第13話
だが待てよ、と浩史は思う。
もし、それらのアンパン一つ一つが真に俺の求めてる人生の真実へ至る通過点とするなら、そこを通らぬ限り辿り着けないということになる。
俺は今、少なくとも今は、結婚だの、好もしい友情だの、人並みの幸福だのに対し、何の価値も見出せずにいる。
俺が間違ってないなら、それらはむしろ通過点でも何でもない、人生の価値とは無関係に存在していると考えねばならない。
だが、俺は本当に望む方向へ進んでるんだろうか?
真に俺が求めてる人生の真実により近い位置にいるのは、もしかしたら人生の価値や意義に何の関心もなく、そんなものの存在自体に無頓着で、ただ世間並みの暮らしをしようと、他人と自分を見比べながら、俺から見ればほとんど何の役にも立たないガラクタばかり集めることに汲々としてる連中の方かもしれない。
バカ言っちゃいけない。
奴らになんか、何がわかるもんか。
あいつらは、自分がどこから来たのかも、どこへ行こうとしているかも、自分が何者であるのかさえ見当もつかずにいるんだ。
そればかりか、考えようともしない。
人間のくせに何一つ思考出来ないだけでなく、思考するのを罪悪だとさえ思っている。
そんな連中に、俺の求めるものがわかるはずがないじゃないか。
俺はいつだって自分を偽らずに生きてきた。
そのせいで何もかも失っちまったが、それがいったいどうだってんだ。
それだって、てめえのかき集めたゴミ屑に埋もれて窒息しながら生きるより、ずっとマシってもんさ!
「もういいよ」と、浩史はついに口に出して言った。「おまえはあんまり考えすぎる」
「誰が考えすぎるって?」
受話器の向こうの声は、確かに苛々しているようだった。
「いいかげんにしろよ。悪ガキどもにいじめられて、頭がどうかなっちまったんじゃないか?」
そうかもしれない、と思った。
きっと俺はどうかしちまってるんだろう。
子供たちの振るったあのバットが、俺の中の大切な何かを跡形もなく叩き壊しちまったんだ。
それとも、初めから壊れていたんだろうか?
いずれにせよ、浩史は今、話すのがだんだん面倒になってきていた。
それで、やっぱり黙っていた。
疲れすぎているのかもしれない。
話せば話すほど相手の気分を害することになりそうだし、いくら語り合っても、彼らの会話が噛み合うことはなさそうだった。
浩史は高校時代にこの友人と夢中でいろいろと飽きることなく話し続けていた当時の気分を、幼い日の、あの夏の砂場のようにぼんやりと思い出した。
心の浮き立つような、愉快な、実に楽しい気分だった。
なのに、いまや二人の間でどんな会話がかわされていたのかまるで思い出せなかった。
濃霧の朝、ヘッドライトの彼方に照らし出される朝露の一粒ほどにも思い出せなかった。
不思議なことだ。
多分、思い出す値打ちもないことばかりが話題になっていたのだろう。
もしかすると、話題など何でも良かったのかもしれない。
互いに相手を親友と思い込み、その相手がそこにいさえすれば、それだけで心から笑い合える。
きっと、そんな時代だったのだろう。
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