第11話
「どうしたんだ?」
受話器越しの友人は、急に浩史が彼の話に反応しなくなったのを訝しく思ったようだ。
気遣わしげな低い声だった。
実際、記憶の海を泳いでいる間、浩史は友人の話をまったく聞いていなかった。
「いや」と、浩史は言った。「何でもない。ちょっと考えごとをしてたんだ」
「考えごと?」
「ああ。人生の価値とその真実についてね」
言ってしまい、浩史はその言い方が陳腐なほど大げさだったのに気づいて、恥ずかしくなった。
友人が笑い出すかもしれないと思ったが、彼は笑わなかった。
ちょっと黙り込んでいた。
今度は、浩史が訝しむ番だった。
友人が口を開いた。
「なんか、おかしいな」
「何が?」
「やっぱり、おかしいよ」
「だから、何がさ」
「おまえ、学校で何かあったんじゃないか。何か面白くないことがさ」
「面白くないことならしょっちゅうさ」と、浩史は答えた。「学校なんて、面白くないことだらけだ」
「だからって、人生が無駄と徒労の繰り返しだなんてしたり顔で言うつもりじゃあるまい?」
「ショーペンハウアーもそう言ってる」
「そりゃ変だぜ。どっかの文芸サークルで小説まがいの文章を書いて悦に入ってる女子高生みたいだ」
「俺は女子高生じゃない。でも、なれたらいいと思うよ。どんなことも自分を飾るアクセサリーにしてしまえる連中のエネルギーときたらたいしたもんだ。幸福は約束されたようなもんさ。俺は時々、特に最近思うんだ。大抵の人間は人生が経験の積み重ねで豊かなものになると信じてるが、本当は逆なんじゃないか。そもそもの始まりは真実豊かで満たされたものであったはずの貴い生命を、俺たちは成長することでどんどんすり減らしてるんじゃないかってね」
友人は何も言わなかった。
「もちろん、おまえの言うように俺も生きることを否定する気はないよ。どんな人生にだって、それなりの価値はあるもんさ。それを認めず生きていけるほど、俺はもう若くない。でも、やっぱりそう思うんだ。時々だがね、本当にそう思うんだよ」
友人はやはり何も言わなかった。
浩史も口を噤んだ。
しばらくの間、彼らはそうして受話器を握ったまま黙り合っていた。
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