第6話:メルトの町
「綺麗な町並みですねぇ」
未来とレイ、それにストリアとフェルディナンドは何人かのお付きを伴い、徒歩で冒険者協会へと向かっていた。空から見て分かっていたが、色とりどりの家々が立ち並び、道は綺麗な石畳できちんと掃除されている。町行く人たちは様々な種族で、何度も未来は驚かされていた。
「この町の家の色が様々なのは、多種族が住んでいるからなんだよ。種族によって見えやすい色は異なるから、それぞれが分かりやすい色、好きな色で家を塗る。あとは港町だから、遠くからでも自分の家が分かりやすいように、っていう意味もあるね」
「そもそも、ここは人間の領地なのに、なんでこんなに他種族が多いのかしら? すれ違っただけでもエルフ、獣人、リザードマン、バードマン……普通の人間のほうが少ないんじゃない?」
獣人、と言っても様々で、耳が獣なくらいのものから、獣の顔で二足歩行しているような人もいる。レイの言う通り純粋な人間のほうが少なく見えるくらいだ。
「さすがに人間のほうが多いはずだけど、亜人は目立つからね。彼らがこの町に多い理由は簡単で、それぞれの種族の中で暮らせなくなった人を受け入れるための町だからさ。この町は、住むところがない種族を助けるために造られたんだ」
フェルディナンドの言葉に驚きつつも納得する未来。なるほど、ここは難民の受け入れを推進している町なのだ。レイの先ほどの言葉からすると本来それぞれの領地は結構厳密に区切られているのだろう。当然そこで暮らせなくなったら野垂れ死ぬしかないが、それを受け入れてくれるのがこの町、というわけだ。
「そういうことだったのね。でも実際、こんな多種族が暮らしていて争いは起こらないの? 文化も生活様式も何もかも違うと思うけれど」
「最初は結構大変だったみたいだよ。縄張りがある種族もあるし、そもそも家という概念がないものもいる。衛生面だって合わせてもらうのには苦労があった。先代の時代から数十年かけてルールを整備して、守らせるような仕組みを作ったんだ。その一つが冒険者。彼らはどんな種族でもなることができる。争いがあれば仲裁し、暴動があれば鎮圧し、調和のために注力してきた。領主ももちろん力を注いだけど、治安が守られたのは冒険者の力によるところが大きいし、それを目的に組織を作ったところもある」
「へえ。そしてそのトップにいるのがクソおやじなのねなるほど……」
「変なこと考えてないですかレイさん」
話を聞くだに冒険者協会は非常に強力な組織だ。この町における警察のような役割を担っている。それを敵に回すのは避けたい。
「大丈夫よ。娘だから。殴っても家庭内スキンシップで済むわ。……半殺しまではオーケーかしら」
「カイルに怪我されると困るからほどほどにしてほしいな……」
「そもそもあいつ強いからな、そう簡単じゃないぞレイ」
歩きながら読書という危険極まりないことをしながらもストレアが会話に参加してきた。
「そうなの? 戦ったことが?」
「相対したことはないが共闘は何度かある。魔術師には天敵みたいなやつだ」
「ふん……少々本気でやらないとダメそうね」
「町を壊さないでほしいから、戦う場は提供するよ」
あきらめたようにフェルディナンドは言った。
◆◇◆◇◆◇
海風の通り抜ける町を歩き、冒険者協会に向かう。道中の様子を見る限り、上下水道はきちんと完備されており、ゴミ箱や水飲み場、公衆トイレなどもある。家は石造りが中心だが、文化レベルはかなり高いように思えた。店の様子なども外から見る限り、近世どころか現代のヨーロッパとそう変わらないように見える。
しばらく町中を歩くとやがて巨大な建物にたどり着いた。高さは五階程度だが、幅も広く、大型のオフィスビルを彷彿とさせる。見た目はコンクリートのような人工素材でできているようだ。
「ここが、冒険者協会だよ。魔術都市から運んだ特殊素材で作られていて、強度や快適性に優れている」
フェルディナンドの紹介を受けて改めて様子を見る。カラフルな町並みの中、薄いグレーの素材は街中でも違和感を放っていた。ヨーロッパの町並みに突然都会のオフィスビルが現れたような感覚。入り口は両開きのドアだが建物から出てきた人を見る限り自動で開くようだ。技術レベルは本当に現代と遜色がないのではないだろうか。
圧倒されつつ、促されるままに未来とレイはフェルディナンド、ストリアに続き建物の中に入る。内装も華美なところは一切なく、オフィスのような様子がますます強い。床は石造りで、ところどころ絨毯が引かれている。受付があり、ホテルを彷彿とさせた。案内に立っていた女性がこちらを見て、フェルディナンドがいることに気づくと慌てて駆けよってきた。
「フェルディナンド様。本日はどのようなご用件でしょうか? 特に訪問予定はなかったかと記憶しておりますが……」
「ああ、今日はちょっと人を紹介したくてね……カイルはいるかい?」
「カイルさんは今新人指導の講義中です。あと十五分ほどで終わるかと」
「了解。じゃあそれまでちょっと待たせてもらっていいかな」
「はい、応接室にご案内します」
女性はフェルディナンド達を大きな応接室に案内し、お茶とお菓子を出してくれた。
「中も広いし、綺麗だし、なんというか、洗練されてますね。他のお店とか施設もこんな感じなのでしょうか?」
未来はフェルディナンドに問う。それこそ、現代日本と変わりないサービスだった。
「いや。ここだけが特別だよ。この施設は冒険者協会設立にあたり、魔術都市コペルフェリアと共同で作ったんだ。各種設備もそうだし、マニュアルもね。あちらには確か異世界から来た人がいて、そこから色々知見を得ていたらしい。もしかしたら君と同郷かな?」
「そうかもしれません。この建物の様子や案内の流れは私にも馴染みがありました。なるほど……異世界人というのは、私一人ではないんですね」
「稀有ではあるけどね。この世界とは違う文化、知識を持っているからそこからの着想で生み出されたものも多い。あとは超古代文明の技術を流用しているケースもある。だから、文化レベルから乖離したものがたまにあるんだ、この世界には。コペルフェリアは都市全体がそんな感じだけどね」
魔術都市コペルフェリア。何度か話題には上がっているがそれだけ技術の進んだ町なのだろう。一度見てみたいものだ。
「そういえば、そもそも冒険者って何をしているのかしら」
言われてみれば未来もレイもその点について細かくは聞いていなかった。
「冒険者っていうのは、簡単に言うと戦闘力に長けた何でも屋だね。荷物の輸送、護衛、野生動物や植物の採集、魔物や魔獣退治……世の中の人々のニーズに合わせた武力が必要な依頼を請け負う仕事さ」
元の世界でもそういった存在はいなくはなかったが、公的な職業としては存在していなかったように思う。しいて言えば興信所や探偵、警察あたりが近いだろうか。
「魔物、がいるんですね」
「そう。簡単に言うと、魔力を帯びた生物。それが魔物。場合によっては生物でないケースもあるらしい。普通の人間では太刀打ちできないくらいに危険だ」
「なるほど……元の世界には魔物はいませんでした。だからこそ冒険者という職業が必要なのですね」
「そういうことだね」
フェルディナンドの言葉の直後、扉が乱暴にガチャリ、と開けられた。不機嫌そうな顔で立っていたのは、金髪で、四十過ぎくらいの大きな男。
「フェルディナンド、なんだ一体」
「ああ、カイル。いきなりすまないね。なんと説明するのがよいかわからないが――」
「初めまして。カイルさん。とりあえず一発殴っていいかしら?」
レイはフェルディナンドの言葉を遮りにっこりと笑ってそう言った。
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