第4話:物語の塔

「すごい! すごいですよレイさん! 私空を飛んでます! 生身で!」


「ちょっと暴れないで、落ちるわよ。結界が張ってあるとはいえそこまで頑丈じゃないんだから」


「だって景色すごいですよ、初めてですこんなの! ああ生きててよかった!」


 大興奮の未来。それも当然だ。彼女たちは今、地上およそ百メートルのところを飛行している。体勢としては、レイが未来を後ろから抱きしめるような形だ。結界は貼ってあるがレイの周囲を覆う形なので密着している必要があるらしい。


「そう、それは良かったわ。――さて、町は確かこっちの方角に……ん。あれ、何かしら?」


「なんです?」


 レイの視線の先には巨大な塔が立っていた。彼女たちの視線と同じ、百メートル近い高さがありそうだ。


「塔……なんでこんなところに」


「周りにも何もないですし、何のために立っているのでしょう」


 通常、塔は遠くを見るため、または高所から外敵を攻撃するために建てられる。しかし、周辺は森や丘くらいしかないこの場所に塔を建てる意味は果たしてあるのだろうか。


「とりあえず近づいてみましょう」


 言いながらレイは塔に向けて飛行していく。ちなみにかなり速度は抑えているらしいが本気を出すと大型の鳥とそん色ない速度は出せるとのことだ。飛行時、羽からは輝く粒子が舞っており、羽ばたいたりはしていない。魔力を放出して飛んでいるからこのように見えるらしい。


「……塔のてっぺんに、誰かいますね」


「本当ね。何してるのかしら」


 地上百メートルともなれば風も強く過ごしやすいとは言えないはずだが、その人物は、屋上にテーブルとイス、そしてパラソルを広げ、優雅に読書をしているように見えた。眼鏡をかけた若い女性のようだ。


「……本読んでますね」


「なんでこんなところで読書しているのかしら」


 かなり近づいたが女性がこちらに気づく様子はない、熱心にページをめくっている。レイはとりあえず塔の上に降りようとしたが、何かに見えない壁のようなものに阻まれ、静止する。


「結界ね。そりゃそうか。ないと風が強くてくつろげないものね」


 さすがに結界に接触したことで気づいたのか、女性は大きく目を見開いてこちらを見ている。しばし静止したのち、本を置いて立ち上がり、こちらを手招いた。レイが導かれるまま再度塔の上に向かう。結界は解除されたようで、スムーズに降り立つことができた。塔の頂上は円形で、直径十メートルくらいの広さだった。床には階段がある。


「……その羽、もしかして、天使か?」


 眼鏡の女性は震える声で言った。明るい茶色の長い髪を無造作に三つ編みにしている。年齢は十代後半くらいだろうか。耳が少しとがっている気がした。


「部分的にはい」


「なんですその返事……?」


「間違ってないでしょう」


「そちらの君も天使なのか?」


 今度は未来に問う。


「いえ、私は……何と言いましょうか。異世界人、ですたぶん」


「異世界人!? なんだとそんなレアな種族が二人も……? それはいいな。うん。いい。なぁ二人ともせっかく来たんだ、少しお茶でもしていかないか。話を聞きたい」


 反応が少し怖かったが、地上の情報を仕入れたい気持ちもある。未来とレイは目を合わせ頷き、ご馳走になることにした。


◆◇◆◇◆◇


「なるほど……経緯は概ね理解した。いいな、面白い。もっといろいろと聞きたいこともあるんだが――」


「その前に、私達、あなたの名前も聞いてないわ。こちらからの質問の時間もくれないかしら」


 紅茶とクッキーを持って来るや否や、目の前の女性はこちらの様子を根掘り葉掘り聞いてきた。未来とレイは先ほど二人で共有したような情報を改めて眼鏡の女性に伝えたのだが、彼女からは何も情報が受け取れていない。


「ああ。そうかすまんな。私はストリア。この塔に住んでいる。そして、エルフと人間の混血だ。……他に質問は?」


 エルフ。未来も本やゲームで読んだことはあったが、本当に存在する世界があるとは思わなかった。確かに耳が多少とがっていて、容姿は整っているが、人間だと言われてもわからない程度の差分でしかない。


「エルフ……森にすむ種族であるはずのエルフがなぜこんな塔に住んでいるの?」


「色々事情はあるんだが……簡単に言うと、私は『物語』が好きでね。様々な地域の様々な話が知りたかった。だから森にあったエルフの里をでて、蒐集をすることにした。ただ、書物というのは嵩張る。家を借りていたんだが、収まりきらなくなって困っていてね。この辺の領主に頼んでここに物語を収納するための塔を建ててもらったんだ。以来数十年ここに住んでいるというわけさ」


 数十年、ということはフィクションにあったエルフと同様に、寿命が長いということなのだろう。しかし、領主とは。


「領主さんとお知り合いだったんですか?」


 さすがに個人的な知り合いでなければこんな巨大な塔を建設してはくれないだろう。しかし、この塔にどのくらいの本が詰まっているんだろうか。とんでもない量であることは間違いない。


「ああ、これだけの量の物語だ。蒐集をするにも金が要る。幸い私は魔術が得意だったから、その力を用いて領主からの色々な依頼を受けていたんだ。その縁もあって塔を建ててもらうことができた。代わりに、専属契約――要は、何かあったら最優先で助ける、という契約を結ばされたがね」


「なるほど。つまりあなたは領主と簡単に会える立場なのね。それは助かるわ。私の父親を捜すのに、立場のある人の力を借りたかったから」


 手配書を回すことも辞さない構えのようだ。そうでなくとも領主なら色々な人脈もあるだろうし、最悪でも冒険者の組織は紹介してもらえるだろう。


「なるほど。確かにお前たち二人、人間社会で使える身分証もないからな。それだと町に入るだけでも苦労する。そのあたり領主に保証してもらえば大分動きやすくなるはずだ。――いいだろう、領主に合わせてやるし口添えもしてやる。そこで私からの要望だ。お前たちの故郷の『物語』を私にわかる限り教えてくれ。本があれば望ましいが、口頭でもいい。文書化する」


 ストリアの目の色が違う。よっぽど『物語』が好きなのだろう。


「そうね、いくつか子供のころに聞かされたお話なら知っているし……天界にも書物は存在するから、襲撃すれば色々手に入るわよ。母を助けるついでであれば私も協力できる」


 レイも目が怖かった。そんなことを考えていたのか……という想いはありつつ、彼女の境遇を思えば理解はできる。


「悪くないな。もしその時が来たら私も協力すると約束しよう。天界にある物語には大いに興味があるからな。私自身の戦闘能力はそこまででもないが、私の使う『魔法』は強力だ、役に立つぞ」


 にやりと笑むストリア。領主と契約を結ぶくらいだから優秀なのだろう。


「助かるわ。とりあえず父親をぶっ飛ばした後、そのまま拉致。天界に戻って囮として投下。その隙に私たちが潜入して、母を救出、火事場泥棒の末に離脱、が望ましいわね」


「天使や神の戦力がどの程度かは調査が必要だな。本気でやるなら協力を募る必要があるだろう。まぁそのあたりも領主と相談だな」


「そうね。とりあえず領主と合わせてほしいわ」


「了解だ。ここからはそう遠くない。準備をしたら向かおう」


「ミクもそれでいいかしら」


 口を挟む隙がなかったが、とりあえず意思確認はされたので頷いておく。


「はい! とりあえずどんどん行きましょう!」


 レイが前を向いて進んでいるのなら良い。


「ミク、レイ」


 ストリアがこちらを向いた。


「久しぶりに楽しい時間を過ごせそうだ。改めて、よろしく。『セピアの魔女』ストリアの力を思う存分役立ててくれ」


 差し出された手を握る。思ったより小柄で、でも力強かった。


 





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