殺し屋少女と天使の邂逅録

里予木一

第1話:死、そして転生

 殺すために、造られた。


 今から、三十年ほど前。とある組織のトップにはどうしても殺したい存在ヒトがいた。刺殺撲殺銃殺毒殺爆殺。果てはミサイルを撃ち込んだこともあったが、殺せなかった。――いや、殺せなかった、どころではなく、


 普通の武器でその存在は殺せない、という結論に至り、組織は様々な手段を模索した。あらゆる兵器、あらゆる毒、そして――あらゆる神秘。


 不死を殺すための武器。それをどうにかして生み出すために、組織は研究を進めた。何年も、何十年も……そして――至った。莫大な財を投入し、不死殺しを人工的に造り出す方法を確立した。


 そうして不死殺しを宿した子供が量産された。ただ、神秘は数多くあるべきではない。普遍化すれば力は薄れてしまう。そのため、組織は、子供たちをした。


 それはまるで蟲毒のように、日々過酷な訓練と殺し合いが行われた。才、実力、そして運のない子は脱落していく。


 そうして、最後に二人が残った。一人は少年。一人は少女。そうして最後の殺し合いが行われ――勝ったのは少年だった。胸元に突き刺さった刃を眺めながら少女は思う。


 ――あぁ、私の人生、何も、なかった。


 頬を、涙が伝う。過酷な訓練、芽生えかけた友情を殺す日々。その結末がこれだなんて、辛すぎる。


 イヤだ。死にたくない。だって私、まだ何一つ成し遂げていない――!


 その意志に反し、体はどんどん冷たく、動かなくなっていく。


 そうして、暗転する意識の中、少女の耳に声が届いた。


「――生きたいか?」


 肉声ではない、幻聴かもしれない。でも確かに聞こえた。だから少女は末期に呟く。


「……いき、たい」


 そうして、39番目に造られた少女、未来みくの一度目の人生は終わりを告げた。





 ◇◆◇◆



 声が聞こえた。


「お前に第二の生を与える。代わりに最初に出会った人を、助けるように」


 たったそれだけ。


 何もわからないと未来は思うが、同時にそんなことはどうでもよかった。ただひたすら、殺すための人生をこのまま続けるよりも。


 誰かを助けるために生きられるならば、そのほうがずっと良い。


 今まで、何もできなかった。本当はやりたいことはたくさんあった。いろいろなところへ行ってみたい。たくさんのものを食べてみたい。いろいろな服も着てみたい。学校にだって行ってみたい。叶えられるのかはわからないが、その可能性をもらえるのであれば、本当に感謝しか浮かばない。だから、口から出る言葉は一つだった。


「ありがとう」


 呟きと同時、未来の意識は暗転した。先ほどの暗く、冷たい終わりではない。新たな目覚めに向けた準備だ。



 ◇◆◇◆



 覚醒する。まず未来の目に飛び込んできたのは緑色。木々の隙間から光が漏れて顔を照らしている。どうやら森の中のようだ。強い緑の香りが飛び込んでくる。


 とりあえず起き上がり、周囲を見渡す。そこまで深くはないが、草木の茂った森だ。当然、まったく見覚えのない景色である。とりあえず胸元を触ってみるが、刺された傷は綺麗になくなっている。そして。


「……なんでセーラー服……?」


 袖を通したこともないセーラー服を身にまとっていた。学校に行きたいという願いのイメージから着させられたのだろうか。普段スカートを履くことはなかったので違和感がすごい。が、この格好でいる自分に嬉しくなる。鏡を見てみたいなと思った。


 肩口で切りそろえた黒髪を手櫛で整えた。例の声によると、誰か助けを求めた人と出会うはずだ。


「とりあえず歩いてみようかな……どこで会うのかはわからないけど」


 手荷物はたった一つ、死の直前まで使っていた短剣だけだ。この状況では色々役に立ちそうだが、残念ながら食べられはしない。水や食事を考えると、町に向かうのが良さそうだが、ここがどこか全くわからない。地球かどうかも怪しい気がする。


「木にでも登って周囲を見てみようかな」


 殺し屋としての訓練をひたすら受けていたので、木登りくらい簡単にできる身体能力はある。未来が手近な木に手を掛けようとしたその時。


 ごつん! という大きな音が森に響く。未来は空中から飛来してきた何かと接触し、そのまま吹き飛ばされていた。


「いったぁあああああああああ!」


 頭を押さえてのたうち回る未来。飛来してきた何かはよりによって彼女の頭を直撃していた。


「い、一体何が……」


 よろめきながら立ち上がると、彼女にぶつかったものの正体が見えた。


 金の長い髪、白のワンピース、輝く羽。


 未来同様に頭を押さえてうずくまっているのは、この世のものとは思えないほど美しい、天使だった。


「……え?」



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