【短編単話】注文が多かった料理店

山鳥 雷鳥

注文が多かった料理店

 とある日の事、深い山の中で、二人の若い紳士が歩いていました。

 長い草木は生え茂る山の中に不釣り合いな着物と礼服を身に纏い、積みあがった木の葉をかさかさと鳴らすのは、山登りには向かない革靴を履いていた。


「はぁ~、疲れたぁ~。お腹が減ったよ、海藤かいどうくぅん!」

「しょうがないですよ、今回の調査、所長の方が勝手に期間を伸ばしたんですから」


 それはだいぶ山奥で、案内をしてきた依頼人の町役場の職員は気味悪がって、山登りした二日で、すぐに下りてしまったくらいの山奥でした。

 それに、あんまり山がすごいので、持ち込んだ食料などは、登って二日目の夜にすぐに使い来てしまった。


「はぁ、煙管を吸いたいけど、こんな山奥じゃねぇ」


 と着物の紳士が、懐から葉っぱが入っていない、煙管を口に加える。


「やめてくださいね、山火事なんて起こしたら、うちの事務所じゃお金準備できませんよ。今だって従業員にお給料渡すので精一杯なほど、火が回っているんですから」


 と、礼服を着ていたもう一人の紳士が、着物の紳士の姿を見て、頭を悩ませる。

 着物の紳士は、口を尖らせながら、じっと、礼服の紳士の顔つきを見ながら言いました。


「そうだけどさぁ、少しは心配の一つもしてくれいないの?」

「まぁ、疲れた事に関しては自業自得ですが、お腹が減ったことには同意しますね」

「でしょ~? だったらさ、早く山降りようぜ? もうこっちからまっすぐ降りたらよくない?」

「死にたいんですか? 山を舐めないでください」

「だったらさ、早く臭いを辿ってくれよぉ」

「少し静かにしてください、私も疲れているんです。それに、今日に限ってにおいがたどりにくいんですよ」

「君の鼻が不調なんて、珍しいね」

「私にも不調の日ぐらいありますよ」


 二人の紳士は、ざわざわ鳴るすすきの中で、こんなことを言いあっていました。

 その時、ふと後ろを見ますと、立派な一軒の西洋造りの家がありました。


「あれ、こんな所にあったけ……?」

「ん、いい臭いがしますね」

「へぇ、それはいいことを聞いたね」


 そして玄関には、


    RESTAURANT


    西洋料理店


    OTTER HOUSE


    獺亭


 という札が出ていました。


「おやおや、海藤くん、これはちょうどよかったらしい。ここ開いているようだ、ぜひとも入ろうじゃないか」

「え、絶対怪しいと思うのですが……」

「まぁ、腹を減っていては、なんとやらだ。入ってみようじゃないか」

「ちょっ!」


 すると、着物の紳士は玄関に立ちました。玄関は白い瀬戸のレンガで組んでおり、実に立派なものです。

 そして、ガラスの開き戸が立って、そこに金文字でこう書かれていました。




 ―どなもどうかお入りください。決してご遠慮はありません。




「おぉ、見た前、海藤くん、我々のことを歓迎しているようだよ!」

「本当にですかね?」

「まぁ、ともあれ、食事ができることは喜ぶことではないかな?」

「……確かにそうですね、所長のおかげで、散々な目にあいましたし」

「じゃあ、入るとしましょうか」


 着物の紳士はそう言って戸を押すと、そこはすぐに廊下になっていた。

 硝子戸の裏側には、金文字でこうなっていました。




 ―ことに太ったお方や若いお方は大歓迎足します。




「……所長太りましたか?」

「う~ん、先週、測ったけどそれほど、変化はなかったよ」

「はぁ」

「海藤君は太って……いるように見えないしねぇ」

「……えぇ、体重維持は大事だと考えていますので」

「で、君って若い?」

「若い若くないかと言われれば、若くないと思いますよ?」

「僕は若いけどね」

「私より、数倍年上が何を言っているんですか……」

「ひどいっ!」


 二人はその、扉に描かれた文字に、首を傾げながらも、数日の空腹を拭うために、廊下を進んでいる。

 すると、今度は水色のペンキ塗りの戸がありました。


「変ですね」

「何が?」

「臭いはするのですが、気配が……」

「まぁ、いいじゃないか。あんまり気にしすぎると禿げちゃうぜ?」


 そして二人はその扉を開けようとしますが。上には黄色の文字でこう書かれていました。




 ―当亭は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください。




「ふぅん、案外売れているようだね」

「まぁ、酩酊街の方でもあまり表通りに飲食店は見ないじゃないですか」

「バーはたくさんあるんだけどねぇ」


 二人はそう言いながら、扉を開けました。

 すると、その裏側に、




 ―注文はずいぶん多いでしょうが、どうか一々堪えて下さい。




「これは?」


 礼服の紳士は顔を顰めました。


「うん、これはきっと、注文があまりにも多くて支度に手間がかかるけど、ごめんなさいって言っているんじゃないかな?」

「そうですか、にしてもどこかの部屋に入りたいです。歩き疲れました」

「確かにねぇ、できることならテーブルに座りたいもんだよ」

「行儀悪いのできちんと椅子に座ってください」


 ところがどうもうるさいことは、また扉が一つありました。

 そして、その脇に鏡がかかっており、その下には長い柄のついたブラシが置いてあったのです。

 扉には赤い文字で、




 ―お客様方、ここで髪をきちんとして、それから履物の泥を落としてください。




 と書かれていたのです。

 それには、さすがの着物も納得したような声を上げながら、


「確かにも、これはどうももっものことだね。僕もさっき玄関で、山の中だと見くびっていたんだよ」


 と口にします。


「作法の厳しい店なのでしょう。きっと、私たちとは違い、常駐階級の方々が来ているのでしょうね」

「まさかぁ」


 着物の紳士は、冗談を、と言わんばかりに、顔に笑みを浮かべながら綺麗に髪をとかし、靴の泥を落としました。

 礼服の紳士も同じく、綺麗に髪をとかすと靴の泥を落とす。

 そしたら、礼服の紳士がブラシを板の上に置くと否や、それはぼうっと霞み、無くなってしまい、風がどうっと部屋の中に入ります。

 二人は突然の風に驚き、互いの顔を見合わせる。

 すると、扉ががたん、と開き、次の部屋へといざないます。


「い、行きますか……」

「だね」


 二人は互いに体を寄り添いながら、次の部屋に入ります。

 二人は既に、早く何か阿多田鋳物でも食べて、元気をつけておかないと、もう撮法のことになってしまうと、二人とも思ったのです。

 ふと着物の紳士は、扉の内側に、また変な事をが書かれていました。




 ―鉄砲と弾丸をここに置いてください。




 見ると、すぐ横に黒い台があります。


「おいおい、鉄砲って、そんなものは持っていないよ」

「上流階級の方も来るのでしたら、護衛の方に持たせている方もいるのでしょう」

「いやいや、持っていたとしても店の方から要求が来る?」

「注文が多いようですから」

「……そうか!」

「それに、上流階級と言っても表の人物だけじゃないと思いますよ」

「あぁ、そういうことね」

「何より、食卓に銃をフォークやスプーンのように使う文化はどこにもありませんよ」

「はは……だね」


 二人は、そう言いあう。

 だけど、そのようなものを持っていないことには変わりはありません。

 どうしたものか、と首を傾げていた二人だったが、ふと黒い鳶があることに気づきます。

 その扉には、白い文字で、




 ―どうか、帽子と外套、靴をお取りください。




 と書かれていることに気づきます。


「ふむ、なら、取るか、ちょうど暑いと思っていたからね」

「そうですね、それに、外套を身に纏って食事は少々、マナーが悪いですから」


 二人は身に着けていた外套と羽織を置いてあったハンガーにかけ、靴を脱いでペタペタと歩いて扉の中に入りました。

 扉の裏側には、




 ―ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡めがね、財布さいふ、その他金物類、ことに尖とがったものは、みんなここに置いてください。




 と書いてありました。

 扉のすぐ横には黒塗りの立派な金も、ちゃんと口を開けておいてありました。

 まるで、餌を待つひな鳥の様に。

 それに、金庫の傍らには鍵まで添えてあったのです。


「ははぁん、何かの料理に電気を使うと見たね。金木のものは危ない、感電してしまうことを教えてくれたのか。嬉しいね」

「ことに尖ったもの、というもの反背でしょうか?」

「感電しやすいからじゃない?」

「……それはそれでどうなんでしょう」

「まぁ、いいじゃないか。電気を使う料理なんて、少し楽しみだよ」

「IHの可能性は……」

「知らないね! あれは電気というより熱だから!」

「……はぁ」


 二人は身に着けていたイヤリングや眼鏡、カフス簿を取ったり、皆金庫の中に入れて、ぱちんと状を掛けました。

 少し行きますと、また扉があって、その前にガラスの壺が一つありました。

 扉にはこう書いてありました。




 ―壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください。




 みると、確かに壺の中のものは牛乳のクリームでした。


「ふぅん、これは珍しいね」

「あ、あの、所長? なんで、私の顔にだけ塗るんです?」

「う~ん? まぁ、いいじゃ~ん」


 壺からクリームを掬った着物の紳士は、礼服の紳士の顔にクリームを塗りたくる。

 礼服の紳士は戸惑いながらも、クリームの下から林檎の肌を見せる。


「さて、次は君が塗りたまえよ。海藤くん」

「はぁ……少し、落ち着かせてください」

「なに、構わないさ。君が落ち着いた時に、僕の顔に全力でその白いのを塗りたくると良い」

「……あの、黙っていてくれませんか?」


 顔にクリームを塗りたくられた、礼服の紳士はやつれた顔を浮かべながら、着物の紳士のことを見る。

 すると、着物の紳士の表情はどこかやってやったと言わんばかりの子供のような顔をしていた。


「……」

「お、やっとかい? さぁ、僕の顔に、全力で君の白いのを塗り、うぷ」


 そして、礼服の紳士は、壺に残っているクリームを根こそぎ取り出すと、パイを投げるかのように、クリームをつけた。

 着物の紳士が顔が真っ白になると、礼服の紳士はそのクリームを引き延ばして、耳の裏までクリームを塗りたくる。


「ふふっ、君ので汚されてしまったねぇ」

「誤解を生むようなことは言わないでください!」


 礼服の紳士が大きな言葉で、叫びながら扉を開ける。

 その裏側には、




 ―クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか?




 と書かれており、小さなクリームの壺はここにも置いてありました。


「私は残ったやつ、全部使い切りましたので、所長の方は大丈夫だと思いますけど」

「僕の方がだめだねぇ! 海藤くんの耳の裏までやるとは考えていなかった! ということで、海藤くん、もう一度顔を貸したまえ!」

「やめてください、自分でやりますから、じりじりと近づくんじゃない!」


 礼服の新進は、着物の紳士からクリームの入った壺を取り上げると、自らの手で耳の裏までクリームを塗りたくる。

 すると、すぐその前に次の戸がありました。




 ―料理はもうすぐできます。

  十五分とお待たせはいたしません。

  すぐたべられます。

  早くあなたの頭に瓶びんの中の香水をよく振ふりかけてください。料理はもうすぐできます。

  十五分とお待たせはいたしません。

  すぐたべられます。

  早くあなたの頭に瓶の中の香水をよく振ふりかけてください。




 そして、戸の前には金ぴかの香水の瓶が置いてありました。

 二人のその香水を、頭に振りかける。

 ところが、その香水は、どうも酸のような匂いがするのでした。


「うぐっ、この香水、酢の匂いが……」

「すんすん、あぁ、確かにそうだねぇ。多分、これが普通なのか、または店員さんが間違えたんだろうね」

「うぐぐ……そ、そうですか……」


 礼服の紳士が穴を押さえながら、二人は扉を開ける。

 扉の裏側には、大きな字でこう書かれていました。




 ―いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。

  もうこれだけです。どうかからだ中に、壺の中の塩をたくさん、よくもみ込んでください。




 なるほど立派な青い瀬戸の塩坪が置いてありましたが、今度という今度い二人とも眉を顰める。


「うん、おかしいね」

「そうですね……」

「たくさんの注文、というより、こっちに対しての注文みたいだ」

「えぇ、まるで、来た人に対して食べさせるのではなく、来た人を料理にするような……」


 すると、礼服の紳士は何か気づく。

 そんな姿に、着物の紳士は、後ろの戸を押してみるが、どうです、戸はもう一部も動きませんでした。

 奥の方では、まだ一枚扉があって、大きなカギ穴が二つ付き、銀色のフォークとナイフの形が切り出しあって。




『いや、わざわざご苦労です。

 大変、結構にできました。

 さあさあ。お腹にお入りください』




 と書かれていました。

 オマケに鍵穴からきょろきょろ二つの青い眼玉がこちらを覗いています。


「……」

「……」


 そんな姿に、二人の口から言葉は出ません。

 ゆっくりと、互いの顔を見合わせ、再び扉の方へと顔を向ける。


【だめだよ、もう気が付いた。塩を揉みこまないようだよ】

【当たり前だよ。親分の書きようがまずいんだ。あそこへ、いろいろと注文が多くてうるさかったでしょう、とかお気の毒でしただの、間抜けなものを書くもんだから……】

【どっちでもいいよ。どうせ僕らには、骨を分けもくれないんだからさ】

【それもそうだ。けれど、もしここであいつらが入ってこなかったら、それは僕らの責任だぜ?】

【呼ぶか? というか呼ぼう。おい、お客さん方、はやくいらっしゃってください。お皿も綺麗に洗っておりますし、菜っ葉もよく塩を揉んでおきました。あとは、あなた方と、菜っ葉をうまく取り合わせて、真っ白な皿に乗せるだけなんです。早くいらっしゃってください】

【いらっしゃい、いらっしゃい。それともサラダは御嫌いですか? そんなら、これから火を起こしてフライにしますが、どちらにしましょうか?】

【いやいや、そんなことよりもはやくいらっしゃい】


 扉の向こうから聞こえる多くの声。

 それに二人の紳士たちは、じっと扉の方を見続ける。

 小さく涎を垂らす音を耳にしながら、じっと、


【いらっしゃい、いらっしゃい。早くしないと、怒られちまう……へい、ただいま。じきに持ってまいりますので】

【早くいらっしゃい。おやかたがもうナフキンを呆気て、ナイフを持って、舌なめずりして、お客様方を待っていられます】


 二人の紳士は、声を聞きながら、じっと見つめ、何も言いません。

 がたがたと、身体を振るわ、涙の一つも浮かべない。

 さすがに、その様子に可笑しいと扉の向かう側からじっと、二人を見つめてきます。

 すると、


 ぐぅ


 と大きな音が鳴りました。

 それを着た、扉の向こう側はさらに慌て始めます。

【さぁ、早くいらっしゃい!】と慌てた声が響く中、ぐぅぐぅ、とその音は大きくなっていきます。

 すると、着物の紳士と扉の向こう側にいる瞳がばっちりと合いました。


【ひっ!】


 だけど、その瞳を見た扉の向こう側にいるものは怯えたような声を上げます。




―ご飯の方からやってきた。

 



 そう、着物の紳士が呟くと、それを見ていたものたちは大きな叫び声と共にどたばたと、慌てたような様子で音を立てました。

 舌なめずりをした着物の紳士は、小さな笑みを浮かべると、礼服の紳士の姿が徐々に変わっていきました。

 彼らを見ていた【ものたち】がそれは驚くほどの、怪物に……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「う~ん、骨の髄まで美味しいね」

「そうでしたね」


 白い皿の上にたくさんの骨が積み上げられる中、着物の紳士は口に入っている骨をしゃぶる。

ゆらゆらと揺れる髪の先っぽには、着物の紳士が手にしている骨と同じような物があり、くちゃくちゃと、一人余分な租借音も聞こえてくる。


「ふぅ、にしても本当に注文が多い料理店だったね」

「そうですね、まぁ、最終的にはお腹が一杯になれば、十分ですけど」


 そんな、骨をしゃぶっている着物の紳士に礼服の紳士はテーブルを挟み本を読んでいた。


「さて、帰るとするか……っと、その前に、このレストランにはシャワーはあるのだろうか?」

「さぁ、分かりませんが、私も浴びたいですね、身体がべとべとしていますし」

「そうだねぇ」


 カラン、

 着物の紳士はそう言いながら、しゃぶっていた骨を皿の上に放り投げ、席を立つ。

 礼服の紳士も席に立つと、彼の足にころんと、何かがぶつかる。

 だけど、興味の無さそうに蹴り上げると、真っ赤になった部屋を歩き続けた。

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【短編単話】注文が多かった料理店 山鳥 雷鳥 @yamadoriharami

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