第5話:領主

「領主の住んでいる場所はどのくらいの距離なのかしら?」


「歩くと丸一日かかるな。飛んで行ったほうが良い」


 レイの問いにストリアが返答する。


「……さすがに三人だとちょっと厳しいかもしれないわ。密着しないとならないし」


「ああ。大丈夫。私は飛行手段がある。ついでにミク。お前も乗るといい」


「乗る? 乗り物なんですか?」


 ストリアは手に持っていた本を開いた。


「少し離れてくれ。乗り物をする」


 ストリアの手にある本が輝き、風が巻き起こった。


「来い、飛竜!」


 本からあふれた輝きが徐々に形になっていく。数秒ののち、光の中から緑色のうろこに包まれた羽の生えた竜が現れた。背中には人を乗せるための鞍が付いており、大きさは五メートルはありそうだ。


「すごいです! 竜!」


「すごいだろう。私の魔法だ。物語に出てくるものを召喚できる」


 誇らしげなストリア。なんとなくかわいらしい。


「いいですねえ、かわいい。私ペット飼うの夢だったんですよね……この魔法って、私にも使えるんですか?」


 未来は問う。せっかく異世界に来たわけだし、できるなら色々試してみたい。


「残念だが、難しい。これは世界で私にしか使えない魔法でね。魔術と魔法の違いはまたどこかで説明するが、魔術が条件を満たせば誰でも使えるのに対し、魔法というのはそれぞれに固有のもので、他人が使うことはできない。もしペット──使い魔が欲しければ、精霊魔術を学ぶと良い」


「なるほど! よくわからないんで、また今度聞きますね!」


 未来にとってわからない言葉が多すぎた。竜が呼び出せないのは残念だが、精霊魔術というのは気になる。覚えておくことにしよう。


「そうだな。さて、背中に乗って、行くか。レイは自分で飛んでついてくる形でいいか?」


「ええ、大丈夫」


「よし、では、行こう。結界は張るから転げ落ちることはないが、鞍に捕まるところがあるからしっかり握っているように。では、出発!」


「はい! しゅっぱーつ!」


 こうして、三人は塔から飛び出した。



◆◇◆◇◆◇


「景色が良いし、気持ちがいいですねぇ」


「そうだろう。私の持つ物語の中で、空を飛べるものは様々にいるが、この飛竜が一番快適だ」


 ストリアは未来の前に座っている。特に手綱などはなさそうだが、意思疎通はどうしているのだろうか。


「私の魔法――物語の魔法マギア・デア・ストレアは、召喚したものとの意思疎通を可能とする。便利だぞ」


「羨ましいです。――あ、そういえばストレアさんさっき、『セピアの魔女』って言ってましたけど、あれはどういう意味なんでしょうか」


「ああ、私は魔術都市コペルフェリアというところで魔術を学んだのだが、そこで一定以上の能力があるものは、『色』にまつわる称号をもらうんだ。色持ちというんだが、その立場になると様々な恩恵が受けられる。研究施設を無料で使えたり、都市内に住居をもらえたりな。ただその代わり、魔術都市から何らかの要請があった場合は従わなくてはならないんだが……まぁ、その時にもらった色名が『セピア』というわけだ」


 セピア。要はイカ墨のことで、昔のインクや古い写真に使われていたように記憶している。物語というのは昔に描かれたもので、それらにかかわる力を持ったストレアにはぴったりな色という気もした。


「見えてきたぞ。あれが、領主が住むメルトの町だ」


 気づけば遠くに海が見える。メルトは港町のようだ。上から見るとわかる、とても美しい街並み。色とりどりの家々が並び、港にはいくつもの船が見える。街の北側は丘になっており、町の北部から南部にかけてはなだらかな下り坂になっているようだ。


「領主の家は中心部だ。――おーい、レイ! あの真ん中のでかい屋敷の庭に降りるぞ」


 ストリアと未来を乗せた竜とレイは白を基調とした大きな屋敷の庭に下り立った。警備らしき人たちが慌てて駆けてくる。


「出迎えご苦労。ストリアが来たと伝えてくれ。この二人は私の友人だ。危険はない」


 未来はともかく、光の羽をはやして飛んできたレイには警戒の目が向いているが、ひとまず襲われることはなさそうだ。睨まれつつも、ストリアとともに応接室に通された。ちなみに飛竜は降り立った時点で光になって本の中へ消えてしまった。


 室内の調度品は上品なものばかりだった。さすがに未来にそれらの価値までは分からないが、派手な成金趣味でないことは見て取れる。趣味がいいのだろう。しばし待っていると、応接室のドアが空き、三十前後くらいの男性が現れた。


「ストリア。こちらにも都合があるんだ。連絡用の魔道具は渡してあるんだから事前に一報を入れてくれればいいのに」


 男性は急いできたのかやや髪を乱している。やや暗い金髪を短く整えており、長身で端正な容姿だ。服装も室内の調度品と同じく、青を基調とした上品なものだった。


「悪いな、フェルディナンド。一刻も早く彼女たちに会わせたかったんだ。きっと面白がるだろうと思ってな」


 領主に向かって完全にタメ口であるが、きっと付き合いは相当長いのだろう。

 フェルディナンドとストリアの年齢を考えると、先代領主からの付き合いなのではないだろうか。だとしたらこの関係性も頷ける。


「初めまして。この地域を収めている、フェルディナンドだ。あなたたちは?」


「私はレイ。天使と人間のハーフ。それでこちらは……」


「はい! 未来、と言います! 異世界人です! たぶん!」


「……なるほど。確かに面白い」


 フェルディナンドは笑みを浮かべ、ひとまず応接室の席に着いた。


◆◇◆◇◆◇


「なるほど、事情は概ね理解した。レイさんは父親を見つけて殴りたい。可能ならば天界で捕まっている母親を助けたい。ミクさんはその手助けをしたい」


「ええ、そうね」


「合ってます!」


 レイの無礼な口調を聞いて、フェルディナンドの横に控えるメイドさんがじろりとこちらを睨むが、そもそも無礼なストリアの客人だから仕方がないと諦めたのだろう、特に何も言われることはなかった。


「あなたのお父上が冒険者であるのなら手助けはできると思う。このメルトは冒険者発祥の地で、冒険者協会も大きい。この大陸で冒険者協会に所属しているものであれば基本的には情報があるはず。後ほど案内するけど、そこで調べればどこの町の冒険者かはすぐにわかるよ。トップの人間は顔も広くて人格者だ、個人的にもつながりがあるかもしれない」

 

 未来は少々驚いていた。登録者の管理を大陸規模で行っている。つまりデータベース化が行われているということだ。どういう仕組みかはわからないが現代日本と遜色がない。


「それは助かるわ。一刻も早くこの拳をぶつけてやりたいもの」


 拳を握りしめ、笑みを浮かべるレイ。


「ちなみに、お父上のお名前を聞いておいても? もしかしたら私が知っている人かもしれない」


「ええ。父の名前はカイル。カイル = ヴェハード。金髪のごついおっさんのはず。顔はまぁ悪くはなさそう。性格はきっと悪いけど。ご存じ?」


「……カイル = ヴェハード……? まさか」


「ん? カイル? なんだ私が先に名前を聞いておけばよかったな」


 我関せずで本を読んでいたストリアも声を上げる。


「……もしかして知り合いなのかしら?」


「ああ。苗字と容姿も一致するから間違いなさそうだ。カイルは、このメルトの町の冒険者協会のトップ。会長を務めてもらっているよ」


「それってさっき、顔が広くて人格者って言ってた人ですか?」


「……はぁ?」


 無表情だったレイの顔が、珍しく怪訝そうに歪んだ。














 

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