第3話 始まりは……

「あああぁぁぁ! 忘れてたぁぁぁ!」


 私、幸田ミツオは忘れていた。


 新しく人生が始まる期待感と、今までの社畜人生からおさらばできる解放感で、すっかり忘れてしまっていた。


 そう、ドアの向こうは空の上だったのだ。


「いや、ふつう忘れるかぁぁぁ!?」


 落下をしながらも、自分に突っ込みを入れる!


 そうしないと今にも気絶してしまいそうだからだ!


 というか、これどうすんの? 

 あの女神様は『加護を与える』的なこと言ってたけど、いきなりピンチじゃん!

 まじ、ピンチじゃん! 


「助けてえぇぇぇ!」


「ミツ……ん、ミツ……さん」


 風が耳をつんざく合間に女神様の小さな声が聞こえた。


 どうやら声が聞こえるのは、ブレスレットからのようだ。


 空中で何とか身動きを取りながらブレスレットを顔に近づける。


「もしもーし! 女神様! 助けてください!」


「あっ、ミツオさん!」


 なるほど。女神様とはこのブレスレットを使って、通信できるようだ。


「よ、良かった。ちゃんと聞こえて」


 女神様は安堵の声をあげる。


 いや、まだ絶賛ピンチなので安堵されても困るのだが。


「今、落ちてます! どうしたらいいですか!? このままだと死にます!」


「ああ、それは大丈夫ですよ。スタートに関しては心配いらないって全能神さまがおっしゃっていたので」


「心配いらないって!? 今明らかに死の直前なんですけどぉぉぉ!」


「えーと、なんだっけ……なんか地面をすごく柔らかくしておくから大丈夫みたいなことを言っていました!」


「なにそれ!? え、なにそれ? 全然信用ならない!」


 地面は目前に迫っている。ああ、さようなら新しい人生。




 ボッヨーン! ボッヨヨ~ン!


 ……マジで柔らかかった。


 というかありえないだろ。あの高さから落ちて無傷って。


 今も地面がトランポリンみたいになってるし。なんかむかつく。


 さてはあれだな、これ全能神がふざけてるな?


 だって、まともに考えたら、空から落ちる時の解決法で地面をトランポリンみたくしようって考えつかないよ。


 滑空したりとかパラシュートで降下したりとか、あるいは不思議な石の力で宙に浮いたりするファンタジー的な力を使うとか、もっとこう……あるだろう!


「ミツオさ~ん。見てましたよ~。大丈夫みたいですね~? さっすが全能神様です~」


 ブレスレットから呑気な声がする。


「……」


「あ、あれ、ミツオさ~ん? ミツオさ~ん?」


「……」


「お、怒ってます? す、すみません!」


「……大事なことは先に言ってくれないと困ります」


「だ、だって、良い感じの雰囲気だったから……」


「まぁ、私も悪かったですね。場の雰囲気に飲まれてしまいました」


「お、怒ってませんか?」


「ええ、怒ってません。怒ってませんが、これからは大事なことは先に言ってもらいたい」


「は、はい。分かりました。そ、それじゃあ言いますけど、あの、そこから離れた方が良いです」


「は?」


「ミツオさんが降りたのは、死の草原と言って、モンスターがたくさんいるところですので……」


 四方からおどろおどろしい声が聞こえ始めた。


「言うのが遅いですよ! どうしたら良いんですか!?」


「え、えっとですね……。とりあえず逃げた方が……」


「たしかにぃ!」


 その後、走って、走って、なんとか草原を抜けて、町へ着くことができた。


 ああ、いきなりベリーハード……。

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