第8話:光の拳
ミクとストリアの会話をなんとなしに聞きながら、レイは金髪の大男を見下ろす。期待外れだ。母が選んだ男だからさぞ強いのだろうと思ったが、所詮はただの人間。天使の魔術には手も足も出ないらしい。
「もういいわ。終わりにしましょう。この勝負の後で気が済むまで殴らせてもらうわね」
槍を再び光球に変化させる。ただ、先ほどのものとは違う。
「触れたら爆発するわ。さて、どこまで耐えられるかしら」
カイルの周囲を囲むように無数の光球が移動した。彼は動かない。覚悟を決めたか。
もはや声を掛けることすらしたくない。レイが指を弾くと光球が一気にカイルに向かってゆく――その、瞬間。
「油断大敵だよ。娘」
カイルが大きく跳躍する。光球がいくつか触れるが、魔力で防御しているのかそこまで大きなダメージは負わない。しかしこのまま落下すれば多量の光球に触れ、大爆発に巻き込まれるだろう。――落下すれば、だが。
彼の背負っていたリュックから魔力の光がほとばしる。天使の羽ほど優雅ではない。どちらかというと噴射。だがそれは確実にカイルの体を持ち上げていた。
「なん……ですって!?」
まさかあの大男が飛んでくるとは想定していなかった。レイは慌てて移動を試みるが、思ったほど速度が出ない。光球の大半を攻撃に用いてしまっているからだ。
ミクがさっき言っていたことを思い出す。天使の魔術はすべてが同一だから……例えば、全力で攻撃している時には全力移動は難しい。さらに攻撃のために光球を相手の近く移動させていると、すぐには戻せない。変換はすぐにできても盾や翼を使うべき自分と離れていては意味がないのだ。
跳躍したカイルが剣を振りかぶり、思い切りレイに向かって叩きつける。
「くっ……!」
咄嗟に推進力をすべて防御に回し、盾で何とか防ぐレイ。しかし翼は保てない。そのままレイはカイルごと緩やかに落下していく。その間急いで光球を戻しているが、間に合うか。
「これで終わりだ!」
厄介なことに、カイルの剣は魔力を吸う。つまり――レイが張った盾の魔力も剣にどんどん吸われているのだ。このままだと全魔力が剣に吸い取られ、斬撃に変換されてしまう。
――これは、詰みだ。この戦法では、負けた。
レイとカイルは落下したものの体制は大きく変わらない。振るわれた剣をレイが盾で何とか受け止めている状況だ。
「……そうね、たしかに。私はあなたを舐めていた。認めましょう。道具に頼りすぎだとは思うけれど、あなたは強い。これなら……全力で殴ってもいいわね」
カイルが訝しそうな顔をしている。おそらく彼の中で、この構図になったら勝ちだと思っているのだろう。肉体が脆弱な、体術も碌に使えない天使。だから懐に入ったら勝ち。そんなところだろう。――――まったく、先入観が強すぎる。
レイは盾を解除する。――瞬間、彼女は手のひらで剣の腹に触れ、そのまま打ち込まれる力に逆らわず、体をひねり、反転する。流れるように後方に跳躍すると解除した盾からの魔力を両足に集めた。
想定外だったのか、カイルは慌てて振り返るが一瞬硬直していた。十分すぎる隙だ。魔力を込めた両足で大地を蹴り、カイルの目の前、ほぼ密着する距離まで接近する。拳には魔力はない。しかしちょうど――放っていた光球がレイの元に戻った。そのまま魔力をすべて右腕に集中させる。
「喰らいなさい」
足を強く踏み込み、正拳突きを放つ。それはカイルの腹部を直撃し――彼を容赦なく吹き飛ばした。
◆◇◆◇◆◇
「ええええええええー!?」
未来は大声を上げていた。まさかの接近戦、しかも格闘術。天使とは。
未来の隣で唖然とするフェルディナンドと爆笑するストリア。
「いや、これは良い見物だ。まさか本当に文字通り戦闘中にぶん殴られるとは! カイルも想定していなかっただろう」
「天使って、遠距離で戦うのかと思ってました」
「普通はそうだろう。レイが特殊なんだよ多分」
付け焼刃や偶然ではない、洗練された動きだった。あの華奢で細い手足から放たれるとは想定もしていなかった。だからこそカイルも直撃を受けたのだろう。普通ならさすがに防御姿勢は取る。
カイルは壁に激突して動かない。訓練所の結界のおかげで怪我は負っていないはずだが、意識を失っていそうだ。
対照的にレイは肩をぐるぐる回している。なんとなく不本意そうな顔をしているが、特に体は問題ないようだ。こちらの視線に気づくとゆっくり近づいてきた。
「終わったわ。とりあえず一つ目の目標は達成なんだけど……あのクソ親父、最後は手加減したわね」
「えっ? そうだったんですか?」
「仮にも剣士としてそれなりの腕があるなら受けるなり避けるなりは不可能じゃなかったはずよ。あの辺があいつなりの落としどころってことでしょ」
「確かに、硬直が長かった気もしますけど……まぁレイさんが納得してればいいです」
「納得はしてないけど、とりあえずやることはやったからまぁいいわ。この後のことを考えたいけれど……さすがにお腹が空いたわね」
じっ、とフェルディナンドを見るレイ。彼は諦めたように微笑んた。
「もちろん、皆さんを夕食に招待するよ。寝床も用意しよう。この後のことを話すなら、あいつもいたほうが良いだろうし、ちょっと待っていてくれ」
どこからともなく現れた彼のお付きがカイルを起こしに行く。……とりあえず、今晩の食事と宿泊場所は確保できそうだ。
「ひと段落、ですかね?」
「これからが本番、ね。あの親父には強制的に協力してもらうけど……さてどうなるかしらね」
少し疲れた様子だったが、父の実力を測れたからだろうか。なんだかんだレイの顔はうれしそうに見えた。
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