第12話

 やがて、友人は急に声のトーンを上げ、話題を変えた。


「先週の土曜日に大学時代の同窓会があったんだ」と、彼は言った。「といっても、仲間の一人の披露宴の二次会がそうなったってだけだがね」


「うん」

「卒業して5年になるし、仲間の中にも田舎へ帰ったのや海外留学した奴、音信不通のもずいぶんいるから、集まったのは十人ちょっとだったが、ひどく懐かしい気分になったよ。時の流れの速さってのかな、そんなのを感じたんだ。いろんな奴がいたよ。実にいろいろさ。銀行勤めの二人の子持ち。俺と同じ車のセールス。就職しないで、バイトしながら放浪してる奴。警備会社に勤めて、泥棒を捕まえた時のことを得意げに話してる奴。作家志望のフリーター……。で、わかったんだ。学校って強制的な枠が取り払われた時、俺たちは実に多様な生き方が選べるものなんだってね。みんな自分に合った個性的な生き方を求めてるんだ。俺たちの間には、もはやどんな共通項も存在しなかった。それぞれが自分なりのスタンスをとって現実と向き合い、暮らしてるんだ。もちろん、話題は尽きなかった。スポーツのこと。音楽のこと。ギャンブルのこと。車のこと。旅行のこと。結婚のこと。恋人のこと。子供のこと。でも、何もかも微妙にすれ違っていた。色あせた写真のようにね」


「それで?」


「しばらくいろんな話題で盛り上がってたんだが、やがて例の作家志望がこう言った。『俺たちは、いつも何かを手に入れてるつもりで、何かを捨て去ってる』とね。わかるな」


「うん」


「『何か哀しいな』俺が言うと、銀行勤めの子持ちは笑って、『なのに、妙に懐かしいよ』見ると、テーブルを囲む連中の顔には、昔を思い出した時だけに誰もが浮かべる、あの優しげな笑顔が浮かんでいた。連中は口々に言った。『考えてみれば、学生時代の俺たちはそんな話ばっかしてたもんなぁ』」


「それから?」


「いや、それだけさ」と、友人は言った。「どうだい、この話は?」


「よくわかるよ」


「俺たちが現在だと思い込んで大事にしてる心の中は、いつだって俺たち自身にそれと悟られぬうち確実に過去へと変わってしまうものなんだ。ちょうど、どんな夢もいつかは夢であるのがわかってしまうようにね」


「確かに」浩史は肯いた。「でも、俺はただ、謎を解きたかっただけなんだ」


「解けると思うのか。人生に方程式でもあるってのか?」


「ないかもしれない。でも、あるかもしれない」


「馬鹿げてるよ」と、彼は苦笑した。「そんなものあるはずがない。人生は数学みたいに割り切れやしないよ。それに、そういう問題に取り組むことで金を稼いでる奴らだって大勢いるんだ。そいつらに任せておけばいいじゃないか」


 浩史はその時、相手の言葉の中にそれまではなかった微かな苛立ちが生じ始めていると感じた。


 そして、いや、本当はあるんだ、と心の中で言った。


 誰も気づいてない真実が、人生には必ずあるんだ。


 俺だけがそれを知っている。

 他の連中にわからないだけなのさ。

 むろん、奴らにだってその気になればきっと見つけられる。

 でも、彼らは決して探さないだろう。なぜなら、そこへ至る道のりはあまりにも長く、峻険で、前進するに困難をきわめるからだ。

 だから、目の前にぶら下がったパン食い競争のアンパンみたいな見せかけの世俗的な安らぎに飛びつき、安逸を貪ることで満足してしまうんだ。

 真のゴールは、まだずっと先だというのに。

 安定した生活。

 富裕な暮らし。

 結婚。

 温かい家庭。

 何もかも通過点にすぎない。

 人生の真の価値は、そんなのよりも遥かに貴く、大きなものなんだ。

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