第2話:天使との邂逅

 未来はしばし呆然とその天使らしき少女を見つめていた。苦悶の表情を浮かべているが恐ろしく整った顔をしている。やがてこちらに見られていることに気づいたのか、こちらを見て天使はぺこりと頭を下げた。


「……ごめんなさい」


 謝罪された。一応常識と言葉は通じるようだ。ただし英語のようだった。ただ、未来は訓練の過程で英語もネイティブレベルに話せるよう習得していたので特に問題はない。


「あ、はい。大丈夫です。あの、あなたは大丈夫ですか? 頭、ケガしてません?」


 英語で問う。よく見ると背中から生えている羽はいわゆる鳥の羽とは違い、半透明な板状のものだった。ただ、なんとなく揺らいで見えるので固定化されているものではなさそうだ。アニメのロボットが背中から放出しているビームの羽のようなイメージ。ただ右側のそれには大きな穴が開いていた。


「頭は……うん、痛いけど。それより羽の穴が問題。飛べないわ、困った」


 言葉の直後、羽が消えた。どうやら出し入れ自由のようだ。そして、彼女は困っているらしい。未来には彼女を助ける使命がある。とりあえず自己紹介から始めよう。


「私は、未来、といいます。貴女の名前を聞いてもいいですか?」


「ミク……そう。わたしはレイ。よろしく」


 思ったよりも気さくそうだ。


「レイさん。あの、なんで空から降ってきたんですか?」


 たぶん羽に穴が開いたことが原因なんだろうとは思うが。


「ちょっと追われていて。相手は退けたんだけどその時に穴を開けられてしまったの」


「なるほど……レイさんちなみに今困ってます?」


 突然の質問にレイは少し戸惑ったようだが、すぐに気を取り直し頷いた。


「ええ。とても困っているわ」


「なら、私はあなたを助けます! なぜならばそういう運命だから」


 未来の突然の宣言に、驚いたような表情を浮かべるレイ。しかしすぐに考えることをやめたようだ。


「…………そうなのね。助かるわ」


「はい! あ、でも私たぶん別の世界から来たっぽくてここがどこだかも何をすればいいかもわからないんです。困りましたね」


「……別の世界から?」


「はい。たぶんですけど。私の元居た世界には天使の方はいなかったので」


「言われてみれば、あなたの魔力の感じ、普通の人間と違うみたい。……でも、困ったわ。わたしも地上のことは詳しくないから、これからどうしていいかよくわからない」


 どうやら二人で迷子のようだ。――まぁ、でも。


「生きてるんだし何とかなるとおもいます。とりあえず近くの町に行ってみましょう。木に登って周りを見てみようかな……」


 未来が先ほどと同様に木に手をかけて登ろうとしたとき――何かが空中から飛来した。


「また!?」



 今度は慌てて避ける。さすがに天使ではなかった。よくわからないが光線のようだ。それも一筋ではなく、雨のように降り注いでくる。


「ミク、来て」


 レイは球状の光で未来と自身を包んだ。降り注ぐ光線は光に触れると霧散する。


「結界を張ったからとりあえず大丈夫だけど……たぶん、追手ね」


 その言葉を裏付けるように、空から何人も人――いや、天使が下りてきた。レイと同様の羽が付いているが、鎧を付けて弓を持ち、物々しい雰囲気だ。おそらく何らかの軍隊のようなものだろう。レイと未来の正面に三名、後方に二名。三名の真ん中に立っている隊長と思われる天使が、こちらに向かって口を開いた。


「脱走の上、捕獲に向かった兵士達を撃ち落としてさらに逃亡……レイ、と言ったか。もはや無事ではすまんぞ」


 隊長の見た目は中性的だ。レイ同様金の髪と青い瞳。ほかの天使も髪の長さや髪型こそ違うものの雰囲気はよく似ている。


「そのくらいの覚悟はしているわ。そして……こんなところで捕まりはしない」


「羽に穴が開いた状態では得意の空中戦もできまい。魔力切れまで追いつめてやろう。……そこの人間は、目撃者となってしまった。処分せねばならんな。天界の情報は秘匿されなければならない」

 

 物騒なことを言っている。なるほど、天使は普通人前には姿は現さないようだ。


「全員、順番に撃て。釘付けにしろ」


 隊長の指示に合わせ、天使が一人ずつ手にした弓から未来達に向け光の矢を放つ。先ほどの光線はこれだろう。レイの結界に触れるたび霧散していくが、かまわず立て続けに矢が放たれていく。


「……まずいわ。このままだと魔力がなくなるまで削られる。普段なら空を飛んで回避しながら反撃するんだけど、羽に穴が開いているとそれもできない。防御しながらの反撃はリスクがあるし……」


 敵は淡々とこちらに光線を撃ってきている。魔力とやらも無尽蔵ではないのだろうしそのうち結界も削られてしまうのだろう。このまま待っていて良い状況ではなさそうだ。


「レイさん、もし後ろの二人を何とかしたら状況はよくなりますか?」


「……そうね。防御を前方向だけに絞れるなら十分反撃できる」


「なら何とかしましょう。合図に合わせて結界を一瞬解けますか?」


「大丈夫」


 未来は唯一の手荷物である短刀を握った。


「あ、それともう一つ。天使って、?」


 一瞬、言葉を失うレイ。


「……急所は人間と変わらないわ」


「OKです。相手の腕次第では手加減できないので……いきます」


 気づかれないよう、短剣を構え走り出せる準備をする。油断させる必要があるのであえて後ろは向かない。タイミングは、後方の敵が光線を発した直後。


「解除頼みます!」


 一瞬ののち、結界が解除された。同時に未来が振り向いてそのまま全力で掛ける。後方にいた天使は油断していたのか目を見開いて硬直していた。――遅い。


「この程度なら殺す必要はないですね」


 担当の柄で思いっきり頸部を殴り、天使の一人を昏倒させた。もう一人が慌てて腰の剣を抜こうとするが、遅すぎる。顎を蹴り上げて意識を奪った。


 わずかに数秒。殺し屋としての訓練の成果である。未来が振り向くとレイは反撃に入っていた。前方は結界で守りつつ、数多くの光弾を飛ばして天使たちを攻撃している。特に弓などの武器は使わず、光弾を操っているようだ。直径十センチほどの玉が数百個。それらをバラバラに操りながら天使たちにぶつけている。一撃で致命傷になるほどではなさそうだが数が多いため完全に相手は翻弄されていた。


「かっこいい。オールレンジ攻撃……!」


 一般知識の習得の中で見た、ロボットアニメを思い出して呟く未来。やがて数分と待たずに三人の天使たちは全員倒れていた。死んではいないようだが割とボロボロである。


「終わったわ。ありがとう。あなたがいなかったらたぶんもっと苦労していた」


「いえ。お役に立てて良かったです……この後、どうします?」


「とりあえずこいつらは転がしときましょう。あとは人間の町を目指したほうが良さそうね。さすがに人間たちが大量にいる中では天使たちも襲っては来ないだろうから」


「そうですね……とりあえず場所を変えて、今後の相談をさせてください」


「そうね。あ、あと。とりあえず」


 レイは右手をミクに差し出した。


「人間は親愛のあいさつとして手を握るんでしょう?」


「……はい! よろしくお願いします」


 二人は、手を取り合い、微笑んだ。


 これが、未来と天使の出会いである。



 



 

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