第7話:カイル

「……おい、フェルディナンド。なんだこのやばそうな娘は」


 カイルはレイの方を見ず、フェルディナンドに問う。


「えーっと、どう説明したら良いものか」


「私はまどろっこしいのは嫌いなの。とりあえず――これを見ても、何も思いつかないかしら?」


 言葉と同時にレイは背中から輝く羽を出す。


「……天使? もしかして、お前――」


「とりあえずあなたを殴りたいけどさすがにここだと部屋が荒れるから、場所を提供してくれないかしら」


 にっこりと笑うレイ。


「……カイル、訓練所に移動しよう。穏便に済ますのは無理そうだ」


「あー……了解、こっち来な」


 カイルは諦めたように嘆息し、部屋を出ていく。そのあとを笑みを張り付けたレイと、疲れた様子のフェルディナンドが追いかける。


「なかなか面白そうな見物だな」


 ストリアがにやりと笑んで同じく部屋を出て行った。未来も慌てて追いかける。……なかなか面倒なことになりそうだ。


◆◇◆◇◆◇


 訓練所は屋内ながらとんでもなく広かった。資料でしか見たことはないが、学校の体育館が同じくらいではないだろうか。天井も高く、白を基調としており清潔感がある。また、フェルディナンドが説明してくれたところによると、訓練中は特殊な結界が張られており、ダメージは訓練中だけ影響するようになっていて怪我をしないようになっているらしい。非常に優れた技術である。


「改めて確認させてくれ。お前はその……ライラの娘か?」


 カイルは五メートルほどの距離を隔てているレイに声を掛ける。ライラというのはレイの母親だろうか。


「ええ。母はライラ。そして父は今目の前にいるわ」


「そうか……正直、まったく知らなかった。ライラは今、どうしてるんだ」


 良い答えが返ってこないことを悟っている表情だった。


「幽閉されているわ。人間との間に子を成した罪でね」


「……そうか」


「あなただけが悪いわけじゃない。天界からの追手が来て、帰ることを選んだのは母だから。ただ、私はあなたが気に入らない。だから殴る。それだけよ」


「……それで気が済むなら殴らせてやりたいところだが……俺も娘に黙って殴られるほど人間はできてないんでね。手加減はしてやるから全力で来い。ライラは強かった。お前も強いんだろう? 俺を実力で倒してみろ娘」


「手加減なんかいらないわよクソ親父。ここのトップだか何だか知らないけど、プライドへし折ってやるわ」


 レイの言葉とともに、百を超える光球が彼女の周りに現れた。


「ミク、他二名。離れてなさい。巻き込むわよ」


 カイルは慌てる様子もなく、腰につけていた大きな剣を抜いた。普通に室内にいたのだから当然だが剣以外は全く武装をしていない、普段着である。背中にリュックのようなものを背負っているが、それを下ろす素振りはなかった。余裕のつもりなのだろうか。


「天使の魔術……久しぶりに見るな。ただその程度じゃあ、俺には通じんよ」


「その減らず口、いつまで叩けるかしら、ねっ!」


 無数の光球が軌道、タイミング、速度すべてバラバラにカイルに向かう。自動追尾かと思っていたがそれにしては動きに同調性がない。


「ほう……あの光球。どうやらレイが操作しているようだな。その魔力と処理能力が天使の特性か」


 仮に未来があれを操作できるとしても、せいぜい二つ、頑張って三つ四つが限界だろう。あれだけの数を自由自在に操れるのは、種族として並列処理に優れた特性を持っているということか。


 しかし、それだけの数の光球に襲われながら、カイルは全くひるむ様子がなかった。右手の剣を振るい、光球をかき消しつつ、レイに近づいていく。



「カイルの剣は魔術を相殺する力がある。カイルがこの町で屈指の使い手とされる理由の一つだ。剣術家としても一流だしな」



「なかなか面白い剣ね。でも所詮は一本。同時に撃ち込めば受けられないわ」


 レイの光球がカイルを囲むように配置され……一気に彼に向けて撃ち出された。正面の光球は剣で弾けてもそれ以外は避けようがない。だが。


「効かないな。その程度の威力なら、魔力で体を覆っておけばほとんどダメージはねえよ」


 カイルは避けることすらしなかった。レイの光球は直撃すると吹き飛ばされる程度の威力はあるはずだが、彼には全く通じていないようだ。


「そう。なら、威力を上げましょう」


 レイの言葉と同時、光球が細長く尖り……針状に変化した。小さな槍が無数に並んでいるような状況だ。


「さあ。防げるものなら、やってみなさい」


 無数の槍が、四方八方からカイルに撃ち出される。


「ちぃっ!」


 さすがに槍の直撃は避けたいのカイルは走りながら槍を斬り払う。肉体をなんらかの方法で強化しているらしく、槍が彼を追いかける速度を超えて走っていた。レイとカイルの距離はもう僅かしかない。だが。


「残念ね、折角来たのに」


 レイの背中から光の翼が現れ、上空五メートルほどのところまで飛翔した。二人の距離は再び五メートルに戻る。



「やはり空を飛べると圧倒的に有利だな。ミク。お前はどう見る?」


 ストリアは未来に問いかけた。カイルは槍を避けつつ反撃の機会を伺っているようだ。


「そうですね……カイルさんの体術は相当で、あの剣もかなり便利です。でも今見えているだけの条件であればレイさんが勝つでしょう。上空から槍を放ち続けるだけで終わる。でも――仮にもここのトップなら、それで終わるわけはないと思います」


「その通り。カイルもそうだが、あの剣はコペルフェリアと共同制作した最新鋭の魔導兵器だ。そもそも冒険者はあらゆる相手との戦闘を想定しなくてはならない――当然、空を飛ぶ敵もね」


 フェルディナンドが淡々と告げる。彼はカイルの勝利を疑っていないように見えた。



 レイが何度目かの槍をカイルに向けて放つ。翼を出したことで攻撃に使える光球が減っているようで、カイルに向かう槍の本数は地上にいるときよりも少なくなっていた。


 カイルは光の槍を打ち払うと――そのまま剣を大きく振りかぶり、レイの方向へ振り下ろした。瞬間、彼の剣から光の斬撃が飛ぶ。


「飛ぶ斬撃――! いいなぁあれ私も欲しいです」


「あの剣は敵の魔術を吸収してそれを斬撃に変えて放てるんだ。もちろん自分の魔力からも撃てるけど……とにかく便利だよ。まだ試作段階だからアレとコペルフェリアにもう一本しかないけれどね」


 レイに迫る斬撃。だが彼女は慌てることなく、周囲に浮かぶ槍を盾に変えて防ぐ。


「天使の魔術は恐ろしく汎用性が高いな。攻撃、移動に加えて防御にも使えるのか」


「はい……はっきり言って普通の手段では攻略する方法が思いつきません。同じ光球から翼、槍、盾、と形を変えているのでタイムラグもほとんどないんですよね……」


 新しく何かを生み出すのであれば相応に時間がかかるのだろうが、その場にあるエネルギーを変化させているだけなので切り替えがとにかく早い。


「これは……さすがに詰んだかな、カイル。娘に殴られるなんて業腹だろうが」


「そうですね。ただあの魔術は欠点、というか苦手なこともあるんです。私と会った時もそうだったんですが――」


 話しながら未来はレイを見上げる。表情は変わらないが、レイはどことなく辛そうに見えた。

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