第3話:天使と私の事情

 先ほどの戦闘場所から少し離れた森の中にある湧き水の近く。ミクとレイは岩に腰を下ろして話をしていた。


「……なるほど。貴女は元々別世界で殺人のために育てられたのね」


「はい……正直楽しいことは何一つなくて。そして私は殺され、謎の声に導かれて生まれ変わりあなたを助けに来た、ということになります」


 一歩間違えば陰鬱な性格になってもおかしくない環境。だがミクは前向きで明るい。転生が影響しているのかもしれないが、生き生きとしていてレイの目から見ても魅力的な少女に思える。……恰好は変わっているが。


「あの……レイさんはなぜ空から降ってきたのでしょうか? 天使とはどういった種族なんでしょう」


 ミクの問いに、レイはしばし考えたのち、天を仰ぎ、空を指した。広がるのは青空に白い雲。


「雲の上。そこに天使は住んでいるわ。と一緒にね」


 言葉に合わせてミクも天を仰ぐ。


「雲の上に……」


「そう。厳密には雲に似せた浮遊大陸ね。それがいくつも空にあって、神と天使が暮らしている。天使は基本的に神に仕えていて、神は絶大な力を持っているけど数が少ない。そんな感じ」


「なるほど……大陸にほかの生き物はいないのですか?」


「いるわよ。動植物や魚、虫なんかは住んでいるわ。ただ。神様が作った人工的な大陸だから、有るものは基本的にすべて神によって生み出されたか、どこからか持ってきて養殖されているか、ね。そのあたり地上とは全然違うわ」


「なんとなくイメージは沸いてきました。レイさんはそこで暮らしていたんですね」


「暮らして……そうね、ただ貴女と同じく、自由はなかった。私の母は犯罪者だったから」


「……犯罪者?」


 ミクの驚いたような表情。


「そう。私の母は、天界の禁忌である人との交わりを持った。そして私が生まれた。つまり――私は、人間と、天使の混血なのよ」




 未来はレイの表情を見る。作り物のように、微動だにしない。正直、元居た世界と状況が違いすぎて全く理解が追い付かなかった。似たようなSFは一般教養の中で読んだような気がするが……。


「私はずっと母と閉じ込められて生活していた。そして私が十五になった時、母は独り牢屋に入れられた。私は一人ぼっちになって、どうしていいかわからなくなったわ。それまでずっと母と二人だったから。だから……天界を出ることにした。母がこんな目に逢っている原因を探して…………一発やろうと思って」


「ぶん……?」


 流れが変わった。一人ぼっちになっていきなりすることだろうか。


「だって母は捕まって、たぶん一生牢獄よ。ただその原因となった男、つまり私の父はきっと地上でのうのうと暮らしている。そんなの許せる? ぶん殴って、母の実情を伝えて、なんだったら助けに行ってもらいたいくらい」

 

「なんというか……思い切りが良いですね。うん。まぁでもいいと思います」


 少なくとも一人ぼっちで生きているよりは、ずっと。


「ありがとう。でも、勝手に天界から地上に降りるなんて大犯罪だから天使連中はあわてて追ってきたのね。返り討ちにはしたものの羽に穴をあけられて、落ちてきたわけ。解説終わり」


「なるほど。わかりました! では早速そのレイさんの父親をぶん殴りに行きましょうか! 手がかりとかあるんです?」


 目的が明確になった。それを手助けすればいいのだから、話は早い。


「冒険者、という職業だった、とは聞いてるわ。あと名前と見た目は分かる。まずは大きい街に行って、同じ冒険者とやらに聞いてみるつもり」


「名前と職業と見た目が分かればまぁ何とか……この大陸がどのくらい広いのか、冒険者ってどのくらいのいるのか、とかわからないことは多いですが、ひとまず町に行くのが良さそうですね。方向わかります?」


「なんとなくしかわからないけど、羽が治れば空から行けるから何とかなるわ」


「空……そうか、飛べるから上から見ればすぐわかりますね、すごい!」


「……ねぇ、ミク」


「はい?」


「今更だけど、貴女本当に私についてくるの? さっき言った通り、私は何の後ろ盾もないどころか地上においては何も知らないし、天使に狙われてもいる。その上目的もくだらないことよ。貴女の新たな人生、それに付き合うので良いのかしら」


 少し、申し訳なさそうな、不安そうな様子だった。


「――ええ。もちろん。あなたを助けるようにと言われたというのもありますが、何より、素敵じゃないですか。天使と旅をする、なんて。私も何もわからないし、何ができるわけではないです。それでも、一人でいるよりはきっと役に立つと思うから……こちらから、お願いします。私と一緒に旅をしてください。レイさん」


 自然と、笑みが浮かんでいたと思う。未来は本当にうれしかった。今までの人生に比べたら、なんて刺激的な日々だろう。いいじゃないか、父親を殴りに行くなんて、最高にわかりやすい。天使とともに、新しい世界を旅しよう。


「ありがとう、ミク。行きましょう、一緒に」


 レイは立ち上がり、未来の手を取った。何もわからない二人の、くだらない目的のための旅。でもそれは、二人にとって最高に尊いものだったのだ。










 

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