達二人になるのかしら?」
カイルとストリア。ストリアの戦闘能力は定かではないが、『セピアの魔女』なんて呼ばれるくらいだからかなり強いのでは、と想像できる。
「A級はほかに何人もいるが、単独での戦闘能力としたらまぁ間違っちゃいないな。他はどちらかというと複数で組むと真価を発揮したり、サポート型の能力のやつが多い」
「他にもA級がいるんだったらその人たちにも手伝ってはもらえないかしら?」
「報酬とかは一旦置いといてもな、既にS級四名が不在の状況で、これ以上この町の戦力を減らすわけにはいかねぇよ。本当なら俺が行くのも避けたいくらいだ。まだこの町に直接来てはいないが、魔族と人間は戦争状態であることは間違いないし、他にも何かしらの事件がないとも限らん。そういう時に適切な判断ができる人材は残しておく必要がある」
レイはしばらく目を閉じて考えていたが、やがて大きく息を吐いた。
「……いいわ。とりあえずカイルとストリア、そして私と……ミク。その四人で天界に母を助けに行きます。フェルディナンドさん、いいわね?」
「……色々思うところはあるが、これでカイルが関わらないのもおかしな話だろう。構わないよ」
苦笑いをしつつも了承するフェルディナンド。それを横目に、カイルはストリアに視線を向けた。
「そういや、ストリアはそれに加わることに納得してるのか?」
「ああ、私か。報酬として天界の物語を教えてもらうことになっているし、救出作戦の最中に物語を見つけたら回収してよいことになっている。いくら積んでも手に入らないものだからな、私には全く異論がない」
「物語中毒者め……とりあえず了解だ。なら――お嬢ちゃんは、どうなんだ?」
カイルは、未来の方を見た。
「私……ですか」
「そうだ。話を聞くとレイを助けることが目的って言うことだから、作戦に加わること自体に異論はないのかもしれんが……確認したいのは、お嬢ちゃんが天界に行ったとして、戦力になりうるのか? ってことだ。話を聞く限りだと、異世界で魔術は普及しておらず、お嬢ちゃんも特に使えるわけじゃないんだろう。鍛えてはいるようだし体術は一定以上のレベルにありそうだが、だからと言って天使や、上位存在である神様に出会ったときに何らかの対処ができるのか?」
カイルは、未来が足手まといにならないか、を心配しているのだ。敵地での少人数での隠密作戦だ。誰かのミスによって、作戦の失敗や命の危険にさらされるケースもありうる。昔から実力を知るストレアや、先ほど模擬戦を行ったレイと違い、未来の戦闘能力はカイルにとって未知数だし、期待できるようなエピソードも特にはない。せいぜいが暗殺者としての訓練を受けていた程度。不安になる気持ちもよくわかる。
「……体術には自信はあります。一つ、奥の手も用意できます。ただ、正直天使や神様とやらにどこまで通じるかは分かりません……。一つお願いなのですが、カイルさん、私に魔術を教えてくれませんか? 肉体や武器を強化できるだけで、だいぶ違うと思うのです」
未来はこの世界の魔術を使えない。ただそれを習得できれば、十分戦力にはなりうる、と彼女は自身の戦力を分析した。実際、油断していた状況とは言え天使に体術は通じている。魔術でそれを向上させることができれば足手まといにならない程度にはできるのではないか。
カイルはその申し出に少し驚いたようだった。
「お、おう。いいぞ。さすがに今日は遅いから、明日少し時間を取ってやる。……正直意外だった。諦めて任せる、って言うかと思ったんだが」
「私はレイさんを助けるために来たので、そもそも足手まといになるという選択肢はないのですよ」
「なるほどな。前向きなのはいいことだ。ついでに武器も見繕ってやるよ。明日の……そうだな、昼の一時頃、今日と同じ訓練室に来い」
「ありがとうございます」
「え、なにちょっと二人で仲良くなってるのかしら。私も私も」
レイが手を上げて参加を表明した。
「なんだよいきなり……」
「ミクは私のパートナーよ。勝手に取らないで」
「取ってねえだろうがよ……ああそうだ、それよりお前。俺に対する報酬はないのか」
「はあ? 子供の願いくらい無償で聞きなさいよしかも昔の恋人を助けるためなんだから。命の一つや二つ放り出す覚悟でいてほしいものだわ」
「……まぁそうだろうと思ったよ。娘のため、か。まぁ悪くはないな。じゃあここからは……戦力分析、作戦会議を進めないとならんが、もう今日は遅い。明日のお嬢ちゃんとの訓練後……そうだな、三時頃から協会の作戦室で話し合いだ。ストレア、忘れるなよ」
「ああ。了解だ。それまでは適当に新入荷の本を漁ってるよ」
「カイル、さすがに私は一緒には聞けないが、町に影響しうる出来事だと思っている。終了後で構わない、情報をまとめて共有してくれ」
フェルディナンドが真剣な顔で伝える。実際、作戦が失敗したらこの町の冒険者のトップがいなくなるし、下手すると天界との敵対リスクさえある状況だ。本当ならやめてほしいところだろう。
「了解だ。議事録を取らせるから、それを送るよ」
食事もひと段落ついたところで、各々解散となった。フェルディナンドの家には広い風呂もあり、レイと未来はたっぷりくつろいで広い客間でゆっくりと休んだ。
色々なことがあったが、まだ一日目。未来の新たな人生は、始まったばかりなのだ。
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