本編 #4
ライムシュガーイズアンビバレント。
それがこの作品のタイトルだった。
主人公は高校一年生の女の子。吹奏楽部に所属しており、小さなフェスやライブに通う週末。音楽が趣味。
彼女はある日、あるバンドグループに衝撃を受け、憧れと初恋を覚える。これが物語の導入。
それから、バンドグループが他校の男子高校生であると知ったり、感化された主人公が自身もバンド活動を始めてみるなど、運命的な出逢いから取り巻く主人公の成長が描かれる。
だが、バンドマンへの恋心は親の反対が強く、理解されない。バンド活動は難しく、仲間も簡単には集まらない。彼女の憧れたバンドグループは順調に躍進しており、嬉しくもあるが寂しい思い。学業も疎かになり、徐々に日常からズレてくる。
物語らしく紆余曲折はあるなかで、現実的にも描かれているが、彼女にはかけがえのない理解者として他校の男子高校生(ヒーロー)がおり、体当たりをしていくことで次第に周りからの理解を得ていく。
ライムは酸い。シュガーは甘い。アンビバレントは二律背反。
恋愛がテーマのこの作品は、思春期特有の難しい恋心を丁寧に描く、三十路の高校教師が描いた絵空事のような物語だ。
「ふっ……つ」
――勘違いしないで欲しい。
これは別に、笑ったわけじゃない。むしろ逆で、私はいま、嗚咽を噛み殺すような泣き方をしている。
「な……」
先生は引いていた。私でも引いている。今、こうなっている自分がどうにも恥ずかしくて、みっともなくて、やっぱり嫌いで、情けなくて。
決して絵柄は、美麗じゃない。先生が、美術部にいたんだろうなとか、昔から絵を描くのが好きだったんだろうと思わせるほどの画力もない。私の方がまだ描ける。
まるで陳腐な四コマ漫画、小学生が必死に描いた、棒人間に軽い肉付けしたようなレベルの、パースも取れていない作品。
私だったら夢も見れないようなレベルの、本当に恥ずかしい絵なのに。
違う、きっと、違うのだ。私になくて先生にあるものがこれなのだ。
プライドという話じゃない。もっとそれ以前の努力の形。私は出来ないものをしない。
先生は出来ないものをしようとする。第三者であるこの私が「出来ないものだ」と決めつけるのさえおこがましいほど、先生は真面目に挑んで形にしている。
侮辱する者が馬鹿を見るような、「正道」のように輝いてみえるのだ。
「素敵っ、です、本当に。本当に、自分が嫌になるくらい……」
泣き崩れるように私は沈む。そんな権利は一切なかったが、手元にあるその暖かいものを、私は抱き寄せて泣きじゃくる。
くしゃりと握り寄せてしまう。
「あ」
頭が真っ白になってしまった。
「ごめんなさい。お金、お支払いします。本当にごめんなさい」
「いらないいらない。気にしないで。どうせただの原稿だし」
「そんな……駄目です、なら、書き直し、お手伝いさせてください。お願いします」
「あはは、弱ったな……」
涙の跡と、くしゃくしゃになった紙を見て、私は私がどれほど幼稚だったんだと振り返ってしまいながら、罪を償いたいと協力を申し出る。
ひとしきり泣き、吹っ切れたと言えばただ私個人の自己満足状態ではあるが、先生の態度も比較的優しいものに感じられていた。
それも私の受け取り方を勝手に変えてしまっているだけかもしれない。
コミュニケーションは、本当に苦手だった。
「一つ聞きたいことがあるんだ。答えづらかったらそう言って欲しいんだけど……」
先生は、私が汚してしまった原稿を手に取って揃えながら、私に質問をしてくれた。
私は困らせないよう、しっかりと覚悟をして返答の用意をする。
先生は、どこか及び腰に、チラチラと伺うようにしながら、時折眼鏡を押し上げては光を反射させて表情を隠しながら、おずおずとこう、問うてくる。
だから私は、正直に言う。
「面白い?」
「――っ、はい」
「私は、好きです。この作品が」
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